街に行くことになった
「んく、んく――ふう、ありがとうございました。これでようやく落ち着きました」
さすがにあの状況で竹細工の件を進めるわけにもいかず、ケルンさんには一度マーシュの家で待ってもらうようにお願いした後、俺の家で目を覚ましたシルフィーリアさんはタケノコおにぎりを三つを頬張って竹の葉茶で一息ついた後で俺に対してお礼を言ってきた。
食べてる姿が小動物っぽくてかわいかったのは眼福だった。
神樹教の神様ありがとう。
それからシルフィーリアさんに、コルリ村に来るまでの経緯を聞いてみた。
すると、マリス教国の聖都に住んでいるというシルフィーリアさんがこんな所までやってきたのは、あの神獣白焔がこの辺りで目撃されたとの情報を知ったからだと話してくれた。
「この辺りは神樹教の教えが広まっていないことは知っていましたが、私にも白焔の被害に遭われた方々に何かして差し上げることがあると思いまして」
なんと彼女は、家族や友人たちが止めるのも聞かずに一人で旅に出てしまったらしい。
「道中は大変でしたが、これも神の試練と思えば苦しさなどどこかへ行ってしまいました」
そう言ってほほ笑むシルフィーリアさんの笑顔は、まさに聖母そのものに見えた。
……なんだろう、悪いことなど何もしていないはずなのに、なぜか彼女に罪を告白したくなってきた。
いや、何もしていないことはないのだが。
「ですが、この辺りまでやって来てからは誰にも会うことができなかったので、施しを受けることもできずにあちこち彷徨っていたのです」
確かに、この一帯のコルリ村以外の人間は山火事ですべてを失ってしまったので、そのほとんどがシューデルガンドに避難している。
シルフィーリアさんへの施しどころか、人っ子一人いなかった可能性すらある。
「食べ物が尽きてからは川の水だけで何とかしのいでいたのですが、それも限界が来て、そんな時に遠目に、この見たこともない植物の森が目に映ったのです」
そこまで話を聞いてようやく俺は、なぜ至近距離に接近されるまでシルフィーリアさんの気配に気づけなかったのか理解できた。
彼女がやってきた方向は、木々の一本すらなくなってしまった不毛の大地で、本来そこはまともな人間なら近づくことすら躊躇うはずだ。
だが、彼女は困っている人はいないかと誰もいない荒野を彷徨い続け、結果完全に死角だと思っていたコルリ村へ通じる道の反対側、つまり俺の家の反対側から現れたのだ。
シルフィーリアさんがここ何日か食べることができずに生気を失いかけていたことも、気配に気づけなかった理由の一つだろう。
……まあ、何を言っても言い訳だな。
今夜の夢に爺ちゃんが出てきて猛稽古を課されないことを祈るのみだ。
「それでシルフィーリアさん、これからどうするんですか?このコルリ村以外の人間はみんなシューデルガンドに避難しちゃってるんで、シルフィーリアさんが目指すならそこってことになりますが……」
「タケトさん、シルフィで結構ですよ。そうですね……実際にシューデルガンドの状況を一度見てから、どうするか決めたいと思います。実家に手紙も出しておきたいですし」
「それなら、ここで体力を回復してからした方がいいですよ、シルフィさん。幸いこの村には食料がありますし、逆にシューデルガンドでは避難民の救済が間に合ってるかすらわかりませんから」
「……確かにそうですね。タケトさん、ご迷惑かと思いますがご厄介になります。何かお返しすることがあればいいのですが、あいにく先々での施しだけで旅してきたものですから……」
……そりゃ凄いっていうか、もはや危険だろ。
俺が山賊だったら、道端にダイヤモンドが落ちてるレベルの恰好の獲物にしか見えんだろうな。
「あ、タケトさん、心配しなくても大丈夫ですよ。神樹教の司祭ともなれば魔法の一つくらいたしなみの一つなんですよ。ほら、こんなふうに。『大気のマナよ、風の刃となりて我が敵を斬り裂け、ウインドカッター!』あ」
「あ」
シルフィさんらしくない早口でまくし立てているなと思ったら、彼女はいきなり魔法をぶっ放した。
幸い進行方向に俺はいなかったが、その代わりに新築の俺の家の壁がスッパリと断ち切られていた。
………………なるほど、この威力を見ればシルフィさんを襲おうとする山賊はいなくなるだろうな。
「きゃあぁぁぁぁ!?ごめんなさいごめんなさい!!タケトさん御怪我は!?ああ、神よ罪深い私に罰をお与えください!!ううう、どうやって命の恩人にどうやって償えば……」
この時、俺の心の中に家を破壊された悲しみがなかったかと言えば、嘘になる。
だが、目の前のシルフィさんに新たにドジっ子女神様という称号が与えられたことで、一層彼女の可愛らしさが増したなと、割とどうでもいいことに思考のリソースを割いて悲しみを和らげていたのだった。
