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会議をした

「えー、それでは第一回タケトさん案件検証会議を行いたいと思います」


再びマーシュの家に戻って来た俺達は、急遽今後のことについて話し合いを持つことになった。


元々俺が供出する竹を建築資材として利用する計画を練るためにある程度の意思疎通の場は設けるつもりだったが、今開かれている会議は当初の予定とは少々目的を(こと)にするものとなっていた。


いや、はっきり言おう、もうこれ、俺の存在が村の危機より問題化されちゃってるよな?


会議の議長として開会を宣言したカトレアさんが早速切り出した。


「それでは最初の議題ですが、皆さんすでにお察しのことかと思いますがタケトさん手製のお茶、通称竹の葉茶の、ある疑惑についてです」


カトレアさんの視線が得体の知れないモンスターを見るようにテーブル中央に置かれたお茶の入った薬缶(やかん)に注がれた。


「いやカトレアさん、俺は普通に茶を淹れただけで」


「話は順番に聞きます。勝手に喋らないでください」


鋼鉄のシャッターの如く俺の言葉を遮るカトレアさん。


……おかしい、これまで培ってきた信用がここに来て大暴落している。


これまではもっと俺の言動を尊重して……もらってないな。

それでも、さすがにここまで酷くはなかったはずなんだが。


先ほど俺がちょっとだけ命の危機を感じた強烈なアッパーカットによる失神から目覚めた時にはあれだけ平身低頭で……いや、やめておこう。

「冤罪で人を殴るなんて騎士失格です。この場で自害します!」なんて言うカトレアさんなどこの世にいなかったのだ。

あれは夢だったということにした方がみんな幸せになるのだから、もうあのことは忘れよう。それがいい。


「まずはマーシュさんにお尋ねします。このお茶を飲んだ際に何か体に変化を感じましたか?」


あの時の取り乱し様など微塵も感じさせないカトレアさんに質問されて、テーブルを挟んで向かい側に畏まって座るマーシュが口を開いた。


「へえ。そういえばなんだか体がポカポカしてきて、徹夜明けで溜まった疲れが一気に吹き飛んでしまった気になっただよ。あの時はあまりのお茶の美味さに、気持ちが上がっただけで気のせいだと思っただよ」


「なるほど。ではそれなりに時間の経った今はどうですか?疲れは戻ってきましたか?」


「え?そういえば全然疲れを感じないだよ。どうしちまったんだオラの体は?これならもう一晩くらいなら平気で徹夜できそうだよ」


「わかりました。マーシュさん、ありがとうございました。では次に」


カトレアさんは俺の横に座る人物に視線をやり、次に再び俺の方を見てきたのだがなぜか細めた目でじーっと見てくるので、なんだか落ち着かない感じになってきた。


「な、何ですかカトレアさ――」


「何でもありません。私は横の方にお聞きしたいことがあるのです」


今度は食い気味に言われた。


流石にちょっと凹んできたが、今度ばかりはそんな仕打ちを受ける心当たりはある。


「なんだカトレア様、私に用なのか?」


おそらく原因は俺の横、しかも妙に椅子と椅子の間の距離が近くてちょっといい匂いがしてくる女性、ラキアの存在だ。


何とかカトレアさんに機嫌を直してもらいたいが、原因が特定できても対策が全く分からん。


試しにラキアとの距離を取ろうと椅子を動かしてみたら、同じ方向同じ距離でラキアも椅子を動かしてきた。

いや、むしろさっきより距離が縮まった。


ああっ!?カトレアさんの突き刺すような視線が痛い!


