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幕間~大樹界会議当日 前編~

タイトルの通り、前後編の二部構成です。

ここ十日ほど立て続けに大樹界の重要人物が訪れ、漠然とした緊張に包まれていたゲルガンダールは、まさに最高潮の日を迎えていた。


「それで、各種族の代表の方々は会場(ここ)に到着しているのですね?」


「は、エルフ族の女王一行はすでに控室に入られて(くつろ)がれております」


「竜人族のお二人とお付きの方も、先ほど入り口を通過したとの報告が入っております」


「獣人族一行の報告は?」


「そ、それが、まだゲルガンダール入りすらされていないようで……」


「はあ!?も、もう一度確認をお願いします。くれぐれも連絡は密に」


「「「は、は!」」」


大樹界を代表する各種族のトップが勢揃いする大樹界会議当日、街の雰囲気はお祭りでもあるかのように賑わっていたが、会議場のこの一角だけは緊迫した空気が流れ続けていた。

とはいえ、その場にいるドワーフ族を代表する四元老の間には緊張に温度差があり、一番年下と思える一人がいきり立って部下に指示を飛ばし、それを他の三人がなだめている、そんな光景だった。


「ゲルマニウス殿、どうか落ち着かれよ。獣人族代表からは開催までには間に合うと事前に知らせを受けている。今回のホストとはいえ、我らの方から日程を強制できぬ以上、信じて待つ以外に方法はない」


「しかし!先日のエルフ族からの知らせも含めて、この大樹界に魔王軍の手が次々と伸びているのは確実なのです!獣人族代表が今襲撃を受けていないという保証はどこにもないのですよ!」


「それは分かっておる。だからこそ、ゲルガンダール周辺の警戒に人手を割いて、小さな異変も見逃さぬようにしておるのだ。すでに打てる手は打っておるのだ、そなたはドワーフ族代表にして今回の大樹界会議の議長なのだから、今は目の前のことに集中されよ」


「しかし、アンゲス殿……」


「そなたの兄上、ゲルガスト王もきっとワシと同じことを言うだろうな」


「トゥーデンス殿……」


「しかと考えられよ、王があの大楯をそなたに残された意味を」


「トラゼス殿……」


自分と同じ元老であると同時に、今も尊敬してやまない兄と共に一時代を駆け抜けた三人の年長者に窘められる、ゲルマニウスと呼ばれたハイドワーフ。

そこへ、噂をすれば影、とでも言わんばかりに獣人族代表到着の知らせが舞い込み、一様に安堵の表情を浮かべた。

だがそれもほんのひと時だけ。

その場にいる四人共がもうすぐ開かれる大樹界会議に意識を向け、眉間にしわを寄せ始めた。


「しかし、他にも問題は山積しています。魔王軍の動きもそうですが、これまで滅多に大樹界会議に姿を現さなかった竜人族が今回に限って参加を通知して来たり、エルフ族が強引に審査なしに入れさせた正体不明の同行者がその後行方をくらませたりと――」


「ふむ、どれも厄介極まるのう。獣人族にしても、遅参の知らせだけでその理由は言ってこなんだ。何か異変があったと見るべきだろう」


「それを言うなら竜人族にしてもそうだ。彼らは自らの領域を侵されない限り動くことはないはずだが、もしどこかの勢力に加担されでもすれば、それだけで大勢が決しかねんぞ」


「普段は他種族など受け入れないという意味では、エルフ族もおかしい。衛兵からの報告によると、その同行者は女王ライネルリスの私的護衛というが、初日に姿を消していることから見ておそらく虚偽だろう。とはいえ、確たる証拠もなしに直接女王に事を(ただ)すわけにもいかん。となると、その護衛本人たちを確保するしかないが、今はゲルガンダールの内部の捜索にさらに人手を割く余裕はない」


「結局、何れの懸念も情報に乏しい中、大樹界会議に臨まないとならないわけですか……」


そう言って思わずため息をつくゲルマニウスを、咎める者は誰もいなかった。

代わりに訪れたのは重苦しい沈黙の時間だったが、さすがは元老と呼ばれるだけあって気持ちを切り替えるのは早かった。


「どうせわからぬ、できぬというなら、この際諸問題は棚上げするしかあるまい。まずは最優先の課題だけでも、大樹界の総意として足並みをそろえるべきだ」


「となると――魔王軍への対応ですか」


「しかし、それとて容易ではないぞ。何しろ人族と魔族の争いに表向きは関わらぬこの状況下で、武器の売買などで一番恩恵を受けているのは、他でもない我らドワーフ族だぞ?我らから提案しても、他種族はむしろ疑いの目を向けてくるであろう」


