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濃霧都市の夜宴/吸血姫の恋人  作者: 真剣狩る戦乙漢ゆ~ゐ
第一幕  貌がないジャバヴォック
9/20

才能と怪人  2

「ニコラは兎も角、リューは驚くことではないだろう?」



 けど、彼女は止まらない。ヴァンパイアは僕達の顔を交互に見てから続ける。



「互いに一目惚れ立ったとは言え、お嬢様がいる前で、こんな私でも決して言えない数々の言葉を耳元で囁くなんて。私に出会う前の君は、一体どれほどの女性を泣かしてきたんだい? お陰さまで、今夜は興奮して眠れそうに無い。いや、大人しく寝かしてくれる気がしないな」



「まてまてまてまて! 待て! そんなこと、僕がいつ言った! いつした!」



 突然、変なことを言い出す彼女に、僕は声を荒げて問い質した。



「寧ろ、逆だ! 逆! ヴァンパイアから抱いて来たり、キス……しようとしたじゃないか!」



「おや? 此処まで来て、妻に浮気がバレた夫のように言い訳するつもりのようだ」



「違う違う! 僕はただ真実を言っているだけだ! それに――」



 恋人でも旦那でもない。そう言いかけたところで、言葉を言い止まらざるを得なかった。


 瞬間、薄らと見える、白い煙が、僕の目の前を素早く横切る。


 それは剣を模った物、いや、物と表現するより、剣を模った蜃気楼であった。



 刃の形としてはロングソードと呼ばれている西洋刀剣に近い。

 斬ではなく断。

 刀身が厚く、反りは無く、代わりに直線に細長く伸びている。

 それだけなら不可視な剣などと表現すれば良いのだろうが、至高の業物の如く鋭利な刃に、白い煙が揺れ動く度に波のように動く刃文は、まるで日本刀のような出来である。



 恐る恐る視線を横へ滑らせば、いつの間にか、すぐ側にニコラがいた。



 ソファーの肘掛に片足を乗せ、剣を模った蜃気楼を両手で構えていた。尻尾は天を突く勢いで立ち上がり、片足を膝掛に乗せていることもあり、元々短かったスカートが捲り上がっている。彼女が冷静であれば、襲い掛かる羞恥によりスカートを抑えていたかもしれない。

 しかし、先程まで冷静であったとは思えない鬼のような形相を浮かべている今の彼女に、それがあるとは思えない。

 今の彼女は、主であるヴァンパイアの仇を討たんと忠義に燃え上がっている。彼女から放っていた視線の正体は敵意だった。



「貴様。生かして帰れると思うな……」



 ニコラはそう言うと、両手をゆっくりと振り上げられ、



「だから、待てって違うって言っているだろ!」



「問答無用。姫様を陵辱した罪は貴様の死を持って償うが良い!」



 言葉を聞き届けられず、振り下ろされる。


 僕は瞼を強く瞑り、それを否応もなしに受け入れようとした。



「まぁ、待ちたまえ。先程は冗談であったが、彼が私の恋人なのは本当なのだ」



 この状況を作り上げたヴァンパイアは静かに口を開いた。



「そう安々と殺されてしまえば、私はいつまでたっても独り身である。それに、ニコルが前に言っていたではないか? その約束を果たすための彼なのだ。さぁ、いつものように剣を収めてくれ。その剣は守るための剣だ。私の恋人を殺す剣ではないであろう? お願いだ」



 何だか感動的に書いてしまったが、間違えてはいけない。原因は彼女である。



 ゆっくりと瞼を開ければ、剣を模った蜃気楼の刃が目の前で止まっていた。危機一髪とはこの事。それに驚き、逃げるようにソファーから転げ落ちる。その零れ落ちた珈琲が入っていたカップのようにカーペットに倒れた。



「……」



 ニコルは僕を睨み付ける。対して、僕はソファーを盾にして無様に隠れていた。



 この問答はヴァンパイアから見れば喜劇であろう。

 僕は、そう、蛇の鋭い眼光に睨まれ、露で塗れた草原に隠れる蛙。

 彼女をちらりと覗けば、案の定、必死になって笑いを堪えていた。

 その喜劇に巻き込まれた僕にとっては、溜まったものではない。彼女の話に合わせるならば、彼女はとんでもない恋人である。



 次第に冷静さを取り戻したニコラは渋々と言った様子で剣を収める。



 剣を収める、ではなく、正確には、四散した。

 元々何も無かったかのように、剣を模った蜃気楼は何処かへ。上へ上へ昇っていく煙みたいに、何処かへ消え失せる。



「有難う。私に対する変わらない忠義に感謝するよ」



「いえ、姫様。それが私が唯一返すことが出来る恩返し。お気になさらず……」



「……見返りは既に貰っていると言うのに律儀な家族だ」



 ニコラは佇まいを戻し、絵に描いたような美しい姿勢で一礼した。

 従者と主。

 第三者――かどうか怪しいけど、僕は美しく綺麗な関係に見える。

 しかし、そんな従者の主であるヴァンパイアは、何故か影を落とした表情と口調で、そうポツリと答えた。



「さて、いつまで蹲っているつもりだい? 芝居は終わったぞ。緊張も程よくほぐれただろう。それとも、間違えてサーカスの檻に入ってしまった猛獣のように首輪を付けられることが、ご所望かな?」



