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濃霧都市の夜宴/吸血姫の恋人  作者: 真剣狩る戦乙漢ゆ~ゐ
第一幕  貌がないジャバヴォック
8/20

才能と怪人

 その後の道中は何も起こらず、ヴァンパイアの住処である屋敷に着く事が出来た。



 勿論、さっきまで問題になっていた検問所もだ。トルーラブが述べたとおり、話を通してくれたようで、ほんのちょっとだけ止められたけど、何事も支障も無く通り抜けることが出来た。



「持つべきものは友だよ。お陰さまで、お嬢様がいる検問所は基本ザルだ」


 ヴァンパイアは誇らしげに言う。今度、彼女と会ったら感謝しとこうと僕は思う。


 通り過ぎた後、ヴァンパイアは種族、この世界では亜人について説明してくれた。



 これに関しては想像通りであった。亜人とは、ファンタジーの代名詞であるかもしれない種族、僕やトルーラブみたいに何も特徴も無い人間――ヒューマン以外を差している。御伽噺に現れそうな尖った耳を持つエルフ。昆虫のような羽根を持つ小さな小さな妖精。大人になっても子供ぐらいの背丈しか伸びない小人。小人並みの低身長ながら力持ちで頑丈な体格を持つドワーフ。それから、獣みたいな耳と尻尾を持つ獣人。

 他にも多彩な種族が存在しているらしいが、それら全てひっくるめて亜人と呼んでいる。そして、その中には、悪魔も、含まれていた。



 悪魔。僕がそう呟くと、ヴァンパイアは何処か真剣な表情で説明を続けてくれる。



 亜人の一つと部類するより寄生虫かウィルス、よくあるB級のゾンビ映画の設定に近い。

 彼等、彼女等はヒューマンや亜人に化け、ヒューマンや亜人を襲うことで仲間を増やしている。

 仲間にされた方は死なない限り一生仲間の姿のままで、今回僕が目撃してしまった“アメンボウのような手足を持った人間もどき”は、その仲間の方だったらしい。



「誤解しているようだから、もう一度、はっきりと言っておこうか」



 ヴァンパイアは僕の方を抱きながら呟いた。



「私は救いたいのだよ。この国を、この国に住む人々を、この世界に来てしまった君を、救いたい気持ちは揺ぎ無い私の本心だ。当然、それなりの報酬は貰っているがね。その為には、月からの使者だけが持つ君の力が、知識が、私には、いや、私達には必要不可欠なのだよ。だから、助けた借りを返せとは言わない。手伝えとも言わない。手伝って欲しいのだよ」



「手伝って欲しいといわれても、そんなもんで受け入れるほど、順応力高い人物じゃないんですけど」



「それぐらい知っているさ。だから、お願いしているではないか」



 ヴァンパイアはパイプ煙草を咥えながらニヤニヤと微笑みながら続けた。



「しかし、良く考えて欲しい。君は私の恋人なのだ。とっさに付いた嘘だったとは言え、ね。……ああ、君が私を離れるであれば、ショックであらゆる噂をお嬢様に言ってしまうかもしれない。例えば、そう、嫌がる私を無視して、強く、乱暴に抱いて来たと言うのに。耳元で愛について語ってくれたときは、久々に胸がときめいたというのに。私の恋人はそんな私を忘れて、他の女に移り変えようとしているとか。変なことを口走るかもしれない」



「……そんなこと言われたら、捕まえられるかもしれないんですけど」



「私が知っているお嬢様であれば、捕まるなどと言った穏便な方法を取らないかもしれないな。兎に角、彼女には恋人と紹介してしまったのだ。一週間ぐらいは私と共にした方が懸命な判断だと私は思うがね」



 そんなやり取りをしている内に、僕達はヴァンパイアの住処に辿り着いた。



 一言で片付けるなら豪邸。それも大が付く豪邸である。

 彼女曰く、「元々は有名な貴族の住居だった」らしく、外装は当然の如く内装も立派だった。召使が使っていたであろう部屋や全ての角度から庭園を見渡せるサンルーム、広々とした豪勢な食堂、膨大な数の古書が収めてある図書室、等々。

 特に、最後に案内してもらった談話室が凄い。

 高級な素材を使ったテーブルやソファー、シャンデリアといった備品もそうだけど、何より一面をガラス張りにした窓だ。そこから見える夜景はロックスフォードを見渡すことが可能で、街の支配者になった気分にさせた。流石は貴族様の住居だった大豪邸である。



