無気力な旦那様に頭突きして和解
「で? お前は何が知りたいんだ?」
楽しいお茶と菓子タイムに浸っていると魔王の言葉で現実に引き戻された。
おっと、そうでした。
つい、まったりしてしまったが、私の目的は夫の長生きだ。
「俺の消滅なら避けられんぞ」
おっと、いきなりの牽制パンチ。
でも、怯むような私ではない。
「消滅、消滅って言いますけど、具体的にいつ消滅するんですか?」
「子供が魔王の力を引き継ぐってのは前に話してましたけど、それって魔王様の魔力が全部、吸いとられてしまうんですか?」
「それはわからん」
ガクッ。おいおい。分からないのか。
「恐らくと言ったはずだ。
魔王と花嫁が子供を産んだ後の話は残っていない。俺も物心ついた頃には両親はいなかった」
え?…両親がいない?
それって…
「亡くなったってことですか…?」
「それも分からない。気がついた時にはミャーミャしかいなかったからな」
さらっと重要なことを言ったような。
なるほど、キーマンはミャーミャか。
「じゃあ、ミャーミャに聞きます。
でも、知りたくはなかったんですか?
自分の両親のこと」
「………別に。どうでもよかった」
投げやりな言葉なわりに、眉間にすごいシワ。
色々と考えて考えて、
考えるのをやめてしまったのだろうか。
「今は知りたくはないんですか?」
私は期待していた。
魔王は少しずつだけど、変わってきていると思う。
ほんのちょっとだけ、前を向いているような気がしていた。
だけど。
「知ったところで、結果は同じだ」
ささやかな期待は、砕け散る。
この人はいつもそうだ。
この話になると思考にフタをする。
「知りましょうよ。
だって、自分のことでもあるんですよ?
両親のことを知れば、自分が生きる方法だって」
「うるさい」
ギロリと睨まれた。
「お前の物差しで俺の心情を図るな。
人間として暮らしていたお前と俺は違う」
ハッキリとした拒絶。
怒ってる。初めて見た。
逆鱗に触れたのだろうか。
「それはそうかもしれませんけど、だからなんです? 私たちはもう夫婦です。
旦那様が考えていることを知りたいと思うのはダメなんですか?」
「ただの繁殖としての夫婦だ。
余計な感情などいらない」
ほぉー…
なるほど、そう言いますか。
一緒に生きてと言った時に、手を握り返してくれたあなたがそう言いますか。
さっきまで、このお菓子を一緒に作っていた私に対してそれを言いますか。
うん。久々に私、ブチ切れました。
「ちょっと失礼」
「は? 何を――」
魔王の角を両手で掴んだ。
角を避け、額めがけて頭部物理攻撃をかます。
――ゴン!
「!?」
いっでぇ!
魔王の頭固いよ!
あー…グラグラする。
「お前は! いきなり何をするんだ!」
「私は今、猛烈に腹が立っているんです。だから、頭突きをしたまでです」
「…は?」
「分からないんですか? 本当に。
あなたは私に対して、自分の物差しで測るなと言いましたが、あなたは、私の心情を慮ってないじゃないですか」
視界が歪む。
泣きたくなんかないのに。
「私は言いましたよね。一緒に生きたいと! そう思うのは、余計なことですか?
あなたにとって無意味なことなんですか!」
「クッキー、一緒に作ったのも全部、あなたにとっては無駄な時間だったんですか!」
悔しい。
せっかく、距離が縮まったと思ったのに。
また壁を作る。
最初からそうだ。
この人は消滅とか簡単に言う。
それがどんな意味かも分かっているはずなのに、この人は簡単に口にする。
要はこの人は生きたがってない。
今の状況に甘んじてる。
それが悲しくて腹が立つ。
生きてと、こっちが投げ掛けても相手にはちっとも響いてない。
そんな無力な自分に腹が立つ。
「繁殖とか、余計な感情はいらないとか言うなら、なんで優しくしたりするんですか!」
なんで、一緒にお菓子なんか作ったんだよ。
ちっくしょう。
「ただ機械的に役割をこなしたいなら
優しくなんてしないでくださいよ!
…期待しちゃうじゃないですか…」
ダメだ。泣く。
泣きたくなんかないのに。
溢れる涙を無理やり手で擦っていると、その手を掴まれた。
「…やめておけ。目が痛くなる」
ほら、優しくする。
優しくするなって言ったのに。
「ただの繁殖用の嫁ですから
お気遣いは無用です」
その手を引こうとした。
なのに、引けない。
力強い手で逆に引き寄せられる。
なんだよ、コノヤロー。
優しく抱き締めたりなんかするなよ。
また、期待しちゃうじゃんか。
「泣くな」
「…っ」
「お前に泣かれると、どうしていいか分からなくなる」
なんだよ、それ。
結局、自分都合じゃんか。
あー、腹立つ。
この人はちっとも、私の方を向いてくれない。
なのに、腕の中はあたたかい。
「じゃあ、泣かせないでくださいよ」
「…泣くとは思わなかった」
「泣きますよ。全否定ですよ?
