表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
濃霧都市の夜宴/吸血姫の恋人  作者: 真剣狩る戦乙漢ゆ~ゐ
第一幕  貌がないジャバヴォック
4/20

“彼女”と蒸汽文明

 今更ながら、異世界転生・転移ものには、暗黙のルールが存在する。


 御約束の展開。


 奇天烈な力。


 異世界。


 主人公。


 この四つを、今更ながらと思うが、順に書き記して置こうと思う。



 まず、御約束の展開とは、死に様だ。



 通過儀礼と言っても過言ではない。

 最初期における主人公の命はモブキャラの命よりずっと軽く、アニメーションでは物語開始から十分ぐらい、原稿用紙では三枚ぐらいで死ぬことである。僕の場合は五枚以上であったが。

 兎に角、その死に様は無駄にバリエーション豊かで、定番である『トラックに轢かれる』の他、『穴に落ちる』、『通り魔に刺される』、『遭難してしまう』、『火事に巻き込まれる』、『怪しげな魔法に掛かる』、『ロボットに踏み倒される』、『エイリアンに生体実験される』等々。

 生前、嘗て作家を志していた身から言えば、大変便利な導入であるが、蒸汽の大量吸引によるショック死と言うのは、些か強引であると言いたい。



 次に奇天烈な力とは、神様、或いは女神様から縛られない多種多様な力――所謂、チートとやらを授かることだ。



 これに関しては、物語に登場する神様達の力量によるが、最初に書いた通り、物理法則を嘲笑う状態変化、特殊な才能の開花、ぼくがかんがえたさいきょうのぶき、現代兵器を生み出す能力、果てはブサメンからイケメンに変化する能力などである。

 僕の場合は神様に会わず、結果的に能力を手に入れた訳だが、はっきり言ってしまうと、微妙な能力である。

 ただ、あのとき出会った神様らしき老人には、やり直しを要求したい。



 次は肝心の舞台となる異世界についてだが、此処だけ僕個人の意見を述べさせて貰う。

 異世界とは、物語の犠牲者だ。



 想像を絶する数が存在する世界の一つが、神様か女神様の気まぐれによって選ばれ、唐突に主人公を不思議な力で召喚するのだ。中には吟味した上で、その世界に召喚するのもあるかもしれない。

 が、選ばれた世界とっては厄介事を押し付けられたようにも考えられる。

 ただ、今回、犠牲となった世界は少々特殊であるため、お相子だろう。



 主人公ついては後で語るとして、だ。


 僕が何が書きたいかと言うと、だ。



 この四つ中、三つを僅かながらも味わった、あの瞬間から、僕の物語が本格的に始動した。 






 目覚めると、またしても見知らぬ場所にいた。それも、今度は横たわっていた。



 とてもとても小さな部屋だ。

 足を十二分に伸ばすことが出来ない広さであるけれど、此処にある数少ない装飾品のどれもが豪華な造りである。

 今、僕が使用しているソファーは、横たわっているとは思えないほどフカフカで、こんな状況でなければずっと座っていたいと思ってしまう。僕の両端にあるカーテンには匠の手によって縫ったであろう細かな刺繍がしており、照明らしい器具やドアノブに至っては銅ではなく金が使用してある。

 あまりにも小さな部屋でありながら豪華な場所であったため、「どうして、僕はこんな場所にいるのか?」と思うより、「此処は何処なのか?」と思ってしまう程だった。



 しかし、僕の対面にあるソファーで眠っている“彼女”は誰だろうか?



 僕は上半身を起こして、“彼女”を見た。

 “彼女”は僕の様にソファーに蹲って寝ている。

 歳は僕と然程変わらない、と思う。まだ成人しきっていない顔立ちではあるけれど、これに関しては何となくだが、僕と同じ成人した外国人だと言うことは分かる。腰の高さまで伸ばした黒い髪は、何らかの技法を使って染めたと思うほど色が濃い。

 もし胸が規則正しく動いていなかったら、もし御行儀良く座っていなかったら、あらゆる可能性を重なり合えば、腕の良い職人が作り上げた西洋人形と見違えていたかもしれない。

 勿論、それだけではない。

 この豪華な部屋に相応しい上品な装身具、その髪と同じ漆黒の上着、深々とした帽子、綺麗な革靴――此処まで書くと、この美少女が何者であるのか誰でも分かるだろう。

 はっきりと言おう、あの亡霊とか言う怪人が着ていた服と一緒だ。そして、“彼女”が亡霊だ。



 ゆっくりと、ゆっくりと、美少女の瞳が開かれる。



「そう見つめられると、照れてしまうではないか」



 宝石でも埋め込んでいるかのような紅い瞳で僕を見ると、にっこりと笑った。



「しかし、君はどう言う風に育ったんだい? 私も貴族だったとは言え、それなりに裕福に育ってきたが、君みたいに恵まれた体に育たなかったぞ? そのせいで死に掛けた君を担ぎ、ここまで来たのは大変苦労だったよ」



 そう言いながら“彼女”も上半身を起こす。

 欠伸を漏らしつつ背伸びする“彼女”の姿は、無防備過ぎるではないかと僕が不安に思うほど。

 しかし、“彼女”はあまり気にしていない様子と口調で話を続ける。



「まぁ、そんなことは君にとってどうでも良いか。今、君にとって必要な情報は私が誰であって、此処が何処であるかだな。改めて挨拶させてもらうが、私が亡霊である。ただ、この身なりをしているときは、ヴァンパイアと呼んでもらえると嬉しい」



