大樹界争奪戦争に参戦した その五
当初の俺の作戦では、敵兵を適当にしばきながら対象を引きずり出しボコボコにしてお帰り願うのが第一目的、もしくは詰んだ状況と思わせて目いっぱい時間を稼いでから山の方へ逃げる第二目的、この策で事は片付くと思っていた。
ここまでの結果だけで言えばある程度時間は稼げたのだが、東の大公軍を追撃するために必ずこの峡谷にやってくると予測していた銀鋼騎士団からの、三人の実力者と連続で戦えという提案は、俺の予想の斜め上をいくものだった。
俺に声を掛けてきた、頭に二本の角が生えた銀鋼騎士団の初老の魔族の男。
その横に並ぶ形で騎馬の群れから出てきたのは、くすんだ銀の鎧を着た三人の騎士だ。
一人目は細身の片手剣を持った小柄な女、二人目は男勝りな体格だが整った顔立ちの長槍の一人よりも長身な女騎士、三人目は大型の戦槌を軽々と持ち上げている巨漢の男だ。
一騎打ちの際に視界が狭くなることを嫌ったのか三人ともヘルメットを脱いでいて、初老の魔族の男と同じ二本の角が額から見えていた。
……さすがにこの状況で出てくるだけのことはある、三人共に手練れの雰囲気をバリバリに出してるな。
「さて、三対一というこちらの要望を聞いてもらうのだ、戦う順番くらいはそちらで決めてもらって構わないぞ」
そう言う初老の魔族の男の声からは、勝利を確信した余裕が感じられた。
確かに俺が言ったのは一騎打ちという言葉だけであって、一戦限りとは一言も言っていない。
揚げ足取りの気もしないではないが、先に言い出したのがこっちである以上文句も言いづらいな。
……さて、ここはじっくりと考えたいところだが、時間があるようで全くと言っていいほどないというのが現在の状況だ。
一見俺に考える時間を与えてきているかのように見える銀鋼騎士団の指揮官と思える初老の魔族の男だが、その後ろに勢ぞろいしている約五百の騎馬隊が臨戦態勢を解いていないのが問題だ。
おそらく、俺がわずかでも決闘を避ける素振りを見せれば即突撃してくるだろう。
さっきの戦いを見る限りでは、たとえ五百の半分を犠牲にしたとしても怯むことはないだろうな。
相手はこっちの隙を突いて優位に立ったと思っている。
ならこっちも、あの初老の魔族の男が予想もしない言葉で状況をひっくり返すべきだろう。
「全員だ」
「なんだと?今なんと言ったのだ?」
「いちいち一人ずつ戦っていたら面倒だし、そっちも早く終わるに越したことはないだろ?だから三人で一斉にかかってこい」
「……貴様正気か?」
「おいおい、それはこっちのセリフだぜ。こうしている間にもお前らが是が非でも追いかけたい東の大公軍はどんどん距離を開けて要塞に近づいてるんだ、いいかげん焦ったらどうだ?」
挑発以外の何物でもない俺の言葉に、初老の魔族の男は少しの間俯いて黙り込んだあと、
「フフ、フハハハハハハハハハハハハハハハふざけるなよ若造が!!」
周囲の銀鋼騎士団の騎士ですら後ずさるほどの怒気を放ちながら叫んだ。
「いいだろう、そこまで言うなら望み通りにしてやろうではないか!だが後悔してももう遅い!行け!そして地獄を見せてやれ!!」
初老の魔族の男の命令を聞くや否や、同じように怒りによる激情をむき出しにしながら三人の魔族の騎士が自分たちの馬から飛び降りると一直線に向かってきた。
両手で軽く竹槍を握って自然体の構えをとる俺に対して、下馬した三人の騎士は怒りに任せてそのまま突撃してくるかと思ったが、意外にも剣と槍の二人が前に、その後ろで巨漢の男が戦槌を肩に担いで俺の隙を窺うという連携をとってきた。
さすがは魔族軍屈指の精鋭、どんな時でも油断はないか。
だが、油断がないからといって平静を欠いたまま突っ込んできたのは間違いだったな。
俺は、武器の間合いを読み違えてわずかに前に出過ぎていた槍使いの方へ摺り足で近づく。
「――っ!?」
俺の独特な足運びに気づかずに間合いを読み違えた槍使いの女は、驚愕の表情を見せながらも必死に槍を繰り出そうとする。
だが、彼女の槍と俺の四メートルの竹槍とではリーチが違い過ぎる。
ゴッ――
槍使いの女は胸の中心を正確に突かれて悶絶、そのまま後方に吹っ飛んで行った。
その俺の動きを隙と見たのか、槍使いの女とほぼ変わらない間合いにいた片手剣の小柄な女が、最速で俺に到達するために一切の防御を捨てて斬りかかってきた。
彼女からしたら勝利を確信した一撃だったのだろうが、あいにく槍使いの女を吹っ飛ばした攻撃は反動を利用しただけでほとんど俺自身の力を使っていない。
だから素早く竹槍を構え直した俺から、石突で鎧の上から脇腹を払われた時の片手剣の小柄な女の表情は、あどけなさを見せるほどに放心していた。
ガイン!!
「きゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
悲鳴を上げながら転がって峡谷の側面に体を打ち付けた片手剣の小柄な女は、気絶でもしたらしくそのまま動かなくなった。
さて、このまま残る一人も馬鹿正直に突っ込んできてくれていればよかったのだが、戦槌を持った巨漢の魔族は二人とは距離が離れていたせいか俺の間合いギリギリのところで踏みとどまっていた。
「……敵ながらお見事。だがあの程度の攻撃じゃ俺の分厚い鎧と筋肉を超えてダメージを与えることはできないぜ」
確かにその通りだ。
あの巨漢を生半可な攻撃では倒すことはできそうにない。
「ここで貴様を打ち倒して我らが悲願を成就する!『スキル、グランドインパクト!』」
魔法とは違う、力ある言葉を叫んだ巨漢は手にしていた戦槌をそのまま足元の地面に振り下ろした。
ドン!! ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
戦槌の衝撃なのか、まるで地震が起きたかのように地面が揺れ始める。
あの巨漢にダメージを与えるには全力の突きを放つしかないのだが、こう地面が揺れていては踏ん張ることなどできはしない。
「もらったあああっ!!」
重い戦槌を捨てて身軽になった巨漢は、自分の両腕を組むとそのまま肩の装甲を俺の体にぶつけようと体当たりしてきた。
これはさすがに予想外の展開だ、こんな形で竹槍の間合いの内側に入ってくるとは思ってもいなかった。
だから、敬意を表して俺もそれ相応の技で相手をしよう。
「な、なんだ!?どこへ行った!!」
焦った声を出したのは俺ではなく、必殺の攻撃を仕掛けたはずの巨漢の男だ。
それもそのはず、揺れる地面に立つことがやっとだったはずの俺の姿が、巨漢の男がタックルしようと少し目を離したすきに掻き消えていたからだ。
だが何のことはない、俺の体は相変わらず巨漢の男のそばにあった。
ただし巨漢の男の上だがな。
ゴッ
「ガハッ!!」
首筋を竹槍で強打して倒した巨漢の男の近くに着地する俺。
「ば、馬鹿な、一体どうやって……」
衝撃と痛みで動けなくなった巨漢の男から理解できないという苦悶の声が漏れた。
「竹田無双流槍術、八艘飛び。竹槍を支点にして上空へ飛び上がったのさ」
要は棒高跳びを竹槍を使ってやった、ただそれだけの技だ。
本来は徒歩では行けない場所へと飛び移る技なんだが、今回は真下に落ちながら巨漢の男に向かって竹槍を繰り出したというわけだ。
「な、なるほど。一瞬でも貴公から目を離した時点で俺の敗北は決まっていたのか。お、お見事――」
その言葉をを最後に気絶した巨漢の男。
まあ、言われるほど圧倒的な勝利じゃあなかった。
二人の女騎士を倒した直後に、この巨漢の男にスキルを使われていたら勝負は分からなかった。
今度からは、スキルの存在も計算に入れて戦わんといかんな。
「な、ななな、なんということだ……」
そうそう、まだ終わったわけじゃなかったな。
俺はさっきの威勢はどこへやら、ただ茫然と三人の騎士が倒れている光景を眺めている初老の男と、銀鋼騎士団五百人に向けて言い放った。
「勝負はついた。そこの三人を連れて引き返してもらおうか」
「ぐっ、だ、だが我らには悲願が……」
現実を受け入れられないのか、立ち去る様子を見せない初老の魔族の男。
「それなら俺にも考えがある」
もちろん、俺もこれだけで魔族軍が大人しく引き下がってくれるとは最初から思っていない。
だから、待機する前にこの何もない場所に過剰なほどの仕掛けを施しておいた。
『我がマナよ、大地の力で芽吹き天を衝け、鈴鳴笹群』
俺の力ある言葉と共に、大地を流れる龍脈に打たれた魔力の波紋は一体を包み込んだ。
すると次の瞬間、形容しがたいほど無数の甲高い音が連続して、雑草くらいしか生えていなかった峡谷が竹林の道へと一瞬で変貌した。
そして、どう見ても思考を停止したとしか思えない、呆けた顔を見せる初老の魔族の男に俺は改めて告げた。
「これを見てもまだやると言うなら、今度は無条件の本当の全力でお前らを叩き潰す。覚悟して返事してくれよ?」