「どうしたのだ?カトレア様。私に質問があるのではないのか?」


「……こほん、ではお聞きします。答えにくいことでしょうが、ラキアさんは先日の山火事の際に死に至るほどの大火傷を負っていたのでしたね」


「うむ、その通りだ。火傷を負っていない箇所の方が少なくてな、持ってあと一日の命だと覚悟していた」


「現在はどうですか?」


「カトレア様も見ての通りだ。火傷のことを知らない者が今の私を見ても、誰も信じてはくれないだろうな。何ならここで脱いで見せてもいいぞ!」


そう、誰もが目を背けるほどだったひどい火傷を負ったはずのラキアの体は、まるで火傷自体がなかったかのようにこの短時間できれいさっぱりと治っていたのだ。


シャツを脱いで証拠を見せようとするラキアをカトレアさんが必死に止める。


「やめてくださいラキアさん!男性の目もあるんですよ!」


ちなみに俺は一切手を出さない。どう考えても制止ではなくセクハラと見做されてしまうからだ。


「なぜだ?ここにいるのは身内同然の人達ばかりだろう。マーシュ村長もセリオも小さい頃の私の体なんて見飽きているはずだぞ」


いやいやいや、どう見てもその二人も顔を赤くして、ラキアがむき出しにしたおへそを見まいと必死に目を逸らしてるから。


ちなみに今出てきたセリオと言う名前は、ラキアをはじめとした傷病人の手当てをしていたコルリ村の薬師のことである。

ラキアとは同年代で幼馴染らしい。


「百歩譲ってお二人がいいとしても、赤の他人のタケトさんがいるんです。もう少し慎みというものを持ってください!」


「タケト様ならさっきも見られたし大丈夫だ」


「あれは包帯越しじゃないですか!」


「だとしても私は一向にかまわないぞ。何しろ命の恩人だからな」


「ラキアさんが構わなくてもこっちが構うんです!」


カトレアさんの忠告も何のその、ラキアは意に介した様子はない。


「よいではないか、減るものでもないし」


「減ります!タケトさんの理性が!」


何をバカなことを、と言いたいところだが、ラキアの体が魅力的なことは不本意ながらすでに知ってしまっているし、本気で誘惑されたら抗えるほどの意志と経験は俺にはない。


竹田無双流でもそんな稽古はやっていない。


「何だそんなことか。私の体で恩返しができるなら安いものだ」


「安売りしすぎです!」


「カトレアさん、めちゃくちゃ話の筋がズレてます」


「……はっ!!」


ラキアの提案は大変魅力的なのだが、今は他に優先すべきことが山積みなのでここは忠言させてもらおう。


なお、この件に関しては一旦社に持ち帰って前向きに検討させていただこう。

でも代表取締役社長のカトレアさんが怖いので、検討の結果お断りする方向で調整されることになるのだろう。


「こほん、話を戻します。ラキアさんはどうしてあの火傷が治ったのだと考えていますか?」


「それは間違いなくタケト様から頂いたお茶のお陰だろう。あれを飲んだ直後にあっという間に火傷が治ったのだから」


個人的にはそんなバカなと大いに反論したいところなのだが、先ほどからのカトレアさんの俺への反応を見るに口を挟んでほしくないという意思がありありと察せられたのでここは口をつぐんでおくことにする。


「ラキアさんありがとうございました。さて、最後にセリオさんにお伺いします」


カトレアさんはラキアの看病をしていたコルリ村の薬師に向き直った。


「は、はい、なんでしょうか騎士様」


「聞くところによると、あなたは薬学の勉強のために一時期シューデルガンドに留学したほどの頭脳の持ち主で、村でも腕のいい薬師ともっぱらの評判だそうですね」


「いえ、そんなことは決して。村の人たちの厚意でちょっと外の世界を見て来ただけのことです」


謙遜するセリオだったが、マーシュとラキアの頷く様子を見る限りでは、村人から全幅の信頼を受けていることがわかっている。

経験の浅い若者がそこまで信頼されるとなると、それはやはり腕の良さ以外に理由はないはずだ。


「そんなセリオさんに尋ねます。ラキアさんの火傷は自然治癒可能なものでしたか?」


「いいえ騎士様、ラキアさんがここに運び込まれた時には全身に重度の火傷を負っていて、自然治癒はおろか、この村にある薬草の類では手の施しようのないほどの致命傷でした。騎士様が下さったポーションでも一時的に痛みを和らげる程度の効果しか望めませんでした……」