「ヴァンパイア?」



「そう、そのヴァンパイア」



「あのヴァンパイア?」



「君が誰を指し示しているのか分からないが、多分、それで合っているだろう」



 自らをヴァンパイアと名乗った“彼女”は、怪しげに微笑んだ。


「仮初の姿と言え、怪人の正体が、このような小娘であるのは、亡霊のファン達の機嫌を損ねてしまいかねない。特に、この姿での友人でもある、お嬢様は失神しかねないだろう」



 その時の僕は、多分、呆然としていたと思う。

 あの亡霊とか言う怪人の正体が美少女だったことは、正直、どうでも良い話で、あの夜に起きた悪夢のような数々の出来事に頭が追いついてなくて。

 だから、返事も適当に返してしまったかと思う。



「次に場所に関してだが、此処は合流地点だった一番炉『バベル』の近くで停車している私が保有している馬車の中だ。此処であれば、人目を気にせず、ゆっくりと寛げれるからな。おおっと、そんなことより君の自身のことだな。その様子だと、無事に生還……いや、転生と言うべきか。それが無事に終えたと見えるが、痛むところはないか? うん? 君は丸一日寝ていたのだ。眼や肺が痛いとか、手足に力が入らないとか、何か支障を来たしているのであれば、何でも言いたまえ。因みに体が凝ってしまったとかは無しだ。私もだからな」



「べ、別に痛いところは無いですけど――」



 そう言いかけたところで違和感を感じる。



 僕が僕の声では無かった。別に喉が痛いとか力が入らないとかでもない。

 まるで、ボイスレコーダで僕の声を聞いているかのように感じる声。

 思わず、喉に触れて確認してみるも、ひんやりとした手の冷たさを感じるだけだった。



「あまり触れないほうが良い。今は喉が蒸汽に慣れていないだけだ」


 ヴァンパイアは言葉を遮るように、左手で喉に触れていた手を触れようとした。



 触れた、のではなく、触れようとした。

 何故、過去形ではなく未然形であるのは理由がある。

 その手は悪魔とか呼んでいたあの化物の心臓を刺した手である。

 それをフラッシュバックしてしまった僕は驚き、偶然にもドアノブに触れ、掛け布団代わりなっていた黒いマントと共に、外へ放り投げ出されてしまったからだ。



 かなり痛い。


 顔面から勢い良く突っ込んだのだ。


 痛くない訳がない。


 痛みを訴える顔を覆いながら見渡すと、あのとき居た場所と似た場所であった。



 頭と体は違うと理解はしている。

 あらゆる汚れをぶちまけたレンガ造り建物が無ければ、鼻がひん曲がってしまう刺激的なあの悪臭もしない。配管だって複雑な造りになっていない。目や肺だって痛くも何ともない。

 けど、どうしても、あの死の駆け引きを、恐怖を、亡霊を、あの夜に起きた数々の出来事を、鮮明に思い出してしまう。



「体は大丈夫そうだが、心は傷を負ったまま、か……」



 ヴァンパイアは馬車から降り、恐怖で震える僕を起き上がらせようと手を掴んだ。



「残念ながら私達が出来るのは体の治療だけで心の治療は専門外だ。心を治療できる才能センスがあれば、今すぐにでも治療してあげたいがね。それは自分の力で何とかすることだ」



 その手は僕の手より綺麗で繊細で冷たく、けど、何処か心強く感じる。



「私達? 才能?」



「その話は長くなる。今度こそ、道中にしてあげよう。それも、ゆっくりとな」



 ヴァンパイアは僕を起き上がらせると馬車へと戻らせる。



 彼女の方はスグには戻らなかった。

 一瞬だけ前の方へ行き、多分、従者がいるのだろうか、二言三言従者に伝えてから馬車に戻る。

 それから後ろの壁に二回ノックすると、それが合図だったのだろう、馬車は動き出した。



 ガタリ、ガタリ、と。車輪を回して、前へと進む。


 サスペンションを備えていないけど、その分、ソファーが振動を吸収してくれる。



「さて、何処から説明すれば良いのやら、分からないな」



 ヴァンパイアはそう言って苦笑した。



「いや、まずは君……ええっと、月からの使者よ、君の名前は?」



「東堂、龍之介ですけど」



「では、トードー、いや、アジア系の君の場合は、リューノスケ……うん、リューノスケ、良い響きだ。リューノスケの話から聞きたい」



「僕の話ですか?」



 僕が不安げに聞くとヴァンパイアは何故か自信満々で頷く。



「此処の世界を理解するのは、此処のカーテンを捲るだけでも十二分に分かるのだが、君の世界を理解するには、君の話しか分からない。これでは君が何を知っていて、何が分からないのかを分からないではないか。まさか一から全部説明しろとか野暮なことさせる気ではないだろう?」



「そ、そんな、いきなり、聞かれても……」



 僕は、当然、困惑した。何処から何処まで、説明すれば良いのか分からない。



「それはそうだな。そんなこと聞かれたら私だって困惑する」



 なら、何故、そんな質問をした。思わず口から出掛かった言葉をグッと堪える。



 そんな僕の表情を見たヴァンパイアは笑いながら、懐から取り出した黒いパイプ煙草を咥えて、こう言った。



「では、こうしよう。順番が逆になってしまうが、先にカーテンを開けたまえ。今から君の目に映る光景は、希望を与えるかもしれないが、ひょっとしたら、絶望を与えるかもしれない。が、君は月からの使者だ。私の杞憂に終わるだろう」



 僕は怪しげに睨むと、渋々と言った様子で僕から見て左側のカーテンを開ける。





 その光景を未だに覚えている。その、あまりにも斜め上の光景で驚いた。



「これが世界に誇る蒸汽都市、ロックスフォードの夜景だ」



 カーテンの先に待っていたのは、正に異世界の夜景、であったからだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