「うーむ、特に潔癖症のエルフにはな」


「それについては、一つ手を打ってあります」


難しいだろうという顔で唸っていた元老たちに応えたのは、一番の年若のゲルマニウスだった。


「ほう、それはどんな?」


「これはすでにお相手にお任せしていることなのですが……」


ゲルマニウスの打開策の概要を聞いた元老たちは、一様に唸った。

ただし、先ほどとは違って、感心の表れの大きいものだったが。


「フーム」「なるほど」「それならあるいは――」


「ですが、やはり賭けの要素が大きいといわざるを得ません。もし、この場に兄がいてくれさえすれば、このような姑息な手に走ることもなかったのですが……」


「ゲルマニウス殿、いや、ここはあえて昔のようにゲルマニウスと呼ばせてもらおう。いい加減兄の影を追うのは止めんか?」


「そ、それは……やはりゲルガスト王の威光あってこそのゲルガンダールですから」


「それはワシらも認める。だからこそ、王の血族であるお主が次の王に就けば皆が納得するのだ」


「し、しかし、私では兄のようにドワーフ族を率いることなんてとても……」


「誰がゲルガスト王の真似をしろと言った?王がこの地を去ってすでに二百年、それからのゲルガンダールをハイドワーフの一人として見事に導いてきたのは他ならぬお主ではないか。血筋だけではなく、その為政者としての手腕を疑う者など、今のゲルガンダールには一人もおらんよ」


「今ここで決心しろとは言わんが、大樹界会議が滞りなく済んだ後に考えてはくれぬか?ゲルガスト王の後を継ぐことを」


もちろん、当のゲルガスト王が密かにゲルガンダールに舞い戻っていることなど知る由もなく、三人の元老たちは実の弟のゲルマニウスを何度目になるか分からない説得にかかっていた。

それを聞いて苦悩の表情を見せたゲルマニウスだったが、これまでと同様に拒絶の意志を伝えようとした矢先、彼らがいる部屋のドアを二回ノックする音が鳴った。


「皆さま、お時間ですので議場まで足をお運びください」


「ゲルマニウス、とりあえず今は会議に集中するとしよう」


「……はい」


議場への移動を告げに来た部下の声で気持ちを切り替えた四人の元老たちは、直面している難局に挑むために席を立った。






今回の大樹界会議のホストであるドワーフ族にとって、一番先に議場に入って他種族を出迎えるというのは当然の礼儀といえるだろう。

だが、ゲルマニウスを先頭にした四人の元老が議場に入った時には、すでに議場の一角を占拠している先客が、整えられた議場の壁の一角に掲げられた、燦然とした輝きで一際目立つ白銀の大楯を眺めていた。


「女王ライネルリスよ、今しばらく控室で待っていただくよう、係りの者がお願いしていたはずだが?」


「あら、久しぶりねアンゲス殿。……ふふ、変ね。あの時ゲルガストのお荷物だったひよっこが、今じゃ私ですら敬称で呼ぶほど出世してるなんてね。長生きしているといろいろ退屈なことも多いけど、こういうことも偶にあるから悪くないわ」


「んなっ!?」


「ライネルリス殿、無駄を嫌うあなたがこうやって横紙破りをしてきた以上、我らに何か話があってきたのでしょう?他の出席者がいつ来るかわかりませんので、できれば手短に」


艶然と笑うライネルリスに、ひよっこ呼ばわりされて絶句するアンゲスに、その代わりをするように質問を投げかけるゲルマニウス。

その表情は、先ほどまでの自信の無さはどこへやら、大樹界会議のホストにふさわしい威厳と風格を兼ね備えていた。


「あなたの方は変わらないわね、ゲルマニウス。そういうせっかちなところ、人付き合いが苦手なゲルガストに似なくてよかったのかどうか……まあいいわ、積もる話はまた後日にしましょう。あなたたちだけに話しておきたいことがあるのは本当だし」


そう半ば独り言のように言ったライネルリスは後ろを振り返り、そこにいた唯一の同行者を見てから姿勢を戻した。


「紹介するわね、こちら私の従弟で、セーン一族の次期長のジルジュよ」


そう告げるライネルリスに合わせてぺこりと頭を下げる若者、その顔に見覚えがあったかどうか、自身の記憶を探るハイドワーフの四人だが、やはり覚えがないと確信した上で、訝しげな眼でエルフの女王を見た。


「もちろん面識はないと思うわ。けれど、魔王軍の最新の動向を知る証人と言えば、あなたたちも興味を持つんじゃないかしら?」


「それは本当ですか!?」


今回の大樹界会議の議長であるにもかかわらず、当日になっても腰の軽いゲルマニウスを見てわずかに眉を顰める三人の元老だったが、それをこの場で言葉にして咎めることができないほど、エルフの女王がもたらした情報は彼らにとっても軽く扱えないものだった。