自らの力が及ばなかったことを悔やむように声を震わせながら話すセリオ。


そんなセリオの気持ちを知ってか知らずか、カトレアさんは矢継ぎ早に質問を繰り出した。


「では仮に、ラキアさんの火傷を瞬時に完治させるには、どの程度の薬が必要だったと考えられますか?」


カトレアさんの質問にすぐには答えられず黙り込むセリオ。


だが決して答えに窮している様子ではなく、あり得ない想像をしてしまった自分に対して煩悶しているかのようだった。


「薬師として本来ならあり得ないことと一笑に付すべきなんでしょうが……」


そう前置きしたセリオは、自分の言葉を確認するかのようにゆっくりと話し出した。


「あれほどの重傷を一瞬で治す薬なんて、少なくともシューデルガンドでも見たことも聞いた事もありませんでした。ただ一つ可能性があるとするなら、タケトさんがラキアに飲ませたお茶はおとぎ話に出てくるかの伝説の薬、エリクサーに匹敵する効果を持っていた、そうとしか説明が付きません」


ふうっ、とため息をついた俺、マーシュ、カトレアさん。


ちなみに当のラキアは、動じた様子もなくニコニコしながら俺の隣に座っている。


あれ、この子ひょっとしてアホな子なのか?

どう見ても話を理解している態度じゃないぞ。


「実は、私もセリオさんと同じような仮説を立てていました。あの時は動揺していて言ってませんでしたが、私がセリオさんを呼びに行って部屋の前に戻ってきた時に部屋のドアから優しい光が漏れているように感じたんです。タケトさんは見ませんでしたか?」


いや、どうだったかな?あの時はラキアが死んだと思い込んでいて、他のことにまで気が回らなかったからな、正直憶えていない。

そんなに大事なことなのか?


「はあ、まあ一緒にいたセリオさんも目撃している時点で幻の可能性はまずないですから、タケトさんに無理に思い出せとは言いませんが。使用直後の発光現象は高位のポーションの証とされています。中でもエリクサーは、その光自体にも周囲を癒す力があるという伝説が残っていますから、一応確認したかっただけです」


カトレアさんはそこまで言ってラキアの方を改めて見た。


まあ、ラキアのあの目を背けたくなるような火傷がここまで回復したという事実だけでも、カトレアさんには十分なのだろう。


俺としては納得のいかない部分もあるにはあるが、こうしてラキアを助けることができたのだ、細かいことは気にせずに行こうじゃないか。


「行こうかじゃありません!この会議の本題はまさにそこなんですから!セリオさん、このわからずやにそのお茶を作れることがどういうことなのか説明してあげてください」


見るとカトレアさんばかりかマーシュとセリオの二人も信じられないものを見るような目で俺の方を見ていた。


特にセリオの方は顔面蒼白だ。


「あー、セリオ君、気分が悪いのなら帰ってもらっても構わないよ?」


「いいですかタケトさん」


ぬ、お前まで俺の言葉を無視するのか、セリオ。


「あなたが作ったお茶、その回復力は、かのマリス教国の中央神殿で大司教クラス以上のみが作ることができる最高級ポーションに勝るとも劣らない逸品と、僕程度の薬師でも断言できます。その製作者の情報は完全に秘匿されていますが、噂では全員が聖人指定されているとのことです」


聖人?それっておいしいのか?ていうかマリス教国って?


カトレアさんによると、大雑把に言うとグノワルド王国の南に位置する宗教国家で、魔法とは異なる奇跡である法術という力で成り立っている他、ポーションなどの薬の研究では世界一の規模と実力を誇る国らしい。


「彼らは生涯最高級の待遇の上で大勢の付き人に傅かれる(かしずかれる)生活を送っているそうですが、僕から言わせれば体のいい虜囚としか思えません。彼らの身が魔族や、同じ人類でも教国と敵対している勢力の手に渡れば勢力図が塗り替えられると言いますから、仕方のない話なのですが」


ふむ、それは大変だな。


まあ俺は彼らの顔を見たこともないから、同情の念すら湧かないが。


「ちなみにですが、彼らの中には元はマリス教国とは何の関わりもない者もいたといいます。つまり教国は、強力なポーションの噂を聞き付けるなりその造り手を拉致した、というのがもっぱらの噂です」


それは大変だな!


俺、大ピンチじゃないか!


そうだ!困ったときはカトレアさんに助けを求めよう、助けてカトえもん!