「頼まれた!!」
そんなすったもんだがあって一息ついたシルフィさんが、一つきりしかない俺の家の簡易ベッド(竹製)で泥のように眠り始めた後、色々と用事を済ませるためにそっと家を抜け出た俺は、マーシュにでも話を聞いたと見えて、家の前でそわそわしていたラキアにシルフィさんの看病を頼むと、村の方へと向かった。
最初に訪れたのはドンケスのいる工房だ。
シルフィさんが壁を壊したことも含めて、俺から一部始終を聞いたドンケスは嫌そうな顔をしたが、意外にも自分が建てたばかりの家を壊されたことに反応しているわけではなかった。
「そりゃ、自分の作品を魔法で壊されたことに何も思わんわけでもないがな、よりにもよって神樹教の司祭か……」
「シルフィさんはいい人だったぞ。何が問題なんだ?」
「ワシも噂程度の知識しかないが、一部の神樹教の信者は亜人排斥主義を掲げとるという話だ。特に神樹教の影響力が大きい『西の帝国』では、亜人というだけで異端審問にかけられたと、まことしやかに囁かれとる」
「なんだそりゃ、なんでそういう話になるんだ?」
「理由は知らん。ワシも二百年生きとるが、少なくともそれよりも昔から、亜人排斥主義は神樹教の中に根付いとるのは間違いない。このグノワルドはいくらかマシだが、それでも都市に近づく亜人は滅多におらんだろうな。ワシがこのコルリ村に住んどる理由の一つにもなっとる」
ドンケスの言葉で、前から感じていた違和感の理由がわかった。
コルリ村までの旅の途中で亜人と出会う機会が無かったのは彼らが人目を、もっと言えば神樹教信者の眼を避けていたからか。
おそらくはまともな信者の方が圧倒的に多いのだろうが、個人の主義主張なんて見た目でわかるはずはない。
それぞれに合った土地に住み着くという亜人の習性を差し引いても、人族の街というのは住みづらい場所なのだろう。
「もちろん家の修理は構わんのだがな、その司祭が村におる間はできるだけ近づきたくないから、その後になると思っておいてくれ」
淡々としながらも重苦しさを残したドンケスの言葉に、俺は頷くしかなかった。
ドンケスに家の修理をお願いした俺は、念のためにセリオにシルフィさんの様子を見に俺の家まで行ってほしいとお願いした後、マーシュの家に向かった。
「タケト様、恐れ多いことだけど伯爵様から話は聞いただよ。伯爵様に続いて神樹教の司祭様までおいでになるなんて、オラもうどうしていいのかわからないだよ!」
居間に入った俺に対してマーシュはうろたえた様子で一気にまくし立ててきた。
その横には、困った顔で苦笑いをするケルンさんが座っていた。
ひょっとして、いくら本人が許してくれたとはいえ、貴族を名前呼びはさすがにまずかったか?
……いや、ここでいきなり態度を変えても、却ってケルンさんやシルフィさんから変に思われるかもしれん。
誰かに注意されたら止めるくらいがちょうどいいか。
とりあえずマーシュをなだめながら、俺はドンケスにした話を二人に繰り返した。
「はあぁ、司祭様がオラたちの身を案じてそんな遠いところから来てくださるなんて……」
「なんと、司祭の位階にある方ですか。あの若さで司祭とは、ひょっとしたら教団の中でも由緒正しい家柄かもしれませんよ」
俺の話を聞いた二人は一様に驚きながらも、それぞれ違う反応を見せた
いや、正常なリアクションがマーシュの方で、聞き捨てならないのがケルンさんの方、と言った方が正しいか。
「ちょっと待ってくださいケルンさん。神樹教というのはマリス教国と一心同体なんですよね?」
「その通りです。ああ、タケトさんの言いたいことは分かります。シルフィーリアさんが教団の幹部の家の者ということは、グノワルドで言うと貴族の娘のようなものかということですね。お考えの通りですよ。ただし、その方がすでに司祭の位階にあるということは、マリス教国はもちろん他国でも貴族としての扱いを受けるということに他なりませんが」
マジか。
日本だと宗教の力に接する機会なんて早々ないから司祭と言われてもまいちピンと来なかったが、彼女もお貴族様ということか。
……ただの庶民には荷が重すぎだろ!!
「ただし、マリス教国の首都におられる大司教や枢機卿の力は、我々グノワルド貴族とは比べ物にならないほど大きなものです。例えとしては悪いですが、教国内では女王陛下と枢機卿は同等の立場だと思ってもらってもいいでしょう。特に人類勢力を纏め上げる教皇猊下に至っては、人類の代表と言っても過言ではありません」
ぐふぅ……!?
あの時シルフィさんをお姫様だっこで抱えた時の重みが、今頃になって何十倍にもなってのしかかってきた。
あれ?マリス教国にバレたら俺、死刑とかにならないよな?
