コルネリウス兄妹の話を聞いた
それは、鎖骨を俺に折られて気絶したシルフィさんの馬鹿兄貴のセシルを竹と布を組み合わせて作った担架で診療所に運び、いざ治療を始めようとした時に起こった。
「命の源の樹よ、我に癒しの力を、ヒール」
「む、なぜ私はここに……?」
「お久しぶりです兄上」
「おお、シルフィ―リア、捜したぞ!」
「捜したぞではありません!いい加減頭に血が上ると相手に斬りかかる癖は直してください!そのおかげで何度私が命を救ったことか……」
「す、すまん。確かに今日は見境がなさ過ぎた……」
「いいえ許しません!そもそも兄上は――」
「「…………」」
なにやら、他の面々(俺とセリオの二人だけだが)を無視する形で妹から兄への公開説教が始まってしまったが、俺達が絶句しているのはそんなことではなかった。
「……おいセリオ、あのケガ、全快してないか?」
「……ええ、タケトさんが綺麗な骨の折り方をしたおかげで、治癒魔法の効きが早かったんでしょうね……」
「いや、そうじゃなくてだな――」
「わかってます、多分僕も多少、いえかなり混乱しているんです!……ただのヒールの魔法で竹ポーションに勝るとも劣らない回復速度、シルフィさんは間違いなく聖女クラスの治癒術士です。それがなんでコルリ村までやって来たのか想像もつかないですけど、こんなところに居ていいお方ではないことだけは確かですよ」
そんな俺たちのやり取りが聞こえたのか、説教を続けていたシルフィさんが我に返ったような表情をした後でこちらに向き直った。
「あ、お見苦しいところを見せてしまいました。兄上のことと先ほどの私の治癒魔法で、タケト様達も大体の察しはついたのではと思います。私の本当の名前は――」
「待った。その続きは別の場所でしよう。そっちの兄貴のケガはもういいんだろ?」
「それは、はい。本来なら一日は安静にと言うべきケガですけど、体が頑丈なことだけが兄のとりえですから」
「シ、シルフィーリア、それはいくら何でも――」
「兄上は黙っていてください!」
「わ、わかった……」
悲しい顔をしながら反論しようとするセシルを、ぴしゃりと黙らせるシルフィさん。
……今の俺の顔、引きつったりしてないよな?
「それから、最低限情報を共有させるべき奴らは同席させたい。そうだな……セリカ、ニールセン、マーシュ、それにこのセリオを加えた四人、それにシルフィさんとそこの兄貴と俺を加えた、合計七人でどうだ?」
「はい、構いません。孤児院まで作ってくださった皆さんにいつまでも隠し事をするのは心苦しかったところだったので、私としてもいい機会だと思っています」
「よし、決まりだ。セリオ、悪いがニールセンをマーシュの家に来るように呼んできてくれないか?内密の話をするならあそこが一番都合がいだろう。俺はセリカを呼んでくる」
「わかりました、では村長の家で会いましょう」
こうしてセリオと一旦別れた俺はシルフィさんとセシルを連れてセリカのいる集会所で向かうことにした。
「改めまして、私の名はシルフィーリア=コルネリウス、マリス教国で代々治癒魔法の研究を司ってきた、コルネリウス家の末席を汚す者です」
「俺の名はセシル=コルネリウス!このシルフィーリアの兄にしてマリス教国を守護する聖枝騎士団の騎士だ!」
「『コルネリウスの聖女』に『双撃の聖騎士』やて、……マジか。ちょ、ちょっと待ってくれんか?すぐに立ち直るから……」
堂々と名乗りを上げたコルネリウス兄弟に対して、返礼を返す余裕も無さそうにそう呻いたのはセリカだった。
どうやら、あのセリカが礼儀を忘れるほどの衝撃が、この兄妹の名前にはあるらしい。
同席しているニールセン、セリオ、マーシュの三人も、一定の差はあれど大なり小なり驚いているようだ。
「……お嬢が驚かれるのも無理はありません。かくいう私も大変な衝撃を受けております。それほどお二人の名は大きなものなのです」
そう解説してくれたのは俺が集めたメンバー、ではなく、なぜかこの場にいる、セリカの部下のシルバさんだった。
「周囲は部下に固めさせて他の者が近づかないようにしておりますが、最低でも一人はお嬢を守る人員は必要ですので」
