キーマンの話
私たちはキーマンであろうミャーミャを探した。
心臓は変に高まっているし、私は緊張していた。
なぜか嫌な予感を感じずにはいられなかった。勘だけど。
思わず旦那様の手をぎゅっと握ってしまった。
「どうした?」
「……自分で言っておいてなんですけど、なんか緊張しちゃって」
そこまで言って言葉を切った。
それ以上言ったら、ネガティブな言葉が口から止めどもなく出てきてしまって、鬱々とした感情に飲まれそうだと思ったからだ。
「俺も緊張しているぞ」
旦那様はいつもと変わらないように見えた。でも、ぎゅっと握った手が同じくらいの強さで握られる。
「求める答えかわからないが、ミャーミャが何か知っているのは間違いない。それに…」
「目を逸らし続けていたものを見るのはキツイ」
素直な言葉は心にすとんと、落ちていく。
「だが、ラナがいるからな。
わりと大丈夫かもしれない」
うっ。急な名前呼び。
破壊力が半端ない。
照れますよ、私。
「そう思ってくれるなら、大丈夫な気がしてきました。私も」
ふっと笑われる。
その笑みに違う胸の高まりを感じながら、ふぅと息を吐き出すと、 緊張が息をと共に出ていく気がした。
まっすぐ前を見る。
きっと、大丈夫だ。
手を繋いでいれば、迷わない。
そう信じているから。
◇◇◇
「あら、お二人とも。手を繋いで仲睦まじくて宜しいですね」
ミャーミャは外で洗濯物を干していた。
まだ途中なのか、かごの中には洗濯ものが残っている。
「ミャーミャ、手伝うよ。
それと終わったら話をしてもいい?
旦那様とこの世界のことを知りたい」
そう言うと大きな三つの瞳がやや大きくなる。それも一瞬で、またいつものように口元は笑みが作られる。
「ふふっ。いいですよ。
お手伝い、お願いしますね」
曇天の下、真っ白なシーツがはためく。
そのコントラストはやっぱりヘンテコで、でも見慣れた光景だ。
森は意味不明な笑い声に満ちているけど、もはやそれが当たり前だ。
急に無くなったら心配になる。
慣れって恐ろしい。
洗濯を干し終えた私たちは草むらに座った。
「それで、何が聞きたいのですか?」
何から聞こう。
うーん…うん。ここはシンプルに。
「私は子供を産んでも、魔王が消滅してしまうのを避けたい。だから、方法を知ってるなら、教えてほしい」
そう言うと、ミャーミャは黙ったあと、優しく笑った。
「魔王様の生存ですね。
あくまで可能性の話ですがありますよ」
あるんだ!
やった!
「ふふっ。そんなに喜ばないでください。あくまで可能性の話ですから」
「それでもいい。教えて!」
「わかりました」
私は興奮していた。
そこに希望があると思っていた。
でも、現実はそんなに甘くなかった。
「魔王様を一回、殺して、名付けをしてください。そうすれば、花嫁様の魔力が魔王様に流れてモンスターとして生き返るかもしれません」
は?
なんつった?
一回、殺す??
名付けって…???
「従者を作った方法をしろというか」
「そうです。魔王様はスケルを作ったことがあるので、方法はわかりますよね?」
「あぁ…」
いやいやいや。
私はさっぱりですよ?
「ちょっと、理解が追い付かないので、解説してください」
挙手して教えをこう。
「スケルは一回、死んでいる。森に入っていた時に人間のまま殺されてな」
スケルに聞いた話だ。
勇者だった彼は森に殺されたと言っていた。
「骸になった時に額に手を当てて、名前をつけた。俺の魔力がスケルに注がれて、今のアイツになった」
方法はわかった。
方法だけはね。
だけど…
「それって魔王様だからできる魔法じゃないんですか?」
「は? 魔法なんて使えるわけないだろ?」
バカかお前はみたいな目で見られた。
いやいやいや!
ちょっと、待ってよ!
魔王といえば、魔法!
超強力魔法でバンバンとかじゃん!
だって、魔王だよ?
「ニンゲンである俺に魔法が使えるわけないだろ」
「いや、でも、ほら…ファイヤー!と火の玉だしたり、瞬間移動したりとか」
そう言うとものすごい盛大なため息をついた。
「そんなものできたら、お前はわざわざ馬車で買い物にでかけないだろう」
―――はっ。確かに。
魔法がある生活してない。
すごい普通の人間の生活しちゃってるよ。
じゃあ、本当に魔法はないの??
「情報操作にまんまと嵌まったな」
「本当に。ふふっ。
情報操作したかいがありましたよ」
え?
ちょっと、まって。
まって、まって、まって!
さらっと、黒幕っぽい発言が出たんだけど!?
なに!?
混乱して理解が追い付かん!
