■シンプルな答えを胸に
私は料理が好きだ。
美味しいものを作れるという何よりの喜びがある。
うまくできたらハッピー。
食べたことのない味になったら、ますますハッピー。
不味くなったらアンラッキー。
また、次に生かせばいい。
包丁を持つと背筋が伸びるし、食材をリズミカルに刻むだけで心が落ち着く。
まぁ、ここの野菜は騒がしいので、ややうんざりはするが。
ギャー! ギャー! ギャー!
叫ぶニンジンを手に取り眺める。
いつもなら、うるさいと感じるだけなのに、ミャーミャの話を聞いた後だからか違う風に見えた。
この世界はモンスターだらけで人間のふりして皆生きていて、魔王は長生きだけの人間だし、勇者は骨になって魔王の従者になっているし、三つ目猫は裏で暗躍してるし、イビツでヘンテコだらけだ。
だけど皆、生きている。
色々、抱えながらも。
このうるさいニンジンも何か言いたくて叫んでるのかな?
皮を剥くとニンジンは叫ぶのをやめる。
何が叫びたいのかわからないけど、美味しく作るからね。それで許して。
ニンジンをザクザク切りながら、私はクリームシチューを作っていった。
私が料理を好きな理由は、もう一つある。
食べた人が「美味しい」と言ってくれることだ。その一言で料理の労力なんてふっ飛んでしまう。
まぁ、アレだ。
この人たちを見ていると、感動は半減だが。
「むほほっ! このクリームシチュー最高じゃないですか! あ、ラナ様、おかわり」
「はいはい」
「人間! これ固いぞ! うまくないぞ!」
「だから、それお皿だから。食べないで。今、よそってあげるから」
「ミャー! ニャニャニャ!ミャー!」
「はいはい。おかわりね」
なんでミャーミャは食べるときだけ猫語なんだろ?
…いや、ツッコムのはよそう。うん。
「…………」
旦那様は相変わらず終始無言。
ご両親の話を聞いた後なので、食欲ないかなと思ったけど、食べてくれている。
お皿は空っぽだ。
「あ、おかわりします?」
「あぁ」
皿を受け取って、鍋を見る。
うん、空だ。
もう一つの鍋を見る。
うん、空っぽだな。
「無くなっちゃいました」
いや、無言で睨まないでくださいよ。
魔王にらみは、怖いですって。
あなたもそれ四杯は食べてます。
そろそろお腹いっぱいになってくださいよ。
はぁ…皆、よく食べるな。
鍋、三つかな。
いや、コンロは三口だし、鍋だけでコンロを占領するのも微妙だ。
鍋を新調するしかないかな。
デカイ鍋、売ってるかな。
「今度はもっと作るので、我慢してください」
旦那様に言うと、ものすごーく苦い顔をされた。
「ごちそうさまでした」
「ミャー…」
スケルとミャーミャは食べ終わるとちゃんとごちそうさまを言ってくれる。
問題はヤツだ。
「腹一杯!」
そうこの悪ガキコウモリだ。
飛び立とうとするヤツをすかさず確保。
「ギー! なにする!」
「口に付いてるのよ。毎回、毎回、ほら」
口の周りをふいてやる。
暴れるから一仕事だ。
「触るな! 噛むぞ!」
「噛んでもいいけど、口拭いて!
あと、食べ終わったらごちそうさまでしょ!」
あ、逃げた!
「ばーか! ばーか! べろべろべー!」
こらー!
まったく、可愛げがない。
ヤツには礼儀ってものを一度、叩き込みたい。
逃げ去るコモツンに腹を立てながらも、ふと思う。コモツンも何か抱えているものがあるのだろうか。
言動は子供に見えるけど、子供でモンスターになったとしたら…
モンスターになるのは理性が切れた人だ。犯罪者になるほどの。
子供で理性がブチ切れるほどの経験って…
悲しいことしか想像できない。
今度、コモツンにも話を聞いてみようかな。
余計なお世話かな。
でも…こうして一緒に暮らしているわけだし、できるなら楽しんで暮らしてほしい。礼儀は大事だけどね!
さて、この食べ散らかした食器を片付けますか。
シチューはこびりつくと洗うの大変だから、シンクに入れて水に浸しておかないと。
始めましょうか。
「お手伝いしますよ! ラナ様」
「ありがとう、スケル。じゃあ、お皿を下げてくれる? シンクに持っていってくれるだけでいいから」
「お任せを!」
「花嫁様、スプーンもシンクに置いておきますね」
「ありがとう、ミャーミャ」
ミャーミャは顔を綻ばせながら手早く片付けてくれる。
おや? 旦那様が鍋を運んでくれる。
二つ抱えて。
「ありがとうございます、旦那様」
返事の代わりに頭を撫でられる。
優しく。優しく。
それがくすぐったかった。
シンクに置いた鍋に水を注ぐ。
きゅっと、蛇口を締めて顔を上げると、三人はテーブルを拭いたり、椅子を整えたりしていた。
その光景を見て、ふと思う。
みんなで食事をして、片付けしているとなんだか普通の家族っぽいな。
私が両親と暮らしていた頃の日々、そのまま。ただ、人が変わっただけで、あの頃の穏やかさは続いている。
それは、私によって何よりも心地よいものだった。
だからこそ思う。
こうやって、皆で暮らしていければいい。笑ったり、怒ったりしながら。
色々、面倒なことをとっぱらって考えると答えは実にシンプルだった。
まぁ、それをするためには、旦那様を一回死なせて蘇生するなんて、ハードすぎる展開が必要なわけで。
ハードルが高い。
しかも、可能性の一つだし。
保証があるわけでもない。
はぁ…
八方塞がりだな。
実に腹立たしい。
イライラしてきたので、気持ちを整えるためにお皿を丁寧に拭いていく。
汚れ一つないお皿はピカピカで光を反射していた。よし、キレイ。気持ちいい。
よし、片付けしゅーりょー。
うーんと伸びをして、首を鳴らした。
ふぁっ。
なんだか、眠くなってきた。
終わったら気が抜けたのかな。
それとも、先にお風呂に入ったからかな。
この後、旦那様が大丈夫なら、ミャーミャの話を聞きたいのに。
くらくら。
は? くらくら?
