役者と監督 1
「彼女の痛いしい姿を見るのは見るに耐えないだろう?」
本当はジェーンに付き添いたかった。目覚めた彼女に謝りたい。彼女にああなったのは僕のせいだと言われたい。或いは誰かに、僕のせいだと、責められたかった。
「心配すること無いさ。彼女がああなるのは、いつものことだ」
部屋に戻る前に優しく諭してくれたヴァンパイアの言葉が、とてつもなく重く感じる。あれからやっとの思いで屋敷に戻ることが出来た僕達はボロボロだった。満身創痍だと書き直してもいい。ハルは片腕が折れ、ジェーンは腹部に前脚を貫かれたまま。僕は奇跡的に打撲程度で済んでいるけど、――僕自身で言うのもアレな話だが、精神的にやられてしまっているため、無傷な人間は誰一人もいない。僕のせいで半壊だった。
だから、僕はそれは違うと言いたかった。
「なんであれ、リューは休むといいさ」
でも、言えなかった。何故ならば、それより早く、ヴァンパイアとニコラは手馴れた様子で、彼女の部屋に入ってしまったからである。それも、念を入れるかのように鍵まで掛けている。言えなかった僕は、ハルに引っ張られるように今朝いた部屋に戻された。
しかし、その一方、心の奥底で、何故かホッとしている僕がいた。
思い出すだけで、僕はつくづく屑だと思い知らさせる。何故ならば、ジェーンが助かると言う安堵からではなく、その台詞を言わなかった僕に対しての安堵であるからだ。そう、可笑しな話だが、その言葉を言ってしまうと、僕の責任であることを認めるような感じがして、胸を撫で下ろしている僕がいる。
ベッドの上で横になっている僕に、もう一人の僕が何度も囁く。
まるで現実逃避させるように。僕は頑張った。出来ることをした。やれる範囲のことをした。あれが今の僕に出来る最高のベストだ。だから、僕は頑張った。まるで言い聞かせるように。
「困るんだよねェ。僕の主人公が、その程度でクヨクヨしちゃったらサ」
そんなときにアイツが、僕の元にやって来た。
何故僕を選んだのか。
こんな僕に何をさせたいのか。
それを知ったのも、そんなときだった。
「このままで良いんだヨ。どんな手段を持ちようが、どんな犠牲を払おうが、僕が出す問題さえ解決してくれれば、ネ。ほら、ヴァンパイアも言っていたじゃないカ? ジェーンがああなるのは、いつものことだって、ネ。だから、気にしなくても良いんだヨ」
何故か聞き覚えのある声に我に返ると、既に夜中であった。
いつの間にか寝てしまっていたようだ。この部屋には時計が無いから、どれぐらい寝ていたのか分からない。けど、昼前には此処に戻ってきたから、最低でも八時間ぐらいだろうか。ジェーンやハルと比べたら大したことではないのに、それなのにぐっすりと寝てしまった自分に呆れながら、先程の声の主を探そうと暗い部屋を見回した。
「その様子だと大変気に入ってくれたようだネ」
誰かが僕に語りかける。誰もいない。人がいる気配もない。僕はその声に驚きながら、すぐに振り返ったけど、同然の如く誰もいない。視線の先には長いこと磨いていないであろう窓しかなく、その窓には中庭の一部と、薄らと僕が映っている。
「やァ! 僕の主人公! この世界は気に入ってくれたかイ?」
「だ、誰だ?」
「誰だ? 君を僕の主人公にキャスティングした本人サ」
僕の質問に、誰かが答える。それにより、その誰かが誰であるのか僕は知ってしまった。相手は目の前に居た。厳密に言えば、目の前の窓に薄らと映っている僕だった。もう一人の僕が、不気味に微笑みながら答えている。
「キャ、キャスティング?」
「そウ、キャスティング。無類の強さで悪漢共を懲らしめるヒーローとしテ。君を此処に呼んダ――つもりだったんだけド、この世界に何十、何百の異世界転移者を連れて来た中でモ、あまりにも無頓着デ、無能デ、何よリ、僕の主人公らしくないのは初めてだヨ」
そう答えると、もう一人の僕は、今でも涙を流しそうな表情を浮かべた。