 そんな場所に、僕一人ぽつんと取り残されていた。


 何故か、取り残されていた。


 取り残されてしまった。



 ヴァンパイアは僕を置いて何処かに行ってしまった。着替えてくると言って数十分経とうとしているが、そこまで時間が掛かるものだろうか。

 確かに女性の着替えは男性と違って長引くと聞く。長ければ長いほど良い女性だと聞く。更に、遅れて来るほど、綺麗で可愛らしい姿で現れるのだとも聞く。

 だとしても、些か遅過ぎではないだろうか。異性と接する機会など皆無であった僕から見てもそう思う。これが普通だとは考えにくい。

 ただ、此方から向かおうにも、彼女の部屋――でなくても、この館を把握した訳でも無い。つまり、僕は待つことしか許されていなかった。


 不意に扉が開く音が聞こえた。


 顔を上げて視線を向けると、ヴァンパイアの姿が目に映る。



 現れた彼女は何故か妖美な姿に変わっていた。

 服装は黒いドレス姿のままであったけど、何もかも見通すような目、血より赤い唇、雪のように白い肌、それらを強調するように化粧が施され、まるで、これは僕の勘違いだと思いたいけど、何かを誘っている風に見えてしまう。

 僕は、その姿に、思わず生唾を飲んでしまった。



「ああ、すまない。報告が予想以上に遅れてしまったよ。せめて、君に紅茶を配って欲しいとニコラに頼んだのだが、逃げ出すかと思われたらしくて、言っても聞いてくれなくてね。本当に申し訳ない」



 平然とした様子で近付く彼女の後ろに、そのニコラだろう、従者が付いていた。



 彼女はヴァンパイアと比べたら、明らかに彼女の方が年上に見える。

 男性から見れても長身で、すらりとした体格、太陽が反射しているみたいに光る金髪は邪魔にならないように短く纏められ、その知性で溢れていそうな顔立ちと、メイド喫茶の従業員が着ていそうなスカートの丈が短いメイド服が、程よいバランスで似合っている。

 それだけなら綺麗な女性、又はエロチックな女性だけで終わる。

 けど、彼女の頭と尻に犬の耳と尻尾が生えているのだ。多分、亜人の獣人の一つ、犬人なのだろう。頭の上の部分には犬の耳がピンと立ち、スカートの下からは尻尾を覗かせている。一瞬、一風変わったアクセサリーの類だと思ったけど、それを否定するように、耳と尻尾がゆらりゆらりと動いていた。



「良い趣味しているだろう? 私の趣味で着させている」



「だったら、ヴァンパイアさんが、着れば良いんじゃないですか?」



「私が着ても意味が無いだよ、ああ言う服は。ニコラのような容姿が整った人物が着るべき服なのだ。決して、私のような日陰者が楽しむ服ではないのだよ。それに何だい? その畏まった敬称は。私達は恋人なのだ。呼び捨ての方が良いだろう」



 ヴァンパイアは肩を竦めながら言う。


 ふと、変な視線を感じた。


 それが気になって、チラリと覗いてみたけど、ニコラしかいない。



「私よりニコラが気になるのかい?」



 分かっていて言っているのだろう。ヴァンパイアは笑みを浮かべて尋ねてくる。



「別にそんなんじゃないよ。ただ、間近で、亜人を見るのは初めてだっただけ」



「勿論、分かっているさ。だからと言って視姦プレイは納得しかねないがね」



「視姦プレイって、そんなんじゃないんだけど……」



 などと言っているうちに、ニコラが配膳に乗せていた珈琲を配って行く。



 今まで嗅いだことがない上品な珈琲の匂いだ。そのカップに手を伸ばして飲んでみると、ほのかな酸味はあるけれど、しつこくもなく、その気になれば何杯でも飲んでしまいそうな濃い味。それも気が付けば飲み干してしまいそうな味だ。



「美味しいだろう? ニコラは目利きが良いのだよ。自慢の家族だ」



「有難う御座います」



 ヴァンパイアの後ろに控えていたニコラは目を伏せながら言葉を述べる。



「おっと失礼。彼女がニコラで、私の従者で家族の一人だ。見ての通り、犬人だ」



「ニコラです。ヴァンパイア姫様の従者をさせてもらっている者です」



「ど、どうも」



 僕はお辞儀をしながら言う。


 しかし、彼女は微動だにせず、ただ平然とした様子で僕を見続けた。



 沈黙が訪れる。ヴァンパイアの方は珈琲の味を楽しんでいるのか、それとも、これが彼女にとって普通なのか、ただ口元でカップを傾けていた。僕もそれに見習って飲むけど、やはり彼女の視線が気になってしまう。



「やっぱり、彼女が気になるのかい?」



「まぁ、はい」



 歯切れ悪く返事をしてしまう。



「ふーむ。此処は両者の緊張を解すため、もう一度、一興を演じてあげようじゃないか」



 対して、彼女はカップをテーブルに置き、とんでもないことを口走るのであった。



「そう言えば、紹介が遅れてしまったな。彼の名前はリューノスケ・トードー。私の未来の旦那様だ」



「「……えっ?」」



 恋人ではなく旦那。


 仲間から恋人、更に一段跳んで旦那様。


 ヴァンパイアの発言に、僕とニコラは変な声を出してしまう。

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