「……タケトさんに何か物凄くバカにされている気がします」


そんなことないですカトレアさんは俺にとって都合のいいお……女神さまです。


「はあ、しょうがない人ですね。タケトさんは、いったい何のために私がこのメンバーで会議をしているか忘れてしまったようですね」


え、……ひょっとしてその対策のための会議だったり?


「よくできました。幸いタケトさんの所業を実際に知っているのはこの場にいる人たちだけですから、この5人が口を噤んで(つぐんで)しまえばあとはどうとでも私が繕える(つくろえる)というわけです」


なんと、そんな神算鬼謀が!


ん?でもこの三人はそれでいいのか?

隠蔽の首謀者ともいうべきカトレアさんはともかく、マリス教国とやらがどれほどのものか俺は全く知らないが、将来的に三人が困ったことにならないか?


「私がタケト様の益にならないことをするはずがない!」


「オラとしてもコルリ村の仲間を助けてくれたんだし、これから仲間になろうというお人を売るような真似は死んでもしないだよ」


「僕はタケトさんの作るお茶に非常に興味があります。うまく研究が進めば新たなポーション開発の手掛かりを得られるかもしれませんし、マリス教国一国がポーション作成技術を独占している現状に疑問を抱いていたところです」


ラキアはもちろんのこと、竹の葉茶のことを秘密にしてくれるというマーシュとセリオ。


「他の村人たちもいずれは薄々気づくとは思うだが心配いらねえ、仲間を売るような奴はこの村には一人としていねえから安心するだよ」


俺の不安を払しょくするかのように笑顔を見せるマーシュ。


……参ったな、まだ何もしてないのに一生掛けても返せるかわからないほどの恩ができてしまった。

この先少しずつ恩返しするとしても、今はこれくらいしかできることがないな。


「皆さん、本当にありがとう。俺がこのコルリ村で何ができるのかまだわからないが、精一杯村のために尽くすよ」


そう言ってテーブルにぶつけそうな勢いで頭を下げる俺と、なんとか頭を上げさせようとするマーシュたちのやり取りはしばらくの間続いた。


「さあ、その辺にしておきましょう。村の人達はもちろんですが、タケトさんにやってもらうことがさらに増えましたからいよいよ時間がないですよ」


その様子を傍観していたカトレアさんがパンと手を合わせて俺達に言い聞かせた。


でも、さらに増えた俺の仕事って?


「ラキアさんほどではないにしろ、コルリ村にはまだまだ怪我人や具合の悪い人がいるんですから、その人たちのためにお茶を淹れてもらいます」


でも俺が作ったってバレるのはあまりよろしくなかったのでは?


「そこは私が用意したことにします。ちなみにラキアさんの快復も同じ言い訳で通そうと思います。実際のモノを確認することは外部の人間には絶対にできませんから、この村で口裏さえ合わせておけばどうとでもなりますからね」


なるほど、シンプルなウソがゆえに、仮にどれだけ探られても疑惑以上の物は出てこないということか。


異世界人としていろいろな秘密を抱える俺としては、こういう処世術は是が非でも身に付けておかないとな。

精々カトレアさんを見習うとしようか。


「とはいえ、まずは肝心の竹がないと何も始まりませんね」


カトレアさんは少し考える仕草を見せた後、


「マーシュさんは村の若者に声を掛けて、村の広場に集まってもらってください。セリオさんは傷病者の症状を確認して、どの程度の治療が必要なのかリストを作っておいてください」


「わかっただ」「すぐに取り掛かります」


「わたし、わたしにも何か役割をくれ!」


勢いよく椅子から立ち上がり村長宅を出ていく二人。


その一方でまるでお預けされた犬のようにキラキラした目でカトレアに懇願するラキア。


正に忠犬ラキアだな。


「ラキアさんには私とタケトさんに付いてきてもらいます」


「どこだ、どこへ行くのだ?山か?狩りか?」


俺が言おうとしていた言葉を先回りしてカトレアさんに聞くラキア。


でも俺もさすがにここまでアホ丸出しではない。


憮然とする俺を見てクスリと笑ったカトレアさんが「半分正解です」と言って目的を告げた。


「山へ行きます。一帯を調査してその内の山の一つをタケトさんに竹で埋め尽くしてもらいます」

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