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冒険者パーティに同行した

翌朝、と言ってもまだ夜も明けていないどころか月明かりの方が眩しい時間帯に、俺はカトレアさんに起こされて(なかなか起きなかったようなので顔に水を掛けられた、愛の鞭と思いたい)、再び閉じそうになる瞼を何とかこじ開けてセルメアの街の門の前の広場に二人でやって来た。


「ううぅ、何もこんな早くに起きなくても……」


「冒険者ギルド主導とはいえ、冒険者パーティの方々は私たちの助っ人という立場ですから、先に来てお迎えするのは当然の礼儀ですよ。廃鉱山へはギルドが用意してくれた馬車で向かいますから、眠気はそれまで我慢してくださいね」


普段はおっとりお姉さんという感じのカトレアさんだが、こと任務となると一切手を抜かない性格であることが、短い付き合いの中でようやくわかってきた。

それくらい律義でないと近衛騎士なんて務まらないということなのだろう。


流石にカトレアさんに話しかける余裕もなく再びうつらうつらし始めた頃、街の方から馬車がゆっくり近づいてくる音が聞こえてきた。

まだ夜も明けていないので、周囲の家に気を使って走っているのだろう。

眠い目をこすって見てみると、俺たちが乗ってきた馬車ほどの堅牢さはなさそうだが、丈夫そうに見える二頭の馬に曳かれた大型の馬車が俺たちの目の前にやって来て止まり、男二人女二人の計四人の冒険者達が降りてきた。


まさか自分たちより先に来ているとは思っていなかったのか、冒険者たちは慌てた様子で一列に並び、すでに示し合わせていたのか、一番右にいた俺と変わらない年背格好に見える青年が喋りだした。


「遅れまして申し訳ありません。ギルドマスターの命でこの度カトレア殿に同行することになりましたAランクパーティ《銀翼のイヌワシ》のリーダーを務めていますライルと申します。ギルドマスターからはカトレア殿の指揮下に入るようにとの命令ですので何なりとお申し付けください」


「あらあらこれはご丁寧に、こちらこそよろしくお願いしますね。早速ですがライルさん、ギルドマスターから任務の概要は聞いていますか?」


「はい、実際の調査任務は我々のみで行い、カトレア殿はオブザーバーの立場で参加していただき、最悪の場合は我々を置き去りにして街に帰還させるようにと聞いております。その他現場の判断はカトレア殿の指示に従うように、とのことです」


えっ!?マジで!?そんなヤバい任務なのになんでこの人たち冷静に話しちゃってるの!?


……いや、よく考えてみれば近衛騎士のカトレアさんが本来の予定を変更してまで調査しようって言うんだから、楽な任務ではないのは当然か。

それにしても冒険者っていうだけあって、いざって時の覚悟が凄いな。真似したいとは思わんが。


そんな俺の心配をよそに、二人の会話は続く。


「こちらとしても心苦しいのですが、魔族の仕業である可能性がある以上、街への報告を優先して皆さんを見捨てる事態になることは十分に考えられます。ですがそうならないように最善を尽くしますので、共に生きてこの街に帰ってきましょうね」


「はっはい!裂空の騎士として王国に名を轟かせるカトレア殿と任務を御一緒できて光栄です!

昨年の王都の剣技大会での活躍は存じています!」


ああなるほど、さっきからライルの目が異様に輝いてると思ったらそういうことか。

やはりというか、カトレアさんって有名人だったんだな。裂空って二つ名も、あの飛ぶ斬撃を指しているんだろうし納得だ。

美人で強くて人柄もいい、そりゃ憧れるなっていう方が無理な話だ。


でもライル君、もう少し静かにしようか。近くの家々の窓の向こうから、ちらほらこっちを睨んでいる視線を感じるぞ。


「それでカトレア殿、そちらの御仁は一体……」


「ああ、彼は私の同行者です。それ以上は機密ですので、詮索はしないでくださいね。道中の世話も私の方でしますので気づかいは無用です」


「なるほど、了解しました」


わざわざ聞いてきた割にはライルもあっさり引いたなと首を傾げた俺だったが、あとでカトレアさんに聞いたところによると、時に上流階級とも仕事を通じて関わることもある高ランク冒険者ならできて当然のマナーらしい。


踏み込むべきでないところは一切口も手も出さない。まあその辺は、たとえ世界が違っても共通の真理だよな。


それから一通り銀翼のイヌワシのメンバー紹介が終わったところでカトレアさんがライルに尋ねた。


「そういえばもう一人、ポーター兼案内人を同行させるとギルドマスターから聞いていたのですが、その人は?」


「ああ、彼ですか。何でも昨日、ギルドの中で一般人に絡んだ罪で昨日は懲罰房に入っていたので、冒険者ギルドの建物から直接こちらにやってくるそうです。本来なら冒険者としての参加だったのですが、罰として冒険者資格の一時停止と武器を取り上げられたので、今回は案内人に徹するそうです。まあ気のいい奴なので、何か行き違いがあっただけだとは思うのですが……あ、来たようですよ」