なんでくらくらしてんだ?
足元もおぼつかないし、なんだ??
ードテン!
いっでぇ…
顔面から倒れるなんて、コメディじゃないんだから。
でも、なんだろ。
床が冷たい。
このまま同化したい。
あー…気持ちいい。
「おい、ラナ!?」
なんですか旦那様。
私は今、床と同化中なんですよ。
ほっといてください。
持ち上げないでください。
「花嫁様!?」
「ラナ様ー!?」
皆してどうした?
そんな悲壮感たっぷりの顔しちゃって。
そんな顔しないでよ。
はい、スマイル作って。
スーマーイールー。
私はねー、皆に笑っていてほしいんだよ。
それだけなんだよー。
ほんと、それだけだ。
私の願いなんて。
なのに…
あー! もー!
チックショー!!
八方塞がりとかそんなんどうでもいいわ!
道がなかったら探してやる!
穴掘ってでも、道作ってやる!
決めた! 私は私の家族が笑って暮らすために全力を尽くす!
よし、その方向性でいこう。
うん。なんか、スッキリした。
では、おやすみなさい。
Zzzzz…
◇◇◇
………。
………なんかさめざめと泣く声がする。
…やかましい。
なんですか、人の眠りを妨げるこの怨念のような声は。
うるさいなー。
あー! うるさい!
誰だ! 人の惰眠を邪魔するのは!
「ら~な~ざ~ま~…」
目の前にどアップの骸骨。
目の空洞からは液体が漏れ、地を這うような声で私を呼んでいる。
ひぃぃぃぃぃ!
殺られる!?
「ラナ様!? 気がつかれましたか?」
その声に視界がクリアになっていく。
―――ん?
なんだ、スケルか。
はぁぁぁ…びっくりした。
怖かった。黄泉のお誘いかと思ったわ。
「こらこら、スケル。花嫁様を起こして。もぉ」
「だって、ミャーミャさん。このままラナ様がお目覚めにならないかと思いまして! 涙がとまらなくなってしまったんですよ!」
いや、寝てただけじゃん。
何をそんな大袈裟な。
「ご気分はどうですか?」
え? 気分?
そういえば、いつもよりボーッとするかも。
「私は元気だよ?」
「まぁ、そんなことおっしゃって、熱が出て倒れたんですよ?」
「え? そうなの? 床と同化してたんじゃ」
「まぁ、ふふっ。きっと、疲れがたまっていたんでしょうね。色々、心労をかけることをしてしまいましたから」
ミャーミャが額に冷たいタオルを置いてくれる。こうして優しくされると、母を思い出す。
気持ちいい。
「ほら、スケル。そんなに泣いていると、花嫁様が眠れませんよ」
「うぐっ…わかりました。何かあれば、お呼びください」
スケルが出ていくと、ミャーミャと二人っきりになった。
ボーッとミャーミャを見つめる。
大きな三つの目が優しく細くなる。
ミャーミャの瞳を私が持ってるんだよな。
ミャーミャはなんでそんなことしたんだろ。
私にも優しくしてくれるし、母親のような慕情も感じる。
彼女が悪い人には見えないんだよな。
「ねぇ、ミャーミャ」
「なんですか?」
「なんで―――」
そこまで言って口を閉じた。
なんでこの目にしたのか聞いても、私の目は変わらないし、私の青春も返ってこない。
全部、戻らない。
この目で不自由だったかと問われれば、もちろん不自由だった。
でも、この目をもって不幸だったかと問われたら答えは、不幸ではないだ。
両親は優しかった。
それに、この目を持って花嫁になったから、皆にも出会えた。それは、不幸とは呼ばない。
ここにいることに後悔はない。
後悔することといえば、何も知らないまま大事な人が傷ついたり、消えてしまうことだ。
だから、大事な人が傷ついてないか、ちゃんと知りたい。
ミャーミャの大きくてふわふわな手をとって繋いだ。
「ミャーミャは、私が花嫁でよかった?
ミャーミャの願いは叶えられそう?」
そう尋ねると、ミャーミャは、大きな瞳を潤ませながら、私に向かって何度も言った。
「ええ。ええ…
あなた様が花嫁でよかったです」
その答えにホッとして目を閉じた。
「よかった」
薄れゆく意識の中でミャーミャの悲しげな声が聞こえた。
泣かないで。
大丈夫だよ。
ほら、手を繋いでるでしょ。
迷子にならないよ。
迷子になったって、二人でいるからへっちゃらだよ。
一人じゃないから、へっちゃらだよ。
だから、泣かないで。
第一章が終わりになります。
モヤモヤがまだ残ると思いますが、お付き合い頂けると嬉しいです。
次は余聞になります。
余聞は3話あります。
すっとばし可能な話ですので、合わないようでしたらお手数ですが飛ばしてください。