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ゲルガンダールの街を歩いた

ゲルガンダールの中心にして最下層に位置する港を離れた俺達は、多くのドワーフが行き交う街中へと向かう、一番近くにあった階段を上り始めた。

鉱山都市であるゲルガンダールは、ドワーフによって削られ続けたすり鉢状の谷の斜面に無数の坑道が存在し、今も多くの鉱山資源を吐き出し続けているそうだ。

当然、鉱脈に沿って掘られた坑道は都市計画の観点から言うと無秩序極まりないものなのだが、そこは優れた芸術家の顔も持つドワーフによって、奇跡としか言いようのない複雑かつ精緻な街並みが形成されているとのことだ。


「少なくとも私の知る限りでは、このゲルガンダールの道に行き止まりというものは存在しない。道路や階段、建物の配置に至るまで、すべて考え抜かれた上で作られていると聞いた」


こう説明してくれたのは、認識阻害スキル付きの深編笠をかぶり声を出すことすら控えているドンケスや、族長である姉の命令でいやいや俺達についてきているエルフのリーネでもない。


「まさか、お前がゲルガンダールのことに詳しいとは思わなかったな」


「あくまで任務の一環だ。いざという時の脱出経路を探るのも当然だ」


そう俺に返してきたのはダークエルフのリリーシャ。

リーネの手前、あえて魔王軍という言葉を使うことを避けたが、おそらくは諜報か、もしくは――

まあいい、俺には関係ないことだ。


「おおっ!すごいぞご主人様!さっきまでいた港があんなに小さくなってる!」


さっきから俺の周りをうろうろしながらきょろきょろしていたラキアが(階段の上でやっていたので注意したが無駄だった)、俺の前に立ちはだかって嬉しさ全開で叫んだ。


「おお、こりゃ確かに絶景だな」


振り返った俺の目に飛び込んできたのは、圧倒的な高さと幅ひろさを誇る巨大な赤土色の谷と、そこに立ち並ぶ坑道の穴と家々、そしてその下を流れるコバルトブルーに染まった雄大な運河だった。

元の世界で言うところのグランドキャニオンに似ている気もするが、そこにドワーフたちが作り上げた人工物が混ざり合うことで、大自然だけでなく文明の偉大さまでも見せつけられた感じだ。


「自然と調和した街というのは、ここを掘り始めた最初のドワーフの理念らしいがな、実際に都市計画を立て、鉱山の汚水が流出しないように浄化システムを構築したのは、かのゲルガスト王だそうだ」


かつて訪れた時に調べたのだろう、立ち止まって眼下の景色を眺める俺とラキアに上の方からリリーシャの解説が聞こえてきた。


「ゲルガンダールという名も偉大な王の功績を讃えるためと聞いているし、それ以来ゲルガンダールではゲルガスト王の側近で構成された元老が中心となっていて、王位は空席のままらしいな」


「……なるほどな」


後世に残るようなことをしている最中ならともかく、街の名前になるほどまで周囲から祭り上げられたりすると、さぞ息苦しい生活になるんだろうな。

本人が職人気質の性格ならなおさらだ。

もちろん、故郷どころか大樹界からすら出ていくことを決めた理由はそれだけではないだろうが。


そこまで考えて、景色を見ていた眼を偉大なドワーフの王に向けてみるが、俺達の会話など興味はないと言わんばかりにそっぽを向いて、少し離れたところに立っていた。

まあ、そのひげ面が深編笠によって完全に隠れている以上、本当の心情までは知りようがないんだけどな。


「それに、一見芸術性に偏った街並みに見えるが、実は高い防衛機能も備えているらしい」


「そうなのか?」


俺も基本的に人の言葉を疑わないように親や爺ちゃんからしつけられてきたが、見渡す限りに見えるのは、導線がきっちり通った舗装された道に、どこにつながっているのか様相もつかない坑道の数々。

これほど攻めやすそうで守りづらそうな場所もそうそうない気がするのだが……


「ゲルガスト王がこの地を去って以降、戦いらしい戦いを経験していないそうだから、どこまで本当かは知らんがな。それでも、このゲルガンダールが大樹界一の都市と呼ばれているのは間違いない」


「そ、そんなことないわよ!」


リリーシャの評価に頷こうとしたその時、それを阻む女子の声が割り込んできた。


「エルフの歴史と英知が詰まったリーフェルノルトが、土臭いドワーフごときに負けるわけがないじゃない!」


「具体的な根拠は?」


「そ、そんなのこの私が知るわけないじゃない!」


……割り込んできたのはいいとしても、どうやらこの美少女エルフ、プレゼン能力の才能が欠片もないらしい。

ついでに言うと、むやみやたらに大声を出してくれたおかげで近くを歩いていた数人のドワーフから憎悪の目を向けられているのだが、当の本人だけが不穏な気配に一切気づいた様子がない。