「まあ、まずはこのジルジュの話を聞いてちょうだい。その上で私の、エルフ族としての意見を言わせてもらうわ」


「……伺いましょう」


元老の一人、トゥーデンスが促したことで、ジルジュが魔王軍の襲撃を受けてからティリンガの里に至るまでに体験した一部始終が、理路整然と語られた。

そのあまりの堂々とした語り口に、さすがは女王ライネルリスの従弟という評価が為されても(多分に皮肉も込めれれているが)、まさかこの話が目の前のエルフの女王によって意図的にタケトに関する情報をカットされた、事実に基づいたフィクションだと気づいたハイドワーフは一人もいなかった。


「なるほど、セーン一族の名だけは聞いていたが、まさか半ば相打ちとはいえ、単独でオーク兵二百に大魔獣級のアンデッドビーストを撃退せしめるとは。セーン一族の武勇、確かに胸に刻みましたぞ」


「その後の、ワイバーン部隊の追撃を受けながらも得意の水魔法で全滅させたというのも、にわかには信じがたい功績だ。い、いや、決してジルジュ殿の話を疑っているわけでは無くてだな」


「しかし、魔王軍の正規部隊がそこまで大樹界の奥地に入り込んできたことも驚きだが、相当な下準備が必要と言われるアンデッド化の魔法を、それも大魔獣級に使ってくるとは。もし好き勝手に暴れられていたら、たった一体でどれほどの被害が出ていたことか……」


パンパン


「はいはい、あなたたちにも色々と思うところはあるでしょうけれど、まずはこっちの都合を優先させてもらえるかしら」


二度拍子を打ったあとで自分の方に注意を向けたライネルリスに対して、自分たちが働いた無礼を恥じて若干顔を赤くしながら俯く三人のハイドワーフ。


「申し訳ありません、ライネルリス殿、ジルジュ殿。どうぞお続けください」


その様子を、唯一自らの思考の海に飛び込まなかったゲルマニウスが取りなし、話の続きを促した。


「単刀直入に言うわ。今回の魔王軍の侵攻に対して、私はドワーフ族と足並みをそろえてもいいと思っているわ」


「っ……!?」


会議の始まる前、しかもこちらとしては願ってもない提案に、ドワーフ族代表の四人は言葉を無くすほど驚くほかなかった。


「もちろん、いくつか条件は付けさせてもらうけれどね」


「……伺いましょう」


まるで見透かしたかのようなライネルリスの物言いにも何とか答えて見せたゲルマニウスに、エルフの女王は及第点と言わんばかりに笑みを深くした。


「一つ目は、あなたたちも大方の予想はついていると思うけれど、私がゲルガンダールに入るときに水門で起こしちゃった一件をなかったことにしてくれないかしら?」


「いいでしょう」


「あら?ずいぶんあっさりと受け入れてくれるのね。こちらとしては話が早くて助かるけど。それと二つ目、足並みを揃えるとなると、種族の垣根を超えた連合軍という形になると思うのだけれど、その盟主を選ぶ時は私を含めたエルフ族を除外すること。もちろん秘密裏にね」


「ほ、本気ですか、ライネルリス殿?盟主に選んでくれ、ではなく?」


最初の条件は予想できても、これはさすがにゲルマニウスも想像だにしなかった事態だった。


「まあ、内輪の問題と思ってちょうだい。口さがない一部のエルフはドワーフの節操なしなんて言ってるけど、プライドが高すぎるというのも困りもの、ということよ」


「……わかりました。正直なところ、ライネルリス殿が盟主に就くという案が消えるのは痛いところですが、背に腹は代えられません。他の方に打診することにしましょう」


「そうね、そうお願いするわ。でももし、あなたが立候補するというのなら、私は喜んで賛成票を投じさせてもらうわよ、ゲルマニウス殿」


「え!?い、いえ、私は元老の中でも若輩者ですから……」


「あらそう?今の地位が貴方の足かせになっているというのなら、いっそのこと王になってしまえば良くなくて?」


「ラ、ライネルリス殿!?それは……!?」


「そうね、いくら何でも、こればかりは他の種族が口を出していい話ではなかったわね。でも、あなたのご同輩の方々は、必ずしも私の言葉が余計なお世話だと思ってはいない様子だけれどね」


そのライネルリスの言葉で、思わず複雑そうな顔をしている三人の先達の顔を見てしまった瞬間、その行動自体が、ライネルリスにこちらの動揺を覚られた何よりの証だと、ゲルマニウスは気づかされた。

当然、ドワーフ族の元老として即座に反論して、わずかなりとも失点を取り返さなければならないところだったが、迂闊にも時間切れだということを、議場に入る二か所の扉のうち一つが開かれるまで、ゲルマニウスは気づくことができなかった。


「失礼いたします。獣人族代表、竜人族代表の両ご一行のご到着です」


こうして、ドワーフ族とエルフ族の二者会談は終わりを告げ、いよいよ大樹界を代表する四族による大樹界会議が幕を開けるのだった。

『長かろうが投稿日が伸びようが一つに纏めてしまえ!』という悪魔のささやきをねじ伏せました。


後編はなるはやで投稿したいと思います。

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