再戦を受けた
「お、おいラキア、何が一体どうなってんだよ」
「うるさいぞマーカス、手元が狂うから喋りかけるな。少しは先に下ろした四人を見習え」
ヒュカッ ドサッ
「痛てえ!もうちょっと優しく下ろしてくれよ!」
「おい、黙って見てろ。――次、余計な口をきいたらご主人様に代わって私がお前を絞めるぞ」
コクコク
そんなラキアとマーカスのやり取りを視界の端と頭の片隅で認識しながらも、俺は目の前のニールセンから意識を外すことはなかった。
中段で構える俺に対して、ニールセンは前回と同じ正眼、だがその心構えには格段の差があった。
前回の真剣勝負では、互いの実力を全く知らない状況、しかもニールセンの方は仲間を人質に取られるという追い詰められて戦うという苦境に陥っていた。
その結果、勝負を焦ったニールセンは武器破壊で一気に決着をつけようとし、逆に俺の竹槍に自分の剣を折られて敗北した。
しかし、今回再戦を申し込んできたニールセンは、俺の情報をある程度頭に入れた状態で戦いに臨んでいる。
おそらく俺と別れて以来、この時を想定した鍛錬をずっと積んできたことは想像に難くない。
対して俺の方はというと、コルリ村の再興やシューデルガンドへ行っていたことなどから、どうしても鍛錬の時間が取れない日がままあった。
言い訳にもならないが、あの日の俺と今の俺を比べたら、ほんのわずかの差だがあの日の俺の方に軍配が上がると思う。
まあ、それでもやることはたった一つ、全身全霊をかけて挑むだけなんだけどな。
そんな俺の心境を読み取ったのか、先に動いたのはまたしてもニールセンだった。
俺への最短距離を、歩幅を微妙に調整しながら、それでも驚くべき速さで迫ってきた。
さすがに武器破壊まで再現するつもりはないだろうが、今回も最短の時間と動作で勝負をかけるつもりらしい。
だが、これは真剣勝負ではあっても、決して剣の腕を競っているわけではない。
愚直なまでに俺に向かってくるニールセンに対して、俺は槍を構えることもなく、スッ、スッ、と二歩左に動いた。
その途端、驚愕の表情を見せたニールセンはその場に急停止した。
「どうした、来ないのか?」
挑発する俺の誘いに乗ることなく、動きを止めたままのニールセン。
だが俺との間にある物体、周囲には無数に生えている一本の竹が奴の行動を完全に阻止していた。
――流儀の違いと言ってしまえばそれまでだが、どうもニールセンの戦い方は素直すぎる。
おそらく今ニールセンの頭の中は目の前の竹をどうするべきか、という思考でいっぱいなんだろう。
普通の人間なら、単純に竹を避ければいいと思うだろう。
だが、それなりの使い手同士の戦いならその動きは致命的な隙となる。
竹を避ける動きを見せた瞬間に攻撃されて終わりだ。
ちょっと剣の腕に自信がある奴なら、竹ごと俺を叩き斬ればいいと考えるだろう。
だが、少なくともニールセンという男は、一度俺の竹槍に自分の剣を折られている。
そして、俺がその辺に生えている竹を以前と同じように硬化させられるかもと考えるだろう。
どこで手に入れたのかは知らないが、今持っている剣も出来自体は前のものとそう変わりはなさそうに見える。
だとすればよほどの自信がない限り、ニールセンはこの竹を斬りに行くことはできない。
竹を無視して、突き技で俺を攻撃するという手もある。
だが、どんなに細くて遮蔽物としてほとんど役に立たないと言っても、体の一部が隠れていることに変わりはない。
そして今の俺は、右手や足など一部の動きの起点となる箇所を、意図的に竹が遮蔽物になるように立っている。
おかげで多少窮屈な思いをしているが、俺以上に選択肢が狭められているのはニールセンの方だろう。
この勝負はニールセンが仕掛けたものだから、彼が逃げるという可能性は排除するとして、残る手は持久戦、つまり相手が焦れるのをひたすら待つ、という戦術に自然に絞られる。
だがこの場所に限って言うと、持久戦において圧倒的に有利になるのはむしろ俺の方だ。
まあ、周囲は剣の動きを大きく制限する竹が所狭しと生えているから、当たり前と言えば当たり前なんだが。
それに、剣を使うニールセンにとっては無暗に振り回すわけにはいかない状況だが、突きを主体とする俺の竹槍にとって竹程度の遮蔽物は剣ほど動きに支障はきたさない。
なにより、竹林は俺にとって物心つく前から慣れ親しんできた場所、極端なことを言えば、丸一日はこの姿勢で微動だにしないでいられる自信がある。
つまり、ニールセンにとっては現状取れる有効な手が無いほぼ詰みの状況である上に、時間が経てば経つほど体力的にもきつくなりさらに追いつめられるという、戦術的にはすでに敗北したといっていい立場にあるというわけだ。
そんな俺の目算は相手も共有しているらしく、わずかにではあるがニールセンの表情から焦りのようなものが見え始めた。
攻めてもダメ、待ってもダメ、退くことは論外、ならばどうするか。
そんなのは、剣を志した者なら初めから決まっている。
「ふっ!!」
魚心あれば水心、というべきか。
ニールセンは俺の思考を読み取ったように遮二無二突っ込んできた。
狙いはやはり俺たちの間にある竹と、その先の俺の体だ。
……そうだよな、たとえどれだけ勝ち筋が見えなくとも、最後はやっぱり自分の剣を信じるだけだよな。
