Case.00〜序章〜
この小説にはグロテスクな表現、暴力的な描写があります。
ご観覧の際には十分にお気を付け下さい。
「早く来い!」
「っ…待って…!」
苦しい。
息が上がり、心臓が早くリズムを刻む。
足下に気を使う事も叶わず、何度ももつれそうになりながらも暗い森の夜道を走る。
先程まで寒いと感じていた空気はいつの間にか体に心地よい温度となっていた。
―…走れ。
走れ!
脳に直接送ってくる指令が気持ち悪い。
たとえそれが自分が出しているものだとしても、どこか嫌な感じがするのだ。
「あ!」
それは、声を上げたと同時。
ズザッ…!と派手な音を立て、体は目の前の景色を消え去った。
膝や、腕の熱い痛み。
それが起こった1秒後、初めて自分が転んだ事を知る。
「…居たぞ!!」
「捕まえろ!」
『捕まってはいけない』男達の怒声。
ガサガサと草木を掻き分け、自分に迫り来る。
「く…っ…もう見つかったか……立て!」
「っ…痛…!」
目の前の男が、痛む腕を無理矢理引く。
皮膚が引きつり、傷口が広がる痛みに耐えながらも次の瞬間には足は勝手に走り出していた。
追ってくる、『捕まってはいけない』男達。
血が膝からふくらはぎに落ち、痛みがしたがそれに構っている暇は無かった。
「待て!」
声が、足音が、段々近付いてくる。
体ももう悲鳴を上げていた。
でも、立ち止まってしまったら…
「…―っ…!!」
名前。
息切れ切れながらも男が叫んだのは名前だった。
その名前は私に向かって叫ばれていて、それに気付いた時にはもう遅い。
痛み。
それは先程の擦り傷などとは似ても似つかない、鈍く、それでいて鋭い痛みだった。
「捕獲!」
「もう一人も捕らえろ!」
血の臭いと、男達の怒声。
押さえ込まれるように両腕を掴まれ、顔を地面に擦り付けられた。
痛みは頭から体中に渡り走る。
枯れ木のへし折れる音と、それを踏む足音。
今にも掠れ消えそうな意識の中、私の瞳は真っ直ぐ上を見つめた。
「…―……」
血濡れる唇から呟き、それは空気に溶けて消えていく。
視界に入れた人影を最後に、世界は暗転した。