 彼女はすぐさま表情を戻し、先程と同じ口調で僕に聞く。



「別にそんなつもりはないよ」



 当然それは嫌なので、僕はゆっくりとソファーに座り直しながら言った。


「その変な力は? いい加減、分かりやすく説明してくれよ……」



「勿論、話すさ。その為の御茶会だ」



 彼女は少し驚いた風な表情で手をパンと叩く。



「ちゃんと日本語で喋ってくれよ」



「? 日本語と言う言語は聞いたことないが、世界共通語で語ってあげよう。尤も、君も世界共通語を喋っているから、これから語る言語は日本語とも取れるがね」



 ここで初めて気付いたのだが、どうやら僕も世界共通語とやらを喋っているらしい。

 らしいとあやふやな表現を使う理由は、その言語を意識しないで使っているからだ。

 馬車の窓から見たときは然程気にならなかったけど、翌日のお出かけで判明したことだが、このイリギスで使われている文字は日本語ではなく英語に近い。

 その点から、ピーマンのように中身が空っぽの僕の頭で推測するに、この世界に転移する際の神様からの特典だと思う。神様なんて一度も会ったことがないけど。



 ただ、そうであると思いたい。


 で、なければ、亡霊に変装していたヴァンパイアと出会ったときで詰んでいる。



「まず、才能センスと言うのは、先程ニコラが見せたアレだ。蒸汽の力を受け入れ、認められた者しか使えない。言わば、選ばし者しか使えない能力だよ。ニコラ。すまないが、もう一度、使用して欲しい」



「仰せのままに」



 ニコラはそう言って、剣を模った蜃気楼を取り出す。



 その光景は何とも違和感を感じさせる取り出し方だ。何処からともなく白い煙が現れ、ニコラの右手へと集まっていく。そして、それを振り払うように右手を動かすと、先程味わいかけた剣を模った蜃気楼が出来上がっていた。

 僕にも分かりやすくゆっくりと、であったが、その気になれば、素早く取り出せれるかもしれない。



「この通り、出来上がるわけだ。勿論、個人によって使用出来る能力が違い、私達――ああ、その選ばれし者を私達は怪人と呼んでいるのだが、その怪人の能力の中では、ニコラが作った剣は一番分かりやすい能力だな」



「それが、あの時言っていた、同士って意味?」



「それ以外に、私はどう言った意味で言ったのだい?」



「つまり、僕もそのような能力、センス? が使えるってことだよね?」



「そうなるな。ただ、条件もあってだな――」



 ヴァンパイアの言葉に、僕は、心の底から歓喜した。



 何故? 愚問である。

 何故ならば、漸く、漸く異世界転移――転生? らしくなったからだ。

 まだ、僕がどんな能力が使えるか分からないけど、能力を自由自在に扱えるようになった日には、あの時のヴァンパイア以上に活躍が出来るかもしれない。言語の取得は転生ものらしいと言えば、そうであるのだが、兎に角、これで僕にもスポットライトに当たる日が近い筈だ。



 僕は雄叫びしながらガッツポーズしたい興奮を押さえ、彼女の話を聞き続ける。



「子供のように目を輝かすのは構わないが、ちゃんと聞いてくれていたかい?」



「勿論、聞いていたさ。僕自身の身に纏わる話だから当然じゃないか」



「本当にかい? 怪しいものだ」



 ヴァンパイアは怪しげな表情を浮かべて僕に聞いた。



「では、尋ねるが、その条件を私に説明して欲しい。私には使えなくてリューだけが使える日本語とやらで、だ。勿論、別に世界共通語を使っても構わないがね」



「ええっと……」



 僕は彼女が言っていた言葉を思い出そうとした。



「無制限に使えるわけではなくて、時々、吸引機? 装置? 兎に角、それを使って、使った分だけ蒸汽を補充しないと使えない。で、ないと、体内にある蒸汽が暴走して死んでしまう――だったっけ? 兎に角、そうなる。だからと言って、過剰に吸引すると、その過剰分の能力が暴走してしまう。要するに、僕が飲んでいた珈琲だ。コップが体で、珈琲が蒸汽。入れすぎれば溢れ出るし、飲み干したり乱暴に扱えば、こうなる……で、合っているよね?」



 そう言いながら、僕が使っていたカップを指差す。



 指先にある絨毯は、砕け散ったカップと僅かに残っていた珈琲で汚れている。

 先程の話を聞くまでは何とも思わなかったけど、今なら無残に血を吐きながら横たわる未来の僕の姿に見えた。

 注意して使わなければああなるぞ、と。

 そう伝えている風に見えてしまう。



「正解だ。が、四言五言足りないな。このままだと及第点だぞ」



「貴様。やはり、聞いていなかったのではないか」



 ニコルはそう言って、またしても剣を模った蜃気楼を構えようとする。も――



「ニコル。私は先程剣を納めよと言った筈だが?」



 主に止められる。呆れた主の言葉は続いた。



「私のことを思って行動しているのは分かるのだが、今後、このように不当な暴力を振ろうとするならば、私も色々と考えなければいけない。そう、色々と、色々とね。当然、私はそれを望まないし、ニコラもそれを望まないだろう? だからと言って、私は家族に命令をするつもりもない。さて」



 彼女はそう言って両手を大きく叩く。


 すると、だ。ありえない事が、


 いや、予想も尽かない出来事が起きた。

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