そう確信させるほどに、ニールセンの斬り下ろしはすさまじい気迫が見えた。
もちろん俺も黙って見ているわけではない。ニールセンと全く同じタイミングで動き出す。
だが、その翻った右手に持っていたのは竹槍ではない。
「――っ!?」
ニールセンの驚愕の表情を見ながら、外に出る時には常に携帯している腰の鉈に手をかけて車輪に回し、そのまま一気に目の前の竹を斬り割ったのだ。
「くおぉ!?」
斬るべき目標を見失ったニールセンの剣はそのまま断たれた方の竹に直撃、斬るべき対象からただの障害物へと変化した竹に動きを阻害され、ニールセンは大きく体勢を崩した。
「勝負あり、だ」
のけぞったニールセンが持ち前の身体能力で何とか体勢を立て直して最初に見たのは、すり足で音もなく移動して喉元に竹槍を突き付けた俺の姿だった。
「……参りました」
潔く負けを認めたニールセン。
だがその表情にはどこか悔いが残っているようでもあった。
「やはりまだまだ鍛錬が足りませんな」
「そんなことはないさ。結果的にはこういう決着になったが、見た目ほど実力差があったとは思ってない。特にあの一撃が決まっていれば、倒れていたのは俺の方だった」
強いてニールセンの欠点を挙げるとすれば、俺が竹を盾にしたときに動きを止めてしまったところだろう。
あそこでニールセンが迷うことなく攻撃を続行していれば、動揺したのは俺の方だったかもしれない。
「いやいや、その一撃をどうにかして絞り出せるかどうか、その差は無限大ですよ」
「ま、まあ、とにかくだニールセン、今からでもよければ俺の弟子に――」
「納得いかねえ!あんなの卑怯じゃねえか!?戦士なら身を隠すような真似をして恥ずかしくねえのか!」
紆余曲折はあったがどうにか師弟関係を結べるかと思った矢先、一部始終を見ていたマーカスから非難の声が出た。
しょうがないなと思いながら俺が言い聞かせようとしたのを手で制したのは、敗北したばかりのニールセンだった。
「……マーカス、今の戦いを見てもまだ気づかないのか?」
「ああ、納得いかねえ!正々堂々と戦えばニールセン先生が絶対に勝つに決まっているからな」
「そんなタケト殿に心の余裕を与えるような真似をすれば、さらに差を見せつけられる結果になったということも分からぬとは……少なくとも、お前についてきた四人ははっきり悟ったようだがな」
「な!?お、お前ら裏切る気か!?」
「いやあ」 「だってな」 「シューデルガンドで知ったからな」 「タケトの兄貴のすごさは」
どうやらJ四人組はマーカスに半ば強引に連れてこられただけで、特に不満があったわけではないらしいな。
「お、俺は認めねえぞ!あんな卑怯者に村を任せられるか!」
味方が一人もいなくなり追い詰めてしまったことが逆に仇になったのか、マーカスは意固地になったらしくまるで子供がダダをこねるように持論を繰り返した。
「……ご主人様、もうこの愚か者に生きる価値はないと思うのだが?」
先ほどまで大人しくしていたラキアだが、マーカスの俺への批判が腹に据えかねたらしく物騒なことを言い始めた。
「ご主人様が一言言ってくれれば私が――あいたっ!?」
「バカ、やめんか」
竹槍をラキアの頭に軽く振り下ろして制止すると、俺は前々から考えていた一つの案を口にしようと思い立った。
「ニールセン」
「はい、なんでしょうか?」
「これまで、なあなあにして悪かった。お前にタケダ騎士爵領の警備隊長の役職を受けてほしい」
「それは、一介の元冒険者に頼んでいるのですか?それとも――」
「もちろん俺の一番弟子としてだ」
「引き受けましょう」
「な!?ご、ご主人様!?」
なぜか驚くラキアだったが、今は優先すべきことがあるので後回しだ。
「もう一つ、ニールセン、お前を竹田無双流師範に任命する。そこの体力の有り余っている馬鹿を始めとした警備隊の志望者を扱いてやってくれ。やり方はすべて任せる」
「わかりました。謹んで拝命いたします」
「最後に、それだけだと俺が師の役割を全うしているとはとても言えないからな。早朝なら稽古の時間を作ってやれるからいつでも来い」
「っ!?……ありがとう、ございます、師匠」
そう言葉を詰まらたニールセンは勢いよく頭を下げた。
その隠れた顔の辺りから何滴かの雫が落ちたのは、見て見ぬ振りをするべきだろう。
……普段後悔しないような生き方を心掛けてはいるが、さすがにこれは悪いことをしたな。
もっと早くニールセンと話をするべきだった。
「お、俺の話はまだ終わって、――モガ!?」
「いいから」 「もう行こうぜ」 「お前の望み通りになったんだ」 「文句はないだろ」
さらに騒ごうとするマーカスを、J四人組が口を塞ぎながら抱え上げて竹林を出ていった。
……あれだけ空気が読めてそれなりに実力もあるのに、なんであいつらマーカスなんかに従ってるんだ?解せぬ。
まあとにかく、これで全部解決――
「うぅ、いちばんでしをとられた……」
――いや、問題はまだあったか。
時系列で言えばニールセンの方が俺と知り合った時期は早いのだから、ラキアは自然と二番弟子ということになるのは間違いない。(そもそも弟子に取った覚えはないが)
こっちはこっちで後でフォローがいるな、という考えを頭の片隅に追いやりながら、俺はできたばかりの年上の弟子の思いを受け取っていた。




