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ある警備兵長の告白

外からみた森や魔王の話です。プロローグで魔王を見て逃げて行ったしがない警備兵たちですが、彼らにも思うことがあったという話です。残酷描写はないですが、シリアスな話です。


1/30 加筆。修正をしました。









 俺はこの国の警備を一手に担っている。警備兵のトップだ。


 この国は特殊だ。

 モンスターが出たり、魔王の森と呼ばれる暗い森が存在する。魔王はモンスターをトップに君臨する恐ろしい存在だ。人の悪意を利用してモンスターに変えて、生活を脅かす。魔王の存在に人は怯えている。


 …というのが、この国の一般常識だ。


 だが、俺はそれがネジ曲がったものだと感じている。


 魔王は恐ろしい存在だとは思う。モンスターも時折出るのは確かだ。その異形の存在に恐怖する。


 しかし、それだけだ。


 モンスターは人に恐怖を与えはするが、生活は脅かさない。モンスターは弱く、あっさり捕縛できる。暴れはするが、その力は拍子抜けするほど弱い。拘束が長いとあっさり死んでしまう。


 魔王がもし、俺たちの生活を脅かそうとするなら強いモンスターにするはずだ。


 巷で溢れる冒険物語のように。


 しかし、この国のモンスターは冒険の物語のように強くはない。まず、それがおかしい。


 さらにおかしいのは、モンスターは魔王の元に引き渡すことになっているのだ。捕縛したモンスターは森の前に並べられる。すると、森の管理者と呼ばれる男が出てくる。


 銀髪の男だ。


 彼は何も言わない。ただ、黙ってモンスターを眺めている。暗い瞳で。


 引き渡しが終わったら、俺たちは振り返らない。それがルールだ。何人かの警備兵が逃げ帰るように馬車に乗る。


 俺は馬車に乗って待っている。


「ひゃー! 恐ろしかった。仕事とはいえ、生きた心地がしませんでしたよ」


 逃げ帰ってきた警備兵は口々に文句を言う。


「知ってるか? あのモンスターを魔王は食らって力を溜め込むらしいぜ」


「マジかよ。はっ。とんだ迷惑な話だな。あーあ、魔王なんていなくなっちまえばいいのにな」


 文句を言うのを制そうと口を開いた。


「本当にそうでしょうか?」


 俺が言う前に若いアッシャーが口を開く。兵士たちが一斉にアッシャーを見つめる。


「僕はあの人が悪い人に見えませんでした」


「はぁ? 魔王の手下だぞ? 知らないのかアッシャー。アイツは見た目が変わらないんだぞ? 亡霊みたいなヤツだ」


 アッシャーはそう言うと黙って考え込む。


「確かに生きている雰囲気がない人でした。だけど、僕はとても悲しそうだなって思って」


「はぁ? そんな分けないだろ。魔王の手下だぞ? 何度も言うけどな。ヤツらは敵だぞ。敵。肩入れしていると痛い目を見るぞ」


 そこまで言われるとアッシャーは黙ってしまった。



 俺は他の者に気づかれないように窓の外を見て笑った。


 ここにアッシャーを連れてきてよかった。俺の目に狂いはなかったな。


 きっと、彼は数年後に俺を継ぐ存在になってくれそうだ。


 ここに連れてくる者は実力があるものだ。次期、兵長になるための関門と言ってもいい。



 文句を言っていたルクスは捕獲の実力はNo.1だが、偏った思考を持っている。高い実力という意識に溺れている。

 モンスターの捕獲が必要なこの国では実力は優先事項だ。それだけで付いていく者もいる。


 一方、アッシャーは実力はあるが、元来の優しい性格が障害となる時がある。実力は出せないこともある。まだまだ経験が必要だ。


 だが、俺はアッシャーを買っている。

 彼は他の者に流されない。真実を見ようという心がある。それはこの国の兵長として何よりも大事なことだと、俺は思っている。



 それに、俺も同じ事を感じている。

 森の管理者の彼はきっと、敵ではない。




 馬車を降りた後、俺はアッシャーに声をかけた。報告書の作成を手伝わせるためだ。他のヤツは若いからやらされている雑用だと思っているが、俺はアッシャーと話がしたかったから、その意識を利用した。


「失礼します」

「あぁ、かけなさい」

「いえ、すぐお手伝いしますので、立ったままで結構です」

「雑用は建て前だ。お前と話がしたいと思ったんだよ」

「え?」


 座るように促す。アッシャーは黙って座った。


「お話とは」

「あぁ、馬車の中で話していただろう。森の管理者が怖くないと」


 そう言うとアッシャーは眉間にシワを寄せ口をきつく閉じる。言ってもいいものか悩んでいるのだろう。モンスターへ肩入れするなど、この国の警備兵としては持ってはいけない意識だと感じているかもしれない。