まあ、そこまで言われては文句も出ない。
それにシルバさんなら絶対に外へ情報を漏らす心配もなさそうだし、そういうことにはうるさいセリカが一言も言っていないわけだしな。
それに、シルフィさんの兄貴とはいえ、セシルの立場は未だ代官殺害未遂の嫌疑がかかったままだ。
セリカの護衛でもあるシルバさんが、危険人物との話し合いの場に同席を求めるのは道理だろう。
「聖女なら知っているぞ。なんでも一瞬でケガを治してくれると聞いたことがある」
そう俺に言ってきたのは、こちらも呼んだわけでもないのにいつの間にかに話を聞きつけてマーシュの家に来ていたラキアだ。
その時点で追い返すことを諦めた俺へのセリカの氷の眼差しはかなり堪えたが、それでも一度決めたら梃子でも動かないラキアを説得するよりはマシだ。
とりあえず、ラキアにこれ以上喋るなと釘を刺しておいてから(釘を刺したら直立不動で黙った)、シルバさんに話の続きを促した。
「ラキアさんのおっしゃる通り、シルフィーリア様は神樹教でも屈指の治癒魔法の使い手と聞いております。この屈指の使い手というのも、シルフィーリア様が何事にも一歩引く謙虚な性格の影響だそうで、実質神樹教、いえ大陸一の治癒術士と言っても過言ではありません」
「……そんな国宝級の聖女様が、なんでコルリ村の外れで行き倒れる羽目になったのかとか、言いたいことはいろいろあるんだが、今は後回しだ。それで、そこのシルフィさんの兄貴は?」
「双撃の聖騎士セシル=コルネリウス、その名が急速に他国に伝わるようになったのはここ最近のことでして、どのような人物なのか、はっきりとしたことは分かっておりませんでした――今までは」
「まさかそんな有名人が、役目をおっぽり出してたった一人で妹を捜しに行くほどの重度のブラコンだとは思いもしないよな」
「情報を追加しておきます。ですが判明していることが一つ、聖枝騎士団の騎士になってわずか数年で、ドラゴンバスターを始めとする驚くべき数の武勲を打ち立て、今では三大神殿騎士団の騎士団長に次ぐ実力の持ち主だということです」
「ド、ドラゴンバスターね。そりゃすごい……」
だとすると、あのシスコン兄貴は俺と同等の力を持っているかもしれないということか。
ひょっとして、さっきの一戦は本気じゃなかったとかか?
やっぱり世界は広いな。
いつか、この世界全部とは言わないが、この大陸だけでも見て回る旅ができればいいんだが。
そんな感じでシルバさんと潜み声で話しているうちに三人がショックから立ち直ったようで、事情聴取が再開された。
「……待たせて悪かった。それで、お二人さんがコルリ村に来た経緯を改めて話してくれんか?まずはシルフィ――コルネリウス嬢からや」
「今まで通りシルフィ、で結構ですよセリカさん。私のことは依然話した通りです。大きな災害に見舞われた方々の力になろうと、一念発起して教国から旅をしてきたという話に変わりはありません」
「うん、ウチも疑ったわけやない。ただ、そこから話を始めんとどうにも繋がらんからな。気分を悪くさせたなら謝るわ」
「いえ、いいのです。突拍子のないことをしているという自覚くらいは私にもありますから」
シルフィさんの言葉に頷くセリカ。
もちろん、セリカの言うことにも一理ある。
マリス教国という国がどういう政治形態をとっているかは知らないが、やんごとなき家柄と思われるご令嬢が一人でホイホイ国外に出られるほど教国は弛んだ国ではないことだけは間違いないだろう。
なにせこの大陸の信仰を一手に引き受ける巨大組織なのだ、良い悪いは別にしても大国であることに疑いはない。
「どうやって国境を超えたのかは訊かないでいただけると助かります。その、いろいろ迷惑をかけてしまう人もいるので……」
「わかった、深くは聞かん。それにウチが関心があるのはそっちの兄さんの方やしな。場合によっては、ウチのジジイ、東の大公から正式に抗議っちゅう手段を取らんとあかんしな」
「ま、待った!外交問題はまずい!このことがお爺様に知られたらなんと言われるか――」
「お爺様?そんなにすごいのか?」