すると、薄闇の向こうから大きなリュックを背負ったこれまた大きな影が影が、のっしのっしとこちらに近づいてきた。


「ありゃ、もしかして俺が最後か。こりゃ待たせちまって済まねえな」


現れたのは山賊と見間違うような恰好をした巨漢の男だった。


「遅いぞ!何してたんだ全く。カトレア殿、こんな格好ですがこれでもBランク冒険者なので腕は確かです。こいつが今回の案内人を務める――」


その巨漢の紹介をするライルだったが、俺に限って言えばまったくもって必要なかった。なにしろ、知り合いどころか昨日会ったばかりだからな。


「ああっ!?お、お前は!?」


「おはようございます。奇遇ですね、剛剣のゾルド様」


そう、今回の偵察任務のポーター兼案内人を務める冒険者は、昨日俺に絡んだことが原因でギルドからお灸をすえられたゾルド様(笑)だった。






「昨日は悪かった、この通りだ!タケトのことを冒険者に憧れてる無謀なガキだと勘違いしちまった」


その後またも俺に対して失礼な物言いをしたとゾルドがライルに叱られるなどのひと悶着があったが、改めてお互いの紹介を済ませると俺達廃鉱山偵察任務一行はセルメアの街を出発した。


まあ、俺達なんて言い方をしたが、俺個人のやること自体はこれまでと何ら変わりはない。つまり何もしないでカトレアさんに付いていくだけなのだが。


そして馬車を操っている銀翼のイヌワシのメンバー二人以外が荷台の中で思い思いに落ち着いた頃、向かいに座ったゾルドから謝罪の言葉が飛び出した。


「頭を上げてくれ。俺も売り言葉に買い言葉でやり返したわけだし、ゾルドが悪い奴じゃないのも十分わかったからもう何とも思ってないよ」


「そうか、わかった、だが借りは借りだ。何か困ったことがあったら何でも言ってくれ。俺にできることなら手伝うぜ」


そんな感じでゾルドとの手打ちは済んだ。


元々ゾルドも俺をぶちのめしてやろうとしていたわけではなく、ギルドの建物の陰で冒険者がいかに大変な仕事か説教するだけのつもりだったと出発前にライルが教えてくれた。


因みにライルとゾルドは同じ時期に冒険者になった云わば同期で、なんと年齢も同じらしい。

優男風のライルと世紀末の覇者になるつもりにしか見えないゾルドだが、なぜか馬が合うらしく行動を共にすることも少なくないそうだ。

今回の任務もその辺りを考慮しての人選のようだ。






危険な任務ということで個人的にはそれなりに緊張しながらの廃鉱山への往路だったが、特に魔物と出くわすような危険もなく順調に進んだ。

時折ゾルドが御者をしている銀翼のイヌワシのメンバーの二人に指示を出していたところを見ると、彼の案内人としての腕がいいということなのだろう。


それでも全く魔物に出くわさなかったわけではなかったのだが、散発的に遭遇するゴブリンや狼の姿の魔物は全て銀翼のイヌワシによって追い散らされていた。

抜く手も見せないほどの素早さで矢を放って一撃で仕留めたり、短い詠唱で氷の刃を生み出してゴブリンの首に正確に突き立てたりと、とにかく一切の無駄がない。やはりAランク冒険者の名は伊達ではないようだ。


そうして、セルメア近郊の見晴らしのいい草原から段々と木々の生い茂る森の中へと進んでいき、俺達を乗せた馬車は小さな池のある開けた場所で止まった。

太陽も完全に昇りきり、草花がキラキラと朝露に濡れていた。


「よし、この辺りでいいだろう。全員徒歩の準備を始めろ。ゾルド、荷物は必要最小限で頼むぞ」


銀翼のイヌワシの四人とポーター役のゾルドは手早く支度を整えると馬車を降りて行った。

最後に残ったライルがカトレアの方に向き直ると、緊張した面持ちで言った。


「それではカトレア殿、これより廃鉱山の偵察に行って参ります。太陽が真上に来るまでには戻ってくる予定ですが、もし我々が戻らなかった場合は打ち合わせ通りにお二人だけで来た道を戻り、ギルドへの報告をお願いします」


