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濃霧都市の夜宴/吸血姫の恋人  作者: 真剣狩る戦乙漢ゆ~ゐ
第一幕  貌がないジャバヴォック
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初めての夜と亡霊(上)  2

 女性と言うより十代半ば辺りの少女だ。

 身長は距離が離れているためはっきりと言えないけど、まだ少女らしさが残っている活発そうな顔立ち。肩に軽く当たるほどに切り揃えている炎のような赤い髪。分不相応に感じてしまう皺だらけのトレンチコートと帽子。まるで一昔前のハードボイルド小説――を真似たライトノベルのヒロインを彷彿させる格好。

 唯一違いがあるとすれば、その少女の両手で構えている回転式拳銃、所謂、“リボルバーに近い何か”だ。



 それは画像や映像で見たものより一回り大きく、かなりゴテゴテとしている。



 弾丸を込めるシリンダー。

 引くとハンマーが下ろされ弾丸を叩くトリガー。

 弾丸の通り道であるバレル。

 一見すると普通のリボルバーである。

 では、何故、“リボルバー”ではなく、“リボルバーに近い何か”と表現するか。

 目を凝らして見れば分かる。それに纏わり付いている配管が壁にしがみ付くツタのように絡み付き、別物に見えてしまうからだ。



「奴らだ。それも、よりにもよって、お嬢様が来てしまったか」



 亡霊はお嬢様と呼んだ少女を無視し、僕の耳に近付いて小声で語り続ける。



「私の話を注意深く聞いて欲しい。一度しか説明できない。状況は思っている以上に最悪に近い。彼女はトルーラブ警部補と言って、生真面目で癇癪持ちの私のファン(ストーカー)だ」



「ちょっと、ちょっと! 無視しないでよ!」



 トルーラブは顔を赤くして大声で言うも、亡霊は聞いていない様子で話を続ける。



「それで、だ。何が言いたいかと言うと、私が合図したら、バベル……街の中心にある蒸汽炉……いや、一番高い塔に向かって走って欲しい。上手くいけば私の仲間が待機しているはずだ。運がよければ、私が拾ってあげよう。出来るかな?」



「ちょっと待って! 僕はまだ君と同行するとは言っていない!」



「だーかーらー! 無視しないでって言っているでしょ!」



「君はまだそんなことを言っているのかい? 流石は月からの使者と言ったところか。いいかい? 不本意とは言え、君は巻き込まれてしまったのだ。賽は既に天高く投げられている。私も君も受け入れるしかないのだ。ただ、君がどちらを選ぶにせよ、死にたくなければ出来るだけ黙っていることだな」



「いいわ! この私を無視して話を進めるんだったら、こっちにも考えがあるわ!」



「時間がない。好機は私が作る。それまで何が起きても合図を待て」



 亡霊はそう答えると静かに立ち上がっては後ろへ振り返った。


 警察と怪人の両者は対峙する。


 言葉にすると、どちらが悪役なのかは語るまでもない。


 だが、亡霊の言葉を借りるなら、彼女は奴らの一人らしい。


 そう思うと、気が抜けない相手だった。



「これはこれは、トルーラブお嬢様。本日も大変ご機嫌斜めのようで」



「一体誰のせいで不機嫌だと思っているのよ! 毎晩毎晩、懲りずに懲りずに、私を困らせて! 私の身になってほしいわ!」



「それは失礼。しかし、私はしがない怪人。お嬢様に仕えるのが仕事ではなく、人間を困らせるのが仕事なもので、何卒、ご理解いただきたい。それとも私自らがご教授しましょうか?」



「冗談! アンタに教えてもらうことは何もないわ。代わりに、この私が、この国の法律をみっちりと教えてあげるわ。勿論、アンタの友達も一緒に、冷たい牢獄の中でね」



「待った。アンタの友達って、僕のこと? 失礼だけど、こんなのと一緒にしないで欲しい。僕は巻き込まれただけだ」


 紳士的な態度で応える亡霊。

 対して、子犬のように吼えるトルーラブ。


 一方、いきなり話を振られた僕は慌てながら否定する。



「じゃあ、何故、その、こんなのと一緒にいるのよ?」



「それは……」



 彼女からの鋭い眼光と言葉に言い留まってしまう。



 何も言えなかった。

 亡霊が言っていた真実を語ろうにも、自身について語ろうにも、果たして信じて、いや、きっと信じてくれない。「僕は異世界転移者です」などと、ほざく野郎を一体誰が信じてくれるだろう。