私はクッキー、一緒に作れて嬉しかったんですよ」
悔しいから、私もぎゅっと抱きしめ返した。
「すっごく、すっごく嬉しかったですから」
抱きしめる力が強くなる。
苦しいくらい。
「………すまない」
なんだよ、コノヤロー。
素直に謝るなよ。
許したくなっちゃうじゃんか。
「…謝るなら、ちゃんと向き合ってください。ちょっとでもいいから考えてください」
「自分は生きられるかもしれないって」
「本人が生きたいって思わなくちゃ
意味ないんですよ」
無気力な人に、”生きろ”というのは限界がある。
何より自分が生きてみてもいいかなって思わないと。
願わくば、旦那様には生に執着してほしい。
諦めないでほしい。
「……わかった」
キレイさっぱりとまでいかないが、
どこか開き直ったような声。
見上げると微笑みが優しかった。
「お前が願う限り、俺も生きようとする」
望んだ100%の答えではないけど、少なくとも前を向いてくれた。
それがすごく嬉しい。
また泣いてしまいそうになったから、バカみたいに「ありがとう」を繰り返してぎゅっと抱きついた。
◇◇◇
落ち着いた頃、旦那様はポツリポツリと自分のことを話し出した。
「お前の言う通りだ。
俺は生きようとしてない。
早くこの生を終えたかった」
どこか遠くを見つめながら、淡々と言葉は紡がれていく。
「お前の指輪、あれには100年分の魔力があると言ったよな。100年というのは、指輪の限界値だ。人間の寿命の限界値と同じだ。だが、その年数は変えられるんだ。魔王のさじ加減で」
何が言いたいのか分かってきた。
この人はあえて、限界値までいれたんだ。きっと。
「もし、指輪の年数を半分にすれば俺は魔力が残り、生き残れたかもしれない」
「だが、それを放棄した」
「俺は俺の身代わりが欲しかった。
この無意味な生を受け継ぐ、器がほしかった」
ひどい顔をしていたのか、頭を撫でられる。その手は哀しいくらい優しい。
「魔王としての能力が落ちたとき、モンスターの魂の還元がうまくいかなかった。コウモリのモンスターが一匹いるだろ? あれがそうだ」
え? コモツンが…?
「その時、ミャーミャに言われた。
自然と森が魂を還元するから気にしなくていいと」
ぞわっと鳥肌が立つ。
じゃあ、魔王の存在って…
「もしかしたら、俺の存在は全くの無意味なことかもしれない。幽霊みたいにただ森をさ迷うだけの…」
ぎゅっと手を握った。
今にも旦那様が消えちゃいそうで怖かった。
手は握り返された。
あたたかい。
「俺は全ての事柄から目を逸らした。
考えることをやめた」
「じゃないと…俺は狂っていたかもな」
言葉が切れて堪らなくなった。
私はこの人の何も分かってなかった。
生きろなんて、エゴを押し付けただけだ。
ごめんなさい…といいかけて唇を噛み締めた。血の味がする。
謝るなんて、それこそエゴだ。
なんて言っていいか分からず、ただ黙っていると、唇に触れられる。
「傷がつくぞ」
優しい手。
本当に優しい人だ。
「私、改めて思いました」
「あなたに生きてほしいって」
自分に誓いを立てる。
この人が生きるためなら、どんなこともしよう。
「今までの分を取り返すぐらい。
バカみたいに笑って、めいっぱい幸せになるんです!」
「 魔王なんて役目を作りやがった世界とやらがドン引くぐらい、幸せになって見せつけてやりましょう!」
「そんで、笑って天寿を全うしましょう!」
大きな声を出したもんだから、息が切れた。肩を上下しながら、言い切ったら、喉が渇いた。
興奮冷めやらぬまま、お茶を流し込む。
ごほっ! ごほっ!
むせた。
カッコ悪い。
苦しがっていると、旦那様の様子が…
「くくっ。お前は、ほんとっ…」
え? 腹抱えて笑ってる?
むせたのが、よかったのか??
あなたが笑うならもう一度、むせますよ?
体、張りますよ?
「くくっ…」
旦那様はまだ笑っている。
なんかデジャブ。
スケルも突然、全身揺らしながら爆笑していたな。
旦那様もそういう状態なのか?
「ラナ」
―――ぶふっ!?
不意に呼ばれた名前に吹いた。
またもむせていると、旦那様がまた笑いだす。
どうにか落ち着くと、旦那様は私の手を取った。
「ラナ、改めて俺も言おう。
お前が望む限り、俺は生きるのを諦めない」
「だから、一緒に生きてくれ」
優しい声に不意打ちの名前呼び。
ヤバい…ヤバい…ヤバい…!
し、心臓が…壊れる!!
くっ。こんなところで死ねないのにっ!
私は気絶しないように声を張り上げた。
「お任せください!」
微妙な返事かもしれないと思いつつ、旦那様が笑ってくれたので、よしとする。
その後、私たちはミャーミャに話を聞きにいくことにした。
ミャーミャなら旦那様が生き延びる方法を知っているかもしれない。
だから、二人で聞きに行くことにした。
一人で聞くのは怖いことでも、二人で聞けば怖くないかもしれない。
離れないようにしっかり手を繋いで。
私たちはミャーミャの元へ向かった。