「かっこよくテ、能動的デ、強くテ、幸運の持ち主デ、素晴らしい主人公。それを演じさせる為ニ、あらゆる手段を用いテ、お膳立てをしたつもりなのニ、ここ数日の君ハ……あア、何と情けなイ。かっこわるくテ、受動的デ、弱くテ、薄運の持ち主デ、全然らしくない主人公。これじゃア、苦労して連れて来た意味がないじゃないカ……」
「いや、ちょっと待て。苦労して連れて来た?」
僕は、もう一人の僕に尋ねる。今、僕は才能とかのヘンテコな力で幻覚を見せられていて、誰かが面白可笑しく答えているだけかもしれない。それとも、実は寝ていて、全くの嘘っぱちな話を聞いているだけかもしれない。だけど、そのどちらとも思えない感覚を確かめるように、僕は彼に聞く。
「あア、連れて来タ。この僕が君を連れて来タ」
「君が僕を、こんな世界に連れて来た元凶?」
「元凶とは人聞きガ、いや、人聞きであっているカ。でモ、お陰と言って欲しイ」
「じゃあ、その、僕の姿をした君は?」
僕はもう一人の僕がいる窓に恐る恐る近付く。幻覚にしろ、悪戯にしろ気味が悪い。兎に角、窓に映っている"誰か”は、僕の姿で歓迎するかのように両手を広げながら、ゆったりした足取りで近付いて来る。
「神様だヨ。もっとモ、君ノ、ではなク、この世界ノ、であるがネ」
僕の姿をした神はそう言った。これは幻覚ではない。そして、僕が狂っている訳でもない。どう言う理屈で窓の向こう側に、いや、窓の中にいるのか分からないけど、あそこに自らを神様と名乗る誰かがいる。その真実を知ってしまった僕は驚愕し、背中から倒れてしまった。
そんな僕の姿を見た神様は、ゲラゲラと下品な笑い声をだす。
「そんなに驚かなくても良いじゃないカ。君の姿なのは僕なりの気遣いだヨ。窓に見知らぬ神様……見知らぬ人間が映っていたら怖いだろウ? それニ、万が一、誰かに見られたとしてモ、この状態だト、君が狂っている風にしか見えなイ。一番安全な方法だネ!」
「……」
無言でそんな姿を見続ける僕に、気にしない様子で話し続ける。
「おっと、心配しなくても良いヨ。本来なら登場しない予定だったんだから、用が済み次第、さっさと帰るつもりサ。その用ってのガ、こんなんになってしまった現状を打破する為だヨ。君の世界風に分かりやすく言うと、テコ入れってやつだネ」
そして神様は付け加える。「だかラ、役割的ニ、僕を監督とでも呼びたまエ」と。
始めは何を言っているのか分からなかった。この世界に来てから、何もかも驚かれされっぱなしだったけど、その中でも群を抜いて驚いたからである。それも、こうなった原因は自分であると。だからとは言わないけど、時間が経過する度に、怒りが沸々と湧き上がってきた。
「何で……」
「うン?」
「何で僕を選んだんですか?」
残っていた理性で怒りを抑えて尋ねる。
「だから最初に言ったじゃないカ。無類の強さで悪漢共を懲らしめるヒーローとしてっテ。それに付け加えるとしたラ、僕が思い描いたヒーロー像に一番近かったと答えるけどネ」
「それだけで……ッ!」
僕は四つん這いで窓に近付くと窓枠を掴む。
その時の僕は般若にも勝る怒りの表情を浮かべているはずだ。けど、窓に映っている僕――監督と名乗った僕の姿をした神様は、ちょっと驚いた表情を浮かべているだけ。まるで、他人事である、いや、彼からしたら完全に他人事であるが、そんな表情を浮かべている。それが腹立たしく感じて、余計苛立ってしまう。
「それだけっテ、それだけだヨ。だっテ、暇潰しなんだかラ」
「暇を潰すぐらいなら、悪魔に襲われている人達を救ったり、助けたりしろよ! それだけでもやることあるだろう! そもそも、暇だからって理由で、巻き込む神がいるか!」
「いるサ! ここにナ!」
僕が浮かべれる表情とは思えない、凄く歪んだ笑顔で監督は答えた。
その笑顔に僕は、言葉には表せないほどの恐怖を感じ、怒りが冷える。