 俺はアッシャーが話しやすいように自分の考えを話した。


「実は俺も怖いと思ったことはないんだ」


 その言葉にアッシャーはパッと顔を上げた。驚き、目が見開かれている。


「彼の見た目が変わらないのは本当だ。俺は彼を初めて見て30年になるが、彼は一切変わらない。それが末恐ろしくなることもある」


「だがな、彼からは不思議と敵意を感じない。敵意どころか何も感じないのだ。お前が言った”生きている感じがない”」


 そこまで言うとアッシャーは怪訝そうな顔をする。


「なぜ、そんな話を俺にしたんですか?」


 その答えを目を細めて言う。


「俺と似ていると思ったからだ」

「え…」


 俺は机の古い傷を手でなぞりながら、若い頃の自分を思い出していた。


「彼と話をしてみたいと思ったことがある。なぜ、そこにいるのか。なぜ、そんな悲しい目をしているのか知りたいと思ったことがある」


 アッシャーはごくりと生唾を飲んだ。


「だがな。こうも思うんだ。それを知ったところでどうなると」


 傷を撫でるのをやめ、アッシャーを見据えた。彼の背筋が伸びたのを見とどけて続きを話した。


「彼がどんな人物か知ったところで、何も変わらない。ただ、知るだけだ。それに彼自身も教える気がないように感じる」


 教えたかったらなんらかのアクションをするはずだ。しかし、彼は無だ。何もしない。それが正しいことのように何も。


「…そうかもしれませんけど」


 アッシャーが口を開く、その瞳には強い意志があった。


「ただ、感謝を伝えるだけではダメなんですか?」


 意外な言葉に今度は俺が言葉を失う。


「ええっと…感謝というか。モンスターを引き受けてくれますし、森に帰ったモンスターは姿を現さないと聞きました。きっと、彼がモンスターを暴れさせないようにしてくれているわけですよね? だから、その…」


「俺はただ、ありがとうと伝えたかったんです」


 自信なさげに俯くアッシャーに微笑んだ。

 なるほど、感謝か。


「そうだな。お前の言うとおりだ」


 ホッと胸を下ろすアッシャーを見て、きびしい眼差しを送る。


「だがな。お前も知っている通り、モンスターは絶対悪だというのがこの国の常識だ。お前の行動を誰も歓迎しないだろう」


 アッシャーの肩を掴む。


「それがしたければ実力をつけろ。偉くなれ。誰にも文句を言わせないくらいにな」


 アッシャーの瞳の強さは変わらなかった。そして、彼は大きく頷いた。



「さて、報告書を作成するか」

「え?…話だけじゃ…」


 キョトンとするアッシャーに笑う。


「お前が俺の地位まで上り詰めたくないのなら帰っていいぞ」


 意図を汲み取ったアッシャーは立ち上がり「手伝います!」と声高に言った。




 ◇◇◇



 報告書を作成し終えた俺はその足で王の元へ向かった。モンスターの引き渡しの際には必ず王に報告している。


 人払いをした執務室で今日も王は待っていた。


「失礼します。グランです」


 ドアをノックして声をかけると、「入れ」と声をかけられた。王は立ってまっていた。ふくよかな容姿に気さくな笑みを浮かべている。一礼して前に進んだ。


「グラン。いつもすまないな」

「仕事ですからお気になさらずに」


 王に報告書を手渡す。王は穏やかな笑みを消し、真剣な面持ちでそれを読み出した。


「今回は四人か…」

「はい。無事に管理者へ引き渡しております」

「そうか。今回はすまなかったな。アレの捕縛に手間をかけた」

「いえ、王の冷静な判断で取り押さえが早かったまでのことです」


 今回、引き渡したモンスターの中の一人に王の側近だった者がいた。王はモンスターを見ても冷静に対処され、城の警備兵とこちらに連絡をされたのだ。


「城の者までモンスターにされるなど、魔王の勢力が近づいて…」

「グラン」


 王が報告書から顔を上げる。その目は鋭く畏怖の念を感じられた。


「アレがモンスターになったのは私とお前しか知らぬこと。そうだな?」


 有無を言わせない覇気に言葉が詰まった。


「アレはガラス窓を破って、たまたま城に入り込んだ。そう報告書にも書いてあるな。それが事実だ」


 余計なことを言うなと念を押されている気がした。「はい」と答えると王から覇気が消え、また元の穏やかさが戻る。


「管理者の様子は変わりないか?」


 報告書を読み終えた王が尋ねる。いつもそうだ。王は必ず管理者の様子を知りたがる。


「はい。変わりなく」

「そうか…」


 いつものように言うと、王はホッとしたような切ないような、なんとも言えない顔をする。


 俺は不思議だった。その表情はまるで魔王の手下の心配をするような顔に見えたからだ。悪であるはずの魔王の手下なのに。


 さらに王の奇妙な行動はそれだけにとどまらない。王宮の者がモンスターにされたなどと知られれば、魔王が王を狙っていると思われても仕方ないことだ。今すぐにでも兵を挙げて魔王を倒しに。そんな気運が高まっても仕方ないことだ。しかし、王はそれを潰した。なかったことにした。なぜ…


