花咲かじいさんの気分になった
「ご主人様おはよう!朝ごはんの時間だな!」
今日もいつも通りの時間に稲狙いでやってくる鳥の鳴き声で起床、俺はマーシュの家でラキアに挨拶されてから、マーシュ、サマンサさんを加えた四人で朝食を済ませた。
ちなみにメニューは、パンに鳥肉と野菜のスープといつもと変わらないのだが、最近になって味付けが大きく変わった。
というのも、「引っ越しのご挨拶や!」と張り切ったセリカがシューデルガンドから持ってきた様々な調味料を格安で大放出したのだ。
これにはコルリ村の奥様方も大層喜んだそうで、最初は村中から不審がられていたセリカはあっという間に村の約半数を味方につけた。
それも只の半数ではない、村のほとんどの家庭の胃袋を管理する奥様方を味方につけたのだ、もはやコルリ村はセリカに半ば掌握されたのかもしれない。
そう思わせるほどこのスープは旨かったし、サマンサさんがことあるごとにマーシュに「セリカさんは良い子ねえ、婚約者なんているのかしら」と聞き続けている。
でも、さすがにあのマーカスの嫁は、セリカの方が願い下げじゃないか?
「ご主人様、今日はどこへ行くのだ?」
「そうだな、本当は代官として書類仕事をせにゃならんのだろうがなあ」
不本意な形だったとはいえ、仮にも代官なのだから最低限の仕事くらい覚えようかなと思っていたのだが、その黒幕の一人であるセリカが言うには、
「ん?代官の仕事?いらんいらん。そういうのはウチらがやるし、そもそも代官やないとあかん仕事をやらせるために、ライドをジジイのところから引っ張ってきたんやから。基本、タケト自身が表に出んとあかん仕事以外は回す気はないで。しばらくは今まで通り適当にやっててええで」
とのことだった。
お飾りの代官になると前から聞かされてはいたが、まさかマジも大マジだったとは……
とはいえ、これからの予定がいろいろ決まっている身としてはありがたいの一言だ。
素直に受けておくとしよう。
決して書類仕事ヤリタクナイとかいう理由ではない。絶対にだ!
「――まあ、冗談はこのくらいにして」
「うん?何か言ったかご主人様?」
「なんでもない。それよりラキア、頼みがある」
「おおっ!?ご主人様から命令されるのは初めてだ!何でも言ってくれ!」
東の大公のもとでそれなりに経験を積んできたらしいライドと違って、ラキアの従者らしい能力といえば弓の腕くらいなんだが、今回ばかりはラキアが適任なのは間違いない。
「案内してくれ。突然森が復活したという場所、全てを」
それから俺は、ラキアの案内でたっぷり半日ほどかけてコルリ村周辺の山々を回り、森が復活したという場所を、途中出くわした魔物を狩りながら調査した。
「なんというか、やっぱり普通の森だったな」
「うん、ご主人様が帰ってくる前にもセリオが調べていたが、植生も特に変わったところはなかったそうだ。強いて言えば、これで薬草のストックの心配が減るとセリオが喜んでいたことくらいだな」
ことこの辺りの植物に関しては、ラキア以上の専門家のセリオが言うなら間違いないだろう。
「となると、異変と言えるのは急激な成長スピードだけか……ラキア、これまでにこんなことは一度もなかったんだよな?」
「もちろんだ。こんなことが今までに起きていたら、そもそも山火事が起きた時に村の全員があんなに絶望したりしない」
「だよなあ」
これで、龍脈の上だからとかが理由の、自然発生という線も消えた。
となると、この異常成長を助けた何か、例えば肥料のようなものが撒かれたと考えるのが筋――肥料?
