遭遇した
さて、数日間の帰還の旅(プラス黄金の男との一戦)、そして緊張感漂う〈タケダ会議〉とやらを終えて、今すぐにでも寝床に入りたい気分の俺だったが、もう一つだけ早急に済ませておかないといけない問題があった。
まあ、ニールセンのことやら謎の復活した森やら今後のことやら、他にもやるべきことは山積みなのだが、いくら鍛えてあるとはいえ、俺に無尽蔵に体力があるわけじゃない。
適度な休息をとってこそ効率的な行動ができるのだ。
だが、お世辞にもよろしいとは言えない体調を押してでも、今日中に対処法の目星くらいはつけておくべきだと思ったのだ。
「なんと!?ご主人様は騎士爵になってずいぶん働き者になったのだな!!」
会議中は俺の命令以降は忠実すぎるほど(バカとは言っていない)口を閉ざしていたラキアが、そのうっ憤を晴らすように喋りながらついてきた。
しかも俺が不在だった間の反動なのか、以前より距離が近くなっている――なりすぎている。
さすがにそれは従者としての一線を超えてる気もしないでもないので、一度きっちり叱った方がいいのかもしれんが、一応俺としても、ラキアを村に置き去りにしてシューデルガンドへ行ってしまったという負い目があるから、なかなか強く言う気が起きない。
……しばらく様子を見るか。
そのうち飽きて元の距離感に戻るかもしれんし。
そんな筆頭従者を連れて俺が向かった先は、山火事が起きる前からコルリ村に建っているレンガ造りの家屋、ドンケスの工房だった。
「ドンケス、いるか?」
「ふん、ようやく野暮用が終わったようだな」
「そんなに気になるんだったら、ドンケスも会議に出ればよかっただろ」
そうは言ってみたものの、この村の工房の主であるドワーフ族のドンケスに、齢二百歳を超えるという知識と経験を生かして会議に参加してほしいと、すでにマーシュが頼みに来ていたそうなんだが、すげなく断られたのだという話を俺は聞いていた。
まあ俗世に興味はないと公言しているドンケスが拒否するのは納得なんだが、帰ってきた時のドンケスの怒りと焦りが入り混じった言葉を思い出す限りでは、どうもそれだけが理由とは思えない。
「確かに会議なんぞには興味はない――と言いたいところだが、さすがのワシも村が大きく変わろうとしていると聞いて、何も感じるところがないわけではないぞ。のんきに会議をしている場合ではなかった――万が一の事態に備えていた、と言った方が正しいな」
「確か……魔物って言ってたよな?そんなにヤバいやつなのか?」
「それはお前の目で直接確かめろ」
と、あえて魔物の正体を明かすことを避けたドンケスが言葉を続けた。
「幸い奴が出現した場所が村からは離れていたことと、そこから動く気配がないので、村や村人に害は及んでいない。というより、一部の者以外には魔物が出たから近づくなとしか言っておらんから、村全体には事の重大さは伝わっておらん。まあそれでも、近づこうとするバカ者が出てくるあるかもしれんと考慮して、ワシは待機しとるんだがな」
「私も止められたぞ!」
「……こういうラキアのような野次馬根性の奴がおるから、村中が大騒ぎになるのも時間の問題だ。その前になんとかせんといかん」
なぜか何かを成し遂げたように誇るラキアを見て、うんざりした顔を見せるドンケス。
そこには、これまでラキアによって何度迷惑を被ったか分からないという、一種のあきらめの色も混じっていた。
……なんだろう、ドンケスに悲しいほどの共感を憶えるのは気のせいか?