――こりゃ、鈍いとかそういう次元の問題じゃないな。ライネさんも妹の悪癖くらい把握していただろうと考えると、案外俺に同行させたのは性格の矯正が目的だったりして。


ゴウン


と、その時、俺達の頭上から鈍い金属音が響いてきた。

音のした方を見てみると、先ほどまでそっぽを向いていた深編笠姿のハイドワーフが布に包んだ大戦斧の柄を石畳に突き立ててこっちを見ていた。


――どうやら無駄話はそれくらいにしろ、という無言の意思表示らしい。

だが俺としても渡りに船。目立つような真似は避けたいのは同じ思いだった。


「二人とも、口喧嘩はそれくらいにしておけ。次に騒ぎを起こしそうになったら俺かアイツが問答無用で止めるからな」


「「それはどういう……っ!?」」


実は仲がいいんじゃないかと思うくらいセリフがハモった二人のエルフだったが、最後まで言い切ることはなかった。

その理由は、多分俺がアイテムボックスの背負い籠から音もなく引き抜き、二人の間に突き出した一本の竹棒にあるのだろう。


「リリーシャ、言うまでもないと思って今まで黙っていたが、俺としては別に、未だにコルリ村の住人でもない態度をとっているお前を連れていく義理は本来ないんだということを忘れるなよ?」


「わ、わかった」


「ふん、いい気味よ。これだから――」


「それからリーネ、お前には今すぐライネさんのところに帰ってもらう」


「な、なんでよ!私が何をしたっていうのよ!?」


どうやら俺に説教されるリリーシャを見て優越感に浸っていたリーネにとって、俺から向けられた言葉は完全に虚を突かれたものだったらしい。

傲慢ともいえるいつもの態度ではなく、明らかに動揺している様子が見えていた。


「ライネさんが頼んできたから仕方なく今までは追い返さなかったがな、リリーシャの奴も売り言葉に買い言葉でやり返したから同罪とはいえ、元々はお前が吹っ掛けた喧嘩が原因だ。これ以上迷惑をかけるというなら首に縄を付けてでもライネさんのところへ連れて帰る」


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!!いい?あんたが思っている以上に族長の命令っていうのは重いのよ!?今の私は他仲間と別行動を命令されただけじゃない、もし、このことを姉さまに知られたら、族長の命令に背いたとして永久追放になるかもしれないのよ!?」


「それはお前の理屈だ、リーネ。そして、俺達には俺達の理屈、ルールがある。いいか、二度は言わないからよく聞け。俺達についてきたいというなら、最低限の礼儀を示せ」


「な、なんで人族や黒エルフに――」


「勘違いするな。これは別に仲間のエルフたちと同じように接しろと言ってるんじゃない。同じ大地に生きる者への敬意を示せって言ってるんだ。それができないようなら――」


「わかったわよ!二度とアンタたちを蔑むようなことは言わない。これでいいでしょ!」


「ああ、それでいい。リリーシャも、いいな」


「わかった。少なくともこの度の間は一族の長としてのわだかまりは捨てる」


そうリーネとリリーシャが了承したことで何とかこの場は収まった。


だが、割とヒートアップしてしまった結果、当初の目的では仲良くやっていこうぜと言うだけのつもりだったはずが、完全に真逆のギスギスした空気を作り出してしまった。


ヤバい、どうしよう……


この場にいるのは当事者のエルフ二人とだんまりを決め込むしかないハイドワーフ、それと暗い空気を作り出してしまった犯人である俺の四人だけだ。


……ん?そう言えばアイツはどこに行った?

と、そんなことを考えていると、


「ほふひんははーーー!!ほむふ、ほふふへほんほほふふ!!」


「何しゃべってるかわからねえよ!!ていうか、口の中のものを飲み込みなさい!お行儀が悪いぞ!」


若干言葉遣いがおかしくなっている俺のところに駆け寄ってきたのは、いつの間にかこの場からいなくなっていたラキアだった。

――両手には複数の重そうな紙袋、そしてその口に香ばしい香りの肉串を頬張りながら。


ん、んん?なんだ?この香り、どっかで嗅いだことがあるような――


「もぐもぐ、ごくん……だから、ご主人様たちの話が長くなりそうだったのでちょっとその辺の屋台を見ていたのだ!」


「見ていたじゃねえよ。がっつり買いまくってるじゃねえか」


「ところで陰気臭そうな話はもう終わったのだろう?ならば先を進もうではないか!もうすぐ日が暮れてしまうぞ!」


どうやらラキアは不穏な空気を察して趣味と実益を兼ねてさっさと避難、野生のカンでも働いたのかドンピシャのタイミングで帰ってきた、ということらしい。


まあ、今回はそのラキアのアホなところに救われた気分だけどな。


「……そうだな、さっさと行くか」


ラキアだけでなく他の三人も見ながらそう言うと、それぞれが小さく頷いて見せてきた。

直ぐに先頭のドンケスが歩き出したことで、俺達はようやくパーティとしての最低限の纏まりを得ることができたのだった。






「で、ここは一体どこなんだ?まさか今日はここに泊まるとか言い出すんじゃないだろうな?」


「……ここなら人目もないか。ここがどこだと?もちろん坑道の中に決まっておるではないか?自分の足で入ってきたのにもう忘れたのか?」


俺たち以外には誰もいないことを確認して深編笠を取ったドンケスは、開口一番ずいぶんな皮肉を浴びせてきた。


そう、ここはゲルガンダールに無数に存在する坑道のうちの一つ。

どうやら現在は廃坑になっているらしいこの坑道にドンケスがおもむろに入ったので、後についていくだけだった俺達も入らざるを得なかっただけだ。(もちろん無許可で)