俺は改めて、ここまで森が復活していた場所を思い返す。
日当たりや水場など関係なく、まるで誰かが適当に木々や植物を植えたかのような不自然さ。
……というより、答えは初めから出ていた。
ただ、俺が不在の間に起きた出来事だったので他の可能性を潰したかっただけなのだ。
「……ラキア、もう十分だ。村に帰ろう」
「急にどうしたのだ?まだ全部の箇所を回り切ったわけではないぞ?」
「いいんだ。ここまで見れば、本来この辺にあるはずのものが完全になくなっているのがわかったからな」
「あるはずのもの?」
「炭だよ。もっと正確に言うなら、俺が作った炭だな」
それからまだ日が高いうちにコルリ村に戻った俺はラキアと別れて(また弓の稽古ということで山に入っていった)セリオの元を訪ねていた。
「あ、タケトさん。今日は山を回ってくるって聞いてましたけど、ずいぶん早いお帰りですね」
そう言ってセリオが俺を迎えてくれた場所は、最近診療所に併設した薬草畑だ。
森の一部が復活した際に、セリオは調査のついでに生態系を壊さない範囲で様々な薬草を持ち帰ってここで育て始めたのだ。
ドンケスに作ってもらったのだろう、薬草畑の周囲には獣除けの頑丈な竹柵が組まれ、畑の一部には日差しを避けるための屋根までついていた。
「ちょっと試したいことがあってな。ちょっと聞くが、この中で一番希少な薬草はどれなんだ?」
「ああ、それでしたらそこの隅に植えてあるトゥヨ草がそうですね。いや苦労しましたよ、滋養強壮効果の薬草としては必須級なのに何日も歩き回ってたった三株しか取れなかった――って、なにしてるんですか!?」
話を中断してまでセリオが大声を上げたのも無理はない。
おもむろに三株のトゥヨ草に近寄った俺が、懐から取り出した袋に入れてあった黒い粉をかけ出したからだ。
「まあまあ、ちょっとの間でいいからそこで見てろ。すぐに効果が出るはずだ」
「ちょっとって!?これから大事に育てて少しづつ数を増やしてから使おうとしてたのに……ってあれ?なんか新しく葉が生えてきていないですか?よく見たら茎も伸びてる!?」
黒い粉をかけてからまだ時間と呼べるほども経っていないのだが、トゥヨ草は確実に成長し始めていた。
「タケトさん、その黒い粉はいったい何なんですか!?」
「肥料の一種だよ。俺が作った、っていう但し書きが付くがな」
そう、このトゥヨ草を成長させたのも、森を復活させたのも、全て俺が作って(やらかしてとも言う)そこら中に撒いた竹炭が原因だった。
固形の状態なら燃料として利用できる竹炭だが、むしろ現代の元の世界ではこんな風に粉状に砕いて肥料として使う機会の方が多い。
もちろん普通の竹炭にここまでの劇的な効果はないのだが、俺が魔力を込めて作った結果、このような異常成長を引き起こす魔法の粉へと変貌したのだ。
ひょっとしたら、俺は世界で初めて(ここは異世界だが)花咲かじいさんの気持ちを本当の意味で理解できた人間なのかもしれない。
もっともあっちは枯れた桜の木を蘇らせただけ、こっちは森そのものを復活させたから微妙な違いはあるのだが、まあ似たようなものだろう。
おとぎ話と違って、これから重い現実が圧し掛かってくるという問題はあるんだが。
「タケトさん……これ、まずくないですか?」
「俺もそう思っていたところだよ」
セリオの一言に深く頷く俺。
というのもこの竹炭肥料、水も日光もなしに成長してしまうため、農業はもちろんのこと、自然環境の概念すら簡単に破壊してしまう代物なのだ。
下手に噂が広まれば、この黒い粉をめぐって新たな戦争の火種になりかねないほどに。
「というわけだセリオ、この竹炭は君に進呈しよう。ついでにこの鍵も君のものだ」
「え、ちょ、タケトさん?」
「この秘密を知っているのは君と俺、あとはラキアだけだ。ラキアが意外と口が堅いのは知ってるだろうから、秘密の保持に関しては安心していいぞ。何か相談する時には俺かラキ――俺だけに言え。このことはマーシュにも言ってないから、使う時は慎重にな」
山から帰ってきた俺はマーシュの家に直行、これからは竹炭の管理はセリオに一任すると宣言して若干訝しげなマーシュから竹炭を収めている建物のカギを預かり、その足でここにやってきた。
当然、この先も他の奴らに言うつもりはない。
少し前までと違って、今の村には守銭奴の美少女がいるからな……
「知っているのがその三人だけ!?ていうか、こんな簡単に希少な薬草を増やせる代物、竹ポーション以上に神樹教に知られたらまずいんじゃ……ってタケトさん聞いてます!?」
「すまん、ちょっと竹細工を作る予定が入っていたのを思い出した。詳しい話はまた今度だ、じゃあ生態系を壊さない程度にその粉を活用してくれたまえ!さらばだ!」
「ちょ!?タケトさん口調が変わってますよ!ていうか竹細工の予定って、そんなものタケトさんの匙加減次第じゃないですか!?」
そんなセリオの温かい激励の言葉を背に受けながら、俺は薬草畑を全力疾走で後にしたのだった。
その日の残りの時間は、さすがにセリオにああ言った手前さらなる嘘をつくわけにもいかず、残りの時間を竹細工につぎ込んだ。
そして翌朝、まだ片付けなければならない用はどれくらい残っているかと、起き抜けの働かない頭で考えながら、家の引き戸を開けた。
そうだ、そういえば今日、黒曜が戻ってくるとか言ってなかったか?
そんな記憶を詳細に掘り起こす間もなく、目の前の竹林に大型の獣の影が浮かび上がった。
「おお、主殿、こんな時間に出くわすとは奇遇だな。ちょうど腹の具合も落ち着いたので改めてあいさつに来たところだったのだ」
聞き覚えのある声が俺にかけられ、やがて竹林の陰でよく見えなかった全身が、自宅前の広場に姿を現した。
そこには、俺が直接見たことのない、しかし元の世界でさんざんテレビや図鑑などで見た超有名な生き物が、四つん這いでのっしのっしと歩いてきた。
俗にいうジャイアントパンダが俺の前に現れた。