「よし、では行くか」
そう言ったドンケスが、傍らに置いていた尋常ではない白銀の輝きを放っている身の丈を超える大きさの戦斧を軽々と担ぎ上げると扉へ向かおうとした。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、ドンケス。その前にどうしても聞いておきたいことがあるんだが……」
「なんだタケト、説明した通り急がんといかん。どうしてもと言うなら手短にしろ」
「その手に持ってるただ事じゃない戦斧はいったいどこから持ってきたんだ?」
実はドンケスの工房に入った時から、眩しいほどに輝いている戦斧は視界に入ってはいたのだが、何となく聞くのが怖くて言えずにいた。
この世界の価値観がまだ覚えきれていない俺でも、ドンケスが手にしている戦斧がこんな片田舎にあっていい代物じゃないことくらいはさすがにわかる。
「ああ、これか。ワシが昔使っていたやつを奥から引っ張り出してきたものだ。ワシがこの村にやってきた時から奥にしまいっぱなしだったからな、……大体三十年ぶりに握ったか、再び手に馴染むまでにどれほどの時間がかかるやら」
そう謙遜を言うドンケスだが、小型のハンマーでも持っているように片手で白銀の戦斧を支える体の安定感は一切ブランクを感じさせないものだった。
ドンケスのコルリ村以前の経歴は謎だらけなのだが、本人が話したがらないこともあってあえて聞くことを俺もこれまで控えてきた。
だが、どれほどの値が付くのかも想像すらつかない戦斧を何事もなく扱うドンケスを見ると、さすがに気にしないわけにもいかなくなる。
いつもの鍛冶道具を持ったドンケスについては腕のいい職人なんだろうな、くらいにしか推測できない俺だが、持ち替えた得物が武器となれば話は別だ。
「ドンケス、あんた相当できるな」
「この斧を奪いに来る奴を叩きのめせる程度にはな。それでもタケト、お前や、お前が負けた相手とは比べ物にならん」
「……今の俺の雰囲気だけでそれがわかるなら、謙遜にもほどがあるだろ」
何事もないような調子で、俺の心の奥底で引っかかってる部分をズバリ指摘してきたドンケス。
俺が黄金の男に敗北した話は誰にもしていないし、敗北のショックを抱えつつもできるだけ表に出さないようにはしてきた。
だがその一方で、敗北する前とは違う、ごまかし切れないモヤモヤしたものは俺自身も自覚していて、シルバさんやニールセンのような手練れには感づかれているかもしれない、という予感はあった。
そして、今俺の目の前にいるハイドワーフも、実はその領域にいる実力者だったというわけだ。
「ついでだからもう一つだけ聞いておきたい。あんた、なんでこの間の魔物の襲撃の時には手を貸してくれなかったんだ?」
「あの時はタケトだけでなく、近衛騎士の小娘もおったからな。派手に魔物を退治して目立つような真似を避けたかったというのもある」
やはりワケアリの身なのだろう、コルリ村で唯一武具を修繕できる技を持つハイドワーフはバツが悪かったのか、ぶっきらぼうに答えた。
「じゃあ、また同じようなことが起きて俺たちの手が回らなかった時、あんたはどうするんだ?」
「……まあ、村の連中を逃がす手伝いくらいはしてやる」
「そうか」
それだけ聞ければ十分だ。
「ちょっと長話しすぎたな。そろそろ行くか。ドンケス、案内してくれ」
「うむ。……一応言っておくがな――ああ、これから行く魔物のことについてだ」
「なんだ?」
「当然の用心としてワシも得物を奥から引っ張り出してはきたが、ワシのカンと推測が正しければ、こんな斧程度では棒切れほどの役にも立たんかもしれん。タケトには来てもらわんと困るが、ラキアはできれば村に置いていった方がいい。まあ、止めても来るだろうから強くは言わんが、死ぬ覚悟くらいはしておけ」
「わかった!!」
いやラキアよ、頼むから、命を懸ける時くらいしっかり考えてくれないか?