頭を抱えていると、旦那様が話し出す。
「…ミャーミャがしたのか?」
「ええ。そうですよ。でも、私は世界の意思に従ったまでのこと」
「私はこの世界の奴隷ですから」
にこっと口元は笑っているのに目は全然、笑ってない。それにうっすら寒くなる。
「私の役目は三つです。
一つ、モンスターであることを隠すこと。
二つ、魔王に仕事を教えること。
三つ、花嫁となる人間を選ぶこと」
一つ目と、二つ目はなんとなく分かる。
でも、三つ目って?
あーもー!
本当に嫌な感じがする。
当たってほしくない予感ほど、なんで当たっちゃうんだろ。
「花嫁はミャーミャが選ぶのか?」
「はい。両親から選び、そこから生まれた子供が花嫁になります」
ミャーミャは曇天を見上げながら、唄うように話し出す。
「本来なら、花嫁は国の王家から出されていました。王家はこの国がモンスターであることを知っています。でも、花嫁様と同じく、国民は知りません」
「だったら、知っている人から選ぶ方が効率がよいですよね? 実際、魔王様のお母上は姫様でしたから」
「母が…」
「二人はとても愛し合っておられました。先代魔王様の寿命の限界まで子どもを作らず、仲睦まじく暮らしておりました。でも、愛が深すぎたんです」
「先代が亡くなった後、花嫁様は指輪を使いませんでした。後を追うように亡くなったのです」
握った手を強く感じる。
ドクドクと鼓動まで伝わりそうなほど握られてたが、私は黙って受け入れた。
「魔王様には酷な話をしてしまいましたね」
ミャーミャが魔王様に近づく。
優しく頭を撫でている。
それは見ていて自然だった。
母が私にしてくれたような、そんなあたたかさがあった。
ふと、握られた手の力が弱まる。
「大丈夫だ、ミャーミャ。続けてくれ」
旦那様が言うと、ミャーミャが微笑んで手を引いた。
「先代の末路を見て、私は精神的に逞しい花嫁を求めました。子供が可哀想ですからね。それが、あなた様ですよ」
ミャーミャが頭を下げる。
「私は自分の目をあなた様に宿しました。きっと、あなた様は不遇な目に遭われたのだと思います。そうさせてしまったのは私です」
「だから、申し訳ありませんでした」
ミャーミャの告白はすんなり落ちていかなかった。
私がミャーミャの目を持つの?
だから、皆がモンスターに見えるの??
オリジナルはどこへ??
ダメだ…
色々な情報が詰め込まれて頭がパニック寸前だ。いや、もうパニック中なのかもしれない。
謝られても何にも感じない。
うーん…
頭を一回、冷やしたい。
「あのね、ミャーミャ。私、頭の中がしっちゃかめっちゃかで、謝られても答えられないんだ。だから、よく考えさせて」
「その上でミャーミャの謝罪を受け止める。それでもいい?」
ボーッとした頭で今の気持ちを正直に話す。
「えぇ、もちろんですわ。
考えてください。じっくりと。
私に答えられるものは何でも聞いてください」
嬉しそうな言葉を聞いて、うーんと背伸びする。
「ごめん、話の続きを聞きたいけど、これ以上聞いたら、思考が停止するから、ごはん作ってもいい?」
しまった。
何も考えずに言っちゃったけど、旦那様は違うかも。
「旦那様はそれでもいいですか?」
「いい。俺も少し考えたいからな」
それにほっとした。
正直、話したいと言われると私の頭が耐えられそうになかったからだ。
「じゃあ、ごはん。ごはんにしよう」
いそいそと歩きだす。
おや?
「ミャーミャ? ごはん作るよー。
どうしたの?」
なんで突っ立ってんだろ?
「…私もいいのですか?」
「え? なにが?」
「……私はあなたに酷いことをしました。だから、混乱中とはいえ、お許しになられないでしょう?」
あぁ、確かに……
え? そうなのか?
私はミャーミャを許せないのか?
スケルには黒幕がいたら頭突きしてやるーとか言ったけど…なんか違う気がする。
うーん。
うーん。
あ、そうか。
「ミャーミャが私の目を変えたのも理由あるんでしょ? ミャーミャは自分のことを世界の奴隷って言ってたし、何か事情があったんじゃない? それを聞かないと。あ、今は言わないでね。頭、バクハツするから」
「それに皆で食べた方が、ごはんは美味しいでしょ?」
それだけ言うと、ミャーミャはフリーズする。
あれ? 変なこと言ったかな?
裏切り者ー!
とか言って断罪した方がいいのか?
しないけど。
だって、ここに来てから家族のように暮らしていたんだよ?
情もわきまくってるし、簡単には切り捨てられない。
変かな? 私。
「花嫁様!」
おっふ!
ぐ、ぐるじいっ!
「なんていい子に育って! 私、感激しました!」
おお、そうか。
わかった。わかったから!
顔じゅうを舐めるのはやめて――!
お風呂に入らなくちゃならなくなる!
ヨダレでベトベトになったので、料理の前にお風呂に入ることになった。