廃坑なので、当然内部にランタンのような気の利いたものがあるはずもない。

ふとした拍子に前後左右の感覚さえなくなってしまいそうな暗闇の中を歩かずに済んだのは、入り口が見えなくなる寸前でリーネが照明魔法を使ってくれたおかげだった。

もちろん、俺以外の三人も少なからず困惑している様子だ。


「やだっ、カビ臭い!」


「ここではいざという時に敵に挟まれたら一巻の終わりだぞ……」


「ご主人様!真っ黒な石を見つけたぞ!」


……いや、そうでもないな。


とりあえずラキアに拾ったという石を捨てさせた後、もう迷うこともないだろうと言わんばかりに一人で先に進むドンケスを追いかけながら声をかけた。


「だから、お前は一体どこに行こうとしてるんだよ!?」


「古い知り合いの家だ」


「古い知り合い?こんな廃坑で未だに鉱石でも掘ってるドワーフがいるのか?」


「不正解だ。ドワーフと言うところも含めてな」


「ドワーフじゃない?まさか目当ては魔物とか言い出さないよな」


「さらに答えから遠ざかったな。ワシが言っているのは、ただのドワーフではないという意味だ」


「ただのドワーフじゃない……まさか」


「確かこの辺りだったな」


「……は?」


ドンケスの出したクイズに気を取られていたせいで、いきなりドンケスが立ち止まってレンガで補強された壁をぺたぺた触りだしたことに気づくのにわずかに遅れた。


なんだ?こんな何もないところで何をしているんだ?


「ワシの古い知り合い、まあ幼馴染なのだが、人づてに聞いた話では今では大層な身分になっているらしくてな、正面から会いに行けば必ず大騒ぎになる。そんなことを気にする奴ではないが、穏便に行くに越したことはあるまい。だから正面ではないルートで会いに行こうというわけ――これか」


ズズ 


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


ドンケスが最後に触っていたレンガがゆっくりと壁の奥の方に沈み込んだかと思うと、そこを中心としてレンガの壁が重低音を響かせながら二つに割れ、その中から真っ暗な穴が姿を見せた。


「隠し通路だと?」「こんなところに……!?」「面白いな!」


三者三様の反応を背後に聞きながら、言葉こそ出なかったものの俺自身も驚きを隠せなかった。

まさに声もないという奴だ。


「さっさと進むぞ。まさか本当にこんなところで夜を明かすつもりではあるまい」


一瞬懐かしそうな顔をリーネが照らす照明魔法の明かりに浮かび上がらせたドンケスだったが、次の瞬間にはいつもの仏頂面に戻って俺達の前を進みだした。






どれくらい歩いただろう。

頼りになるのはリーネが照らす明かりだけ、もはや上っているのか下っているのかすらも分からない隠し通路の道のりだったが、ふいに現れた時と同じようにレンガの壁が現れたことで終わりを告げた。


「確かここだったはずだが……うむむむむむ、ふん!!」


さっきと同じく壁を触りまくって仕掛けを探していたドンケスだったが、次第になにやら唸りだしたかと思うと、苛つきを感じさせる掛け声とともにその右こぶしを壁に向けて叩きつけてしまった。


ゴシャ   ガギン


「おいドンケス今のって――」


「どうやら長い間放置されていて仕掛けが壊れてしまったらしい」


「いやでも」


「うるさいぞ!扉は開いたのだから文句はあるまい!」


「ええぇ……」


わざと壊しましたと言わんばかりの見事な逆ギレで強引に仕掛け扉を突破して、先へ行ってしまったドンケス。

もはや完全に破壊された仕掛けからは、最初から壊れていたのか、それともドンケスが仕掛けの解除法を思い出せずに苛立ち紛れに破壊してしまったのか、知る方法はない。


「ご主人様?行かないのか?」


「あ、ああ、悪い」


後ろからラキアに促されてふと我に返る。


……どうやら何百年ぶりかに故郷に帰ってきてさすがのドンケスも平静ではいられないらしい。

そう思うことにして、俺は光が漏れる扉の向こうへと足を踏み入れた。






リーネの照明魔法があったとはいえ、暗い隠し通路からいきなりいくつもの照明が焚かれた明るい部屋に出れば、それなりに目は眩む。


「む、貴様ら一体どこから入ってきた?……いや、まさかあり得ん、奴がここに戻ってくるなど――」


だから、その声が俺達にかけられるまで、その人物の存在に気づけなかったとしても無理のない話だろう。


「久しぶりだなグラファス」


「その声は間違いない、お前、ゲルガストか!?」


そこにいたのはドンケスとさほど変わらない身長、体格、そして何より重厚感なる風格を備えたハイドワーフだった。


「紹介しよう、こいつはワシの幼馴染にしてゲルガンダール一の、世界一の証であるマスタースミスの称号を持つ鍛冶師、グラファスだ」

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