あとこの感じだと、俺も死ぬ覚悟をしたって、一緒に即答したみたいになってるから。
まあ、コルリ村とは目と鼻の先、というより、まさに俺の自宅兼工房そのものが目的地とあっては逃げ出すわけにもいかず、俺、ドンケス、ラキアの三人は、村近くの小川を超えた先にある小さな竹山のふもとに来ていた。
途中すれ違う人々に、大戦斧を担いで歩いているドンケスのことをどう言い繕おうかと道中悩んだが、ドンケスの「仕事だ」の一言でみんな納得してくれた。
さすが一流職人、すごい説得力だった。
ちなみに俺も、竹槍とその他の魔道具を入れた背負い籠を用意済み、ラキアもいつの間に取ってきたのか、俺がプレゼントした合成弓を手にしていた。
この三人なら大抵の問題は難なく解決できるな、なんて楽観視していたんだが、いざ俺の自宅兼工房を視界に収めると、一瞬でそんなバカな考えは吹き飛んだ。
「……なんだあれ?俺の目がおかしいのか?景色が歪んでいるというか、縮尺がおかしいというか……」
うーん、やっぱりしっかり睡眠をとって体調を万全にしてから来るべきだったか?
「いやご主人様、私の目にも同じように見えているぞ。なんだあれは、まるであそこから世界がおかしくなっているみたいじゃないか……?」
いつもはアホな子全開で明るく話しかけてくるラキアが、珍しく焦燥感を漂わせながらそう言ってきた。
その隣にいるドンケスも緊張感を隠す余裕はないのか、ごくりと喉を鳴らした。
「ワシもこれ以上近づいたことはないから、確かなことは言えん。だが、あの魔物がタケトの家に入ったっきり、一度も出てきていないのはほぼ間違いない。つまるところ、あの魔物は本能のままに動き回るような知能の低い獣ではなく、もっと高位の――」
『ん?おお、ようやく来たか。そこの若者よ、我が言うのも変な話だが入ってきてくれんか?二人きり、いや、この場合は一人と一匹か?とにかく話がある』
………………驚いたなんてもんじゃない。
俺、ドンケス、ラキアの三人で最大限の警戒をしながら慎重に自宅兼工房まで近づいてきたのに、まるで耳元で囁かれたように謎の声が聞こえてきたのだ。
なりふり構わずに周囲を見回してみたが、やはり人の気配どころか獣や魔物のそれさえ感じられない。
「どうしたタケト?何かあったのか?」
「ご主人様?」
俺の異変に反応するドンケスとラキアだったが、なぜか二人共に声が聞こえた様子はない。
『ああ、言い忘れていたな。ちょっとした仕掛けで、この声はお主にしか届いておらん。さあ、いつまでもそうしていても埒が明くまい。取って食ったりせぬから入ってきておくれ』
もはや声の主がどこにいるのか疑う余地はない。
俺は意を決すると、ドンケスとラキアに告げた。
「どうやらあちらさんは俺をご指名らしい。ちょっと行ってくる」
「……本気かタケト?いくらなんでも無謀だぞ?」
「私も行くぞ!」
端から見れば俺の発言は突飛に聞こえるだろうが、二人とも何か感づいたのか、それぞれに心配する言葉をかけてくれた。
「サシで話したいってことらしいからな、とにかく行ってくる。明日の朝までに俺が戻ってこなかったら、一時的にコルリ村から全員で避難するつもりで動いてくれ」
そう言い放った俺は、二人の返事を聞かずに自宅兼工房へと近づいていった。
俺の覚悟を認めたのか、背後から声がかかることはなかった。
さほど歩くこともなく自宅兼工房に辿り着いた俺が、竹材を組み合わせて作った引き戸を開けようとすると、
『よくぞ参ったな。正直、戸を蹴破って突っ込んでくるかと思ったぞ』
先ほどの不思議な声とともに、音もなく戸が開いた。
一応話し合いのつもりではいたが、それでも最大限の警戒をしつついつでも竹槍を振るえるように用心しながら、敷居を跨いだ先に、そいつはいた。
「ここまで近づけば普通に声も聞こえるな。さあ、この家の主人よ、そこに座ってくれ」
再び音もなく閉まった戸に普通なら閉じ込められたと焦るべきだったんだろうが、今の俺の意識は目の前の光景にくぎ付けになっていた。
一言で言うと、巨大な漆黒の熊が、竹を編んで作った座布団の上に正座をして座っていた。
「初めまして、この家の主人よ。我の名は『黒曜』、『四方の獣』の一角にして、黒を司るものだ」