「当たり前だ!現役の枢機卿だぞ!その威厳が怒りに変わったときの恐ろしさと言ったら……」
そう言うなり体中をガタガタと振るわせ始めたセシル。
……うん、その気持ちよくわかるぞ。誰だって、爺ちゃんは怖いもんな……
「ちなみにコルネリウス枢機卿は神樹教、ひいては大陸中の治癒術士を束ねるコルネリウス派の総帥という立場でもあります」
セシルからの家族の情報に続いてシルバさんがそっと補足を耳打ちしてくれたが、俺は驚かない。
いや、驚きすぎて逆に無表情になったというべきか。
改めてコルリ村が、というよりお俺が抱える秘密について考えると、神樹教と完全にバッティングするアイテムが一つある。
そう、竹ポーションだ。
その正体は俺が淹れた竹の葉茶、という身も蓋もない代物なのだが、どうやらこのやたら回復力の高い飲み物が神樹教の利権に真っ向からケンカを売ってしまっているらしい。
とはいえ、常に魔物の脅威に備えなければならない今のコルリ村にとって、竹ポーションは欠かせないアイテムとなっていて、とてもではないが使用禁止にできる余裕はない。
そんな状況の中で、潜在的敵対組織の親玉の孫が二人もコルリ村にいるという事態は、ある意味で最大の危機と言っても過言ではなかった。
セシルの治療をシルフィさんに任せて本当に良かった……
「ま、教国に黙っていてほしかったら、どうやってコルリ村にたどり着いたのか教えてくれたら考えてやらんでもないで?」
「あ、ああ、わかった。まず、馬で強引に国境を突破してだな――」
セリカの質問に、いきなり物騒な切り出しではあったものの素直に答えるセシル。
「とりあえず、シルフィーリアがグノワルド東部に向かったという情報だけは持っていたので、ひたすら東へ進んだ。ところが、途中の道程ではなぜかシルフィーリアの手掛かりがつかめなくてな、勝手に国を出てきたので連れ戻される恐れはあったが背に腹は代えられぬと思い、神樹教の最東端の拠点、シューデルガンドへ足を運んだのだ」
……あ、そういうことか。
どういうルートを辿ればあんな所から出現できるのか、最初に出会った時には、俺の自宅兼工房の裏手から現れたシルフィさんだが、その先にあるのは今では人家も皆無の山火事によって木々の燃え尽きた一面禿山と化した大樹界だけだ。
シルフィさんが方向音痴かはともかく、まともな道程ではなかったことだけは間違いない。
そんなシルフィさんの数少ない足跡がわかるのが、シューデルガンドだ。
あそこで起こったことについては割愛するとして、シューデルガンドの神樹教の教会にはシルフィさんの正体を知る人間が何人もいる。
そこにセシルが飛び込んだのなら、当然シルフィさんの行方を知ることになるだろう。
「だが一つ解せないな。セシル、なんで俺と最初に会った時に問答無用で斬りかかってきた?お前とは初対面のはずだろ?」
「……何やら節くれ立った木の棒を持った男が、教会で保護していたシルフィーリアを攫っていったと聞いたのでな、それでタケトが犯人だと直感して正義の剣を振るったのだ」
「……またとんでもねえ誤解だな。そしてその作り話を鵜呑みにしたお前も大したものだよ……」
「兄上!?あの者たちの言うことを信じたのですか!?」
「な、なんだ!?確かに話に多少つじつまの合わない点はあったが、同胞の言うことだぞ!?信じるに決まっているだろう!」
「いいですか!タケト様は誘拐犯どころか私の恩人なのです!まず、私がこのコルリ村を訪れた時に――」
シルフィさんのセシルへの説教を兼ねた事情説明が始まってしまったので、集会所の中は何となく途中休憩の空気になり、それぞれ隣同士で話を始めていたところに、ラキアが話しかけてきた。
「ん?ひょっとしてもう黙っていなくていいのか?」
「とりあえず、な。話し合いが再開したらまた黙ってろよ」
「わかった!それで、結局二人は何者なのだ?」
「そこからかよ」
沈黙にばかり集中して話の内容が一切入ってこなかったらしいラキア。
それに対して、俺は自分の中の情報を整理する意味も含めて、もう一度説明してやることにした。
さて、一通りシルフィさんとセシルの事情は分かったが、二人の処遇をどうしたものかね?