 亡霊は例外だったとして、少なくとも、僕は信じない。

 それに異世界転移者――月からの使者は嫌われていると聞く。

 もし、いたとしても、精々、頭の構造が少々違う狂人ぐらいだろうか。



「まぁ、どちらでも構わないわ。捕まえてしまえば、あとで白黒分かるもの」



「……」



 何故か自慢げに述べる彼女の対処法に絶句してしまう。



 そもそもの話だ。一部しか見ていなかったとは言え、どっからどう見て、僕が亡霊の友人だと思ったのか。

 とても、とても失礼ながら、その目は節穴なのかと言いたいぐらいだ。


 ……当然、僕には、そんな度胸はない。こうして日記に記すぐらいが関の山だが。



「それはとても困る。彼はこれから勉強会ではなく御茶会に参加するのだ」



 しかし、亡霊は少しだけ、ほんの少しだけ困惑した声音でこれを否定した。



「お嬢様。私と彼に用意するのは、殺風景な牢獄と無駄ばかり記した法律書と険悪な友人ではない。優雅なサロンと質の良い紅茶と仲の良い友人だ。次回から気をつけたまえ」



「大した度胸ね。まるでこの私から逃げ切れる言い方」



 亡霊の返答にトルーラブの表情と銃口が僅かに動く。“リボルバーに近い何か”の撃鉄を起こす際、一瞬だけムッとした表情を浮かべており、表情と銃口は述べるまでも無く亡霊に向けられていた。



「当然だろう? 既に私の従者が、暖かい紅茶と出来立ての御菓子を用意しているのだ。冷え切った残飯と紅茶はトルーラブ警部補――君一人で楽しむが良い!」


 瞬間、亡霊は駆ける。




 言い終わると同時だった。


 まるで撃鉄に叩かれて飛び出していく一発の銃弾。


 素早く身を屈みながらトルーラブ警部補の元へ走る。


 暗闇の中、一筋の閃光を力強く描くように。


 はやく、


 早く、


 速く、


 素早く彼女の懐へ。


 遅れて、トルーラブは躊躇い無く引き金を引き絞る。


 が、遅い。


 亡霊が持っていた杖により下から叩かれ、銃弾は明後日の方向へ向かう。


 それだけでは終わらない。



 終わらせない。



 亡霊は勢いに任せ、彼女の腹部に組み付いた。


 対応しきれない彼女は当然の如く倒され、背中を地面に強く叩き付けられる。


 それを亡霊は見逃さない。


 即座に彼女を馬乗りして、上半身の自由を奪った。



 正しく怪人の所業である。

 悪魔を倒したときに分かっていたが、人間と比べものにならないほどの速さ。

 トルーラブが油断していたとは言え、杖一つで両手を払いのける力強さ。

 戦闘の素人である僕でさえ、どれだけの実力差があるのか知ってしまう、この一瞬の攻防。

 流石は自らを亡霊と、怪人と名乗るだけある。



 勝負あり。此処に雌雄は決した。




「このっ! 離れなさいよ!」



 しかし、トルーラブは諦めない。頬を僅かに赤く染めながら叫ぶ。


 それだけではない。もう一度、撃鉄を起こし、再び狙いをつけようとしている。



「お嬢様。貴女の美点は諦めないことだが――」



 亡霊は梟のように首を傾げながら、先程と変わらない口調で語りかけ、



「ときには諦めることが大事だと私は思う。如何だろうか?」



 それを良しとしなかった。

 両手で押さえ込んでいた片手に力を込める。



 トルーラブの表情が歪んでいく。想像以上に痛いのだろう。

 それでも頑なに“リボルバーに似た何か”を離さないのは、今夜こそ亡霊を捕まえると言った意志の現われなのかもしれない。



 何にせよ、あと数十秒も経てば、両手が緩んでいくだろう。



 ただ、亡霊の方にも問題があった。



 それはトルーラブは恐ろしく運が良かった点である。






 突然、亡霊の背後から大量の蒸汽が吹き付けれられた。


 それも、ちょっとやそっとの蒸汽の量ではない。


 滝から流れ出る水のような量だ。






「くそっ!」「なにこれ!」



 亡霊とトルーラブは同時に声を上げた。


 発生源を目で追うと、とてつもなく大きな配管から吹き出している。



 思い返してみると、丁度、トルーラブ警部補が放ってしまった弾丸が当たった場所だ。撃ち放った彼女から見て、その彼女を庇うような形で受けてしまった亡霊から見ても、予期せぬ不意打ちである。



 大量の蒸汽が世界を覆う。


 この薄汚い通路や、


 僅かに見える星空、


 そして僕も。


 何も見えなくなった。


 真っ白な蒸汽と共に何かを熱する音が支配する。


 目が痛かった。


 肌も痛かった。


 呼吸する度に、肺が焼けるような痛みが走った。


 その度に、腕に、脚に、力が入らなくなって行く。


 ……此処から先は、あまり覚えていない。


 ……呼吸するだけで精一杯だった。



「まったく、お嬢様は相変わらず良い運の持ち主だ。この気に乗じて逃げていったよ。その速さと判断の良さは、私より怪人に向いているかもしれない」




 程なくして、亡霊は――、


 いや、“彼女”は、僕にこう言ったらしい。




「それにすまない。蒸汽が有毒であることを伝え忘れていたよ。仲間から良く言われているが、この癖は、もう一度、死なないと治らないようだ。まだまだ、本当に死ねないがね。それに、無粋で手荒い形になってしまったが、これで君も怪人の仲間入りだ。運が悪ければ、このまま死んでしまうが、月からの使者は総じて豪運の持ち主と聞く。心配しなくても、君は私達の同志だ」



 ……こうして、僕は一度死んだ、ようだ。

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