 なぜ、それを私だけに悟らせるようにするのだろう。


「陛下…あなたは、魔王のことをどう思っているのですか」


 シンプルだが、答えづらいことをあえて聞いた。


 この方はこの国がおかしな理由を知っている。そして、それを広めようとしているのではないか。そんな気がしたからだ。


 王は穏やかな笑みで答える。


「難しい質問だね、グラン」

「申し訳ありません」


 王は一つ息を吐き出すと、どこか遠くを見つめながら語りだす。


「グラン…君は国の防衛の要だ。だから、国の犯罪者のことも詳しいね」

「はい。おっしゃる通りですが…」


「では、犯罪者となった者の中で、人間はいたかね?」


 犯罪者の中で人間はいたか?

 そんな者…


 ……………いない。


「いません。しかし、それは魔王がモンスターに変えてしまうからで」


 人の悪意を利用をして、モンスターに変えてしまうからで…


「そうだね。それが我々の常識だ」


 王が私を見る。その深い哀愁にゾクリとした。この方は俺に一体、何を教えようとしている?


「しかし、こうとも捉えられないか。魔王がモンスターにするおかげで、人は悪意を見ずにすむ。なぜ、その者がモンスターになるほどの悪意を持ったのか、誰も知らない。知られずに消滅される」


「それはある意味、幸せなことだと思わないか」


 王の口元が弧を描く。その瞳は笑ってなどいなかった。


 悪意を見ずにすむ…?


 犯罪者にもそれだけの動機があったということだろう。深い絶望や葛藤。それとは別次元の猟奇的な思考など。



 ゾワリと鳥肌が立った。



 知ることがないということは他の人間が感化されないということだ。

 それはつまり…


「犯罪者の思考が分からなければ、それは共感も同情も生まれません。それは、新たな犯罪の抑止になるということですか」


 王がまた笑う。今度は瞳が笑っていた。正解という意味だろうか。


「この国は実に平和だよ、グラン。魔王がいるおかげでね」


「私の願いはこの平和が続くことだ」


「なら、私が魔王をどう思っているか分かるだろう?」


 そう言った王の瞳は優しかった。


 魔王という仕組みは実に平和的なものだということか。しかし、それは…


 あまりに、魔王という存在をいいように利用していないか。その存在に悪意の全てを押し付けてないだろうか。己の幸せのために。


 今まで当たり前だと思っていた日常が嘘と偽りのように見えてくる。そんな恐ろしさがあった。


「私が聞いてもよかったのですか?」


 ため息と共に吐き出した言葉は自分でも笑いたくなるほど弱々しかった。


「グランなら、抱えてくれると思ったからね」


 王はあどけない少年のように笑った。


「君は真実に目を向けることを厭わないと思ったし、それを飲み込んだ上で、上手に後任を育ててくれると思ったから」


 計算ずくだったというわけか。

 まったく食えない人だ。

 しかし、俺が魔王の仕組みについて公表するとは考えないのか。それとも、公表できないと考えているのか。


「はぁ…まるで王の共犯者にでもなった気分です」


 そう言うと、ははっと王は明るく笑った。


「そうだね。私は共犯者が欲しかったんだろうな。平和を維持するために」


 その言葉は憂いを帯びていた。

 その心情を推し量ることはできない。

 しかし、王の願いは痛いほど伝わった。




 ◇◇◇



 謁見室を出た俺は廊下で大きくため息をついた。


 王の話を何度も噛み締める。

 何度も何度も。


 同時に思い出すのは、アッシャーの言っていた”森の管理者に感謝の気持ちを伝えたい”という純粋な思いだった。


「アッシャー、お前の言うことが正しいな」


 常識とかルールとかそんなものを取っ払って、管理者本人だけを見ていたアッシャーの方がより真実に近い。


 彼のその純粋さがくじけないように、育てていこう。


 アッシャーが俺のポジションになる頃には「ありがとう」を伝えることが当たり前になるように。



 やはり俺は、誰か一人に悪意を押し付けるなど間違っていると思うから。


次からは第二章です。またライトな雰囲気に戻ります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] アッシャー君には期待できそうですね♪ なんか新しい時代を切り拓いていってくれそうな……。 でもこういうタイプって、周りに潰されないかも心配。 共犯者が欲しかったと言う王様。 きっと凄い重…
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