「わかりました。冒険者の方々に言うのも変ですが、皆さんどうかご武運を」


「はっ!」


まるでカトレアさんの忠実な部下にでもなったかのような態度で返答したライルは、待たせていた四人と合流して森の奥へと消えて行った。


ライルの奴、あれは単なる好意ってレベルじゃないな。あえて言うなら信者だ。

多少行き過ぎの感じも否めないが、まあ、カトレアさんがそれだけ凄い人なんだって証拠なのかもな。


それにしても、ただの偵察任務にしてはAランク冒険者パーティを派遣したり、万が一の可能性とはいえ全滅を覚悟してカトレアさんにバックアップを依頼したりと、どう見ても普通の対応じゃないよな。


流石に気になってきたな。ちょうど暇を持て余してきたところだし聞いておくか。


「カトレアさん、バタバタしてて聞きそびれてましたけど、この任務ってどれくらいの難易度なんですか?」


馬車に積んである荷物の中からお茶の入った水筒と木のカップ二つをを取り出したカトレアさんは俺にも

勧めると少し意外そうな表情で話し出した。


「驚きました。まさかタケトさんに任務のことを聞かれるとは。どうしてそんなことを?」


「さっきのライルの緊張はカトレアさんへの尊敬もあったんでしょうけど、それ以上にこれから行く廃鉱山がヤバい場所だからじゃないかなと漠然(ばくぜん)と思ったんです。

ついでに言うと、この辺っていわゆる王都圏ですよね。いくら弱いとはいえああも頻繁に魔物に出くわすのは、住民の安全上明らかにおかしいと思ったんで」


「……ふう、タケトさん鋭いですね。洞察力だけで言うなら冒険者に向いているかもしれませんよ」


そう言って手に持ったカップのお茶を一口飲むと、カトレアさんは今回の任務の内情を話してくれた。


実は冒険者ギルドによる廃鉱山の偵察自体は今回が初めてではなく、これまでに三度低ランクの冒険者に依頼したそうなのだが悉く(ことごとく)未帰還になってしまったらしい。

おそらく全員生きてはいないだろうとのことだ。

そうこうしている内に街の周辺や街道からも魔物の目撃情報が飛び込んでくるようになり、ギルドマスターは魔族の本格的襲来を危惧してきた頃だったそうだ。


今回Aランク冒険者パーティを使いつぶす覚悟で銀翼のイヌワシとカトレアさんの二段構えの任務にしたのは、第一に敵の脅威度の把握、第二にできれば具体的な敵戦力の情報を持ち帰るためで、ギルドマスターとしては仮に銀翼のイヌワシが全滅して情報が得られない最悪の事態が起きたとしても、すぐさま王都に救援を要請する腹積もりらしい。


こんな風に言うと、まるで銀翼のイヌワシが見捨てられたかのようにも聞こえるが、カトレアさんが言うには冒険者としてはよくあることだし、危険度に見合った報酬も支払われるので双方納得の上のことだそうだ。


普通は命あっての物種だと思うんだがな。

いや、立派な仕事だと思うし、俺個人の物差しで語っちゃいけないな。






まあ、なんでカトレアさんが俺との長話に付き合ってくれているのかというと、ぶっちゃけヒマだからである。

当然だ、俺達の仕事は待つことだけなのだから。


とはいえ、馬車の中でじっとしているだけではいざって時に体が動かないだろう。

それに今なら人目に触れることはないだろうからな。


「カトレアさん、一つお願いがあるんですけど」


「おや、改まって何ですかタケトさん」


「今の内に魔法の練習をしておきたいんです」


流石に突拍子がなさ過ぎたか、カトレアさんが考え込んだ。


「うーん、確かにここでならタケトさんの正体がバレる心配はないですが……私もどの程度の物なのか詳しく知っておきたいと思っていましたし……いいでしょう。ただし一つだけ、私の見ている範囲以外では絶対に魔法を発動させないでくださいね。もちろんあの『タケ』という植物も私の視界の内でお願いします」


「ありがとうございます。それでついでと言っては何ですけど、いろいろ試してみたいのでお手伝いも頼んでもいいですか?」


「乗り掛かった舟ですからもちろんOKですよ」


カトレアさんの了承をもらったところで自分の荷物からカトレアさんに買ってもらった鉈を腰に差して馬車のから出た。


「それじゃさっそく……出でよ」


俺の呼びかけに従って、地面を突き破って真っすぐ天を衝くように伸びてきた一本の竹。

適当なところで魔力の流れを止めた俺は鉈を二度ふるって竹の棒を作るとカトレアさんに向けて放り投げた。


「ちょっと持っててください」


「え、あ、はい」


カトレアさんが竹棒を受け取ったのを見届けると、同じ要領でもう一本竹棒を作り出して裂空の異名を持つグノワルド王国屈指の騎士に向かってこう言った。


「それじゃあちょっと稽古の相手をしてもらえませんか?」


「……はい?」

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