「兎に角、僕を楽しませてくれヨ。じゃないト、色々とめんどくさいんだよネ。君を片付けないといけないシ、ヒロイン達も片付けないといけないしイ。それ以前にシナリオを書き直さないト……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。僕を片付ける? それにヒロイン達を片付ける?」
「当然だろウ? 使えないんだかラ」
監督はそう答えながら椅子に座る。先程まで、窓枠的に、監督は窓の中と言う檻の中にいるのではないかと思っていたが、この当然のように呟いた監督の一言により、監督ではなく僕が檻の中にいるのではないかと思ってしまった。何を言っているのか未だに理解に追い付かない僕を放って置いて、監督は変わらない様子で続ける。
「ほラ、君達人間は言うじゃないカ。使ったラ、片付けル、テ。出しっぱなしは駄目だっテ。それと同ジ。使えないんだったラ、片付けないト。勿論。神の元、僕の元に魂を返して貰うって意味だけどネ」
「……」
聞かなくても分かってしまう。この神様――いや、人の命を弄ぶ相手に敬意を示さなくても良い。神が言っている「片付ける」とは、「殺す」と同義であると。そして、僕が頑張らなければ、僕は勿論、ヴァンパイア達を殺すと。そう言っているのである。
「勿論、信じる信じないは君の自由ダ。あまりにも馬鹿馬鹿しい内容だシ、信じてもらえるとは思ってもいないシ。でもネ、でもネ。これからの言うことを信じて貰えるなラ、僕は君を助けようと思ウ」
「助ける? だったら、初めから助けて欲しかったんだけど」
「それは駄目、駄目駄目ダ! 当初のシナリオから大きくはみ出してしまウ!」
監督はワザとらしく大げさに否定してから話を続けるのであった。
「取り合えズ、聞いてから判断すれば良いサ。難しい話じゃないサ。これからヒロインは依頼を済ませようとするんダ。それに君も付いて行って欲しイ」
「で、あの悪魔を倒せと?」
「そのとおーリ!」
「いや、それは無理だろう」
即答である。我ながら見事の速さだったと言っても良い。僕は言う。
「あの悪魔だぞ。行くにしろ、行かないにしろ、死ねって言っているような――」
「僕はそうは思わないヨ。何セ、一番強く設定していあル。けド、ただ強いだけじゃ面白くないかラ、色々と条件を加えさせてもらったけどネ。僕の指示に従うんだったラ、その条件を緩めてあげるヨ」
僕の言葉を遮るように、監督が答えると同時だった。監督が映っている姿が、違う、監督がいる世界が歪んでいく。その異変は監督自身も感じたのだろう。ちょっと驚いた様子で辺りを見回すと、何処か納得した表情で溜息を付いた。
「あーア、時間切れがきちゃったヨ。兎に角、これからハ、もっト、能動的に動いて欲しイ。そうすれバ、僕にとってモ、君にとってモ、良い事になるヨ」
「おい! 逃げようとするなよ! 僕を、元の世界に――」
「大丈夫。ちゃんと戻してあげるサ。僕の物語が終わった後でネ。おっとト……」
監督が座っていた椅子がぐにゃりと揺れて立ち上がる。それから何をするのか見守っていたのだが、椅子を元の位置に戻すと、ふら付いた足取りで扉へと向かって行った。彼と出会うのは、これで最後かもしれない。そう思って、口を開こうとしたのだが、それより早く彼は振り返って話を締め括る。
「そうそウ、一ツ、言い忘れていたヨ。僕は逃げないヨ。いつモ、どこでモ、君を見ているヨ。だっテ、僕ハ、この物語の監督なんだかラ」
彼が扉を潜った瞬間だった。何事も無かったかのように、歪みが綺麗さっぱりなくなり、いつもと変わらない僕の姿が映っている。慌てて、もう一度、窓枠を掴んで、窓の奥――この場合は窓の中か、それとも窓の内側か。どちらにせよ、その中を見たけど、妖しげに笑う僕の姿は映っていなかった。
「……どうやって悪魔を倒せと?」
僕は、誰も居なくなった部屋で、そう呟くしかなかった。
ちゃんと書いていたのだよ。