「それにしても、司祭様はシューデルガンドに行きたいと言っているだべか。こりゃこの村からお供を出した方がよかんべか……そうだタケト様、ちょうど相談したいことがあっただよ」
「相談?」
「オークナイトを撃退した後、このコルリ村は村人皆で頑張ってきただけど、ようやくほんの少しだけど余裕が出てきただよ。そこで、この間討ち取った魔物の素材の始末を、冬が来る前に全部済ませたいと思うだよ」
「ちょ、ちょっと待ってください!オークナイトとはどういうことですか!?まさかこの村に現れたのですか!?」
あ、ケルンさんが驚いてる。その辺のことはまだ話してなかったからな。
さすがにこのまま話を進めるのもなんなので、ケルンさんに俺が来てから今までのコルリ村の一部始終を話した。
「……なるほど、では、一部始終を見届けたカトレア殿が、今頃は王都に報告しているだろうということですね。うーん、コルリ村を出たらこのまま王都へ帰ろうかと思っていたがどうしたものか……あ、すみません、話を続けてください」
「わかっただよ、伯爵様。それでだよ、魔物の肉や一部の毛皮は村で使ってしまっただけど、オークたちの武器やら魔物の骨やら、オラたちではどうしようもない素材がまだたくさん残っているだよ。そこでタケト様には、シューデルガンドの冒険者ギルドにそれらを売りに行ってほしいだよ」
「俺が?俺はシューデルガンドには一度立ち寄っただけで、素材の売買のことなんてほとんど何も知らないぞ?」
それなら、マーカスとか街に通い慣れた奴がいくらでもいるはずだ。
「あいつは今ウチの母ちゃんから絞られている最中だから、村の外には出せないだよ……」
おおう、マーシュ村長も真の村長であるサマンサさんには勝てないか。
これはさすがにマーカスが可哀そう……でもないか。自業自得だ。
「それに、オラたちが取引しているのはいつも決まった商会で、たまに薬草なんかの素材を売りに冒険者ギルドに行ったこともあるだけど、マーカス以外は多分顔も覚えてもらってないだよ」
なるほど、そりゃ街に住んでたらともかく、余所者ならそんなものかもな。
「それで村の男たちと話し合って、タケト様に行ってもらった方がみんな納得するんじゃないかってことになっただよ。タケト様、お願いできねえだべか?」
「いいですよ」
少し前までの俺だったら、考える時間を取った後で請け負っただろう。
だが今回のシューデルガンド行きには、シルフィさんの護衛というもう一つの目的がある。
もともとシルフィさんの予定を聞いた時から何とか助けになってあげられないかと思っていたから、俺にとってマーシュの提案はまさに渡りに船だった。
「本当だかタケト様!?これでまとまった金が村に入って、みんなの生活が楽になるだよ」
「うんうん、それなら私とアーヴィン君もその時にご一緒させてもらいましょうか」
さすがに即答されるとは思っていなかったのか、マーシュは驚いた顔を見せていたが、隣のケルンさんはどうやらこうなることを予期していたようで、何度も頷いていた。
「それで、いつ頃出発するだか?こっちとしても、シューデルガンドに持っていく魔物の素材の選別をしておきたいから、何日か時間が欲しいだべさ」
「私としては、この村にあるタケトさんの作った作品を鑑定する作業が残っていますから、もし待っていただけるのならその目途が立ってからにしてもらいたいですね」
と、それなりに用事があるらしいマーシュとケルンさん。
俺としても、一時的にとはいえ村を出るのだから、他の人間に管理を任せっぱなしにできない魔道具は処分せんといかんし、なによりシルフィさんの体調が万全になることが出発の最低条件であって、今すぐ村を離れるというわけにはいかない。
そんな三者の思惑をすり合わせた結果、シューデルガンドへの出発予定日は十日後、行き帰りの日数を含めてさらに十日、村に帰ってくるのは合わせて二十日後というスケジュールで、それぞれ動くことになった。
この時点ではそんなに急ぐ旅というわけでもなかったし、予定はあくまで予定としていくらでも変更を利かせる気でいた。
だが、翌日の早朝に村にやってきた配達人が一通の手紙を届けたことで、少々事情が変わってきた。
「タケト様当てに手紙が届いているだよ。それにしてもシューデルガンドから手紙が届くなんて珍しいこともあったもんだべ」
村のはずれに済んでいる俺の代わりに手紙を受け取っておいてくれたマーシュから朝食の後に渡されたのだが、この時は差出人に全く心当たりがなかった。
とりあえず封筒を裏返して宛名を確認した俺は、それがとんでもない間違いだと気づかされた。
〈セリカ=ルキノ〉
ちょっと話が進みませんでした。
次話はいつもより早いペースで更新しようと思います。
できたらいいな




