僕の才能と僕の武器 7
怒る要素は何処にあったのだろう。そう思ったとき、後方から、違う、ジェーンから爆発音が聞こえた。どうにかして首だけを動かして振り返ると、そこには何故か瀕死になりながらも蜘蛛の糸から脱出していた彼女が立っていた。
ただ、服は酷く黒く焦げていて、その合間から見える肌も焦げている。
……ヴァンパイアの推測によると、ジェーンは服を爆発させた、らしい。
自身の確認のため改めて述べさせて貰うが、彼女の才能は爆発、それも与えたダメージによって威力が変動する才能。今、相手してる皮膚が頑丈な悪魔にとっては効き目が薄いのだが、僕達人間のような柔らかい皮膚を持った悪魔にとって相性が良い。
つまり、あまり考えたくないけど、彼女はそれを使って脱出したのである。
服についている傷を才能で爆発させて。
下手したら死んでいる。それを覚悟して彼女は使ったのだ。……そうと知らない当時の僕は、なんと、自己中心的であったことか。早くそれを使って僕を自由にして欲しいと願ったことが恥かしく感じる。
「よぉ、蜘蛛野郎。締め付け方がちと緩かったんじゃねぇか?」
ジェーンは少しだけよろめきながら言った。
「もう一回やってみろよ? テメェは気が緩んだ奴しか狙えねぇ腰抜けか?」
「Gya! Gyaaaaaa! Gya! aaaaa!」
元人間だけあって言葉は通じるのだろう。その挑発に、蜘蛛に似た悪魔は前脚で二度、三度踏み直すと、顔を突き出して糸を吐こうとした。
そう、吐こうとした、だ。
それよりも早く、彼女は腰にあるガンホルダーから愛銃を取り出して撃つ。
中腰の姿勢で放たれた銃弾は、口元に当たり、仰け反ると共に爆発する。
その爆風のお陰なのだろうか。僕を縛っていた糸の根元が切れた。
僕を縛っていた糸が、みるみるうちに力が抜けていく。ネバネバした触覚はそのままだが、これで僕も自由に動くことが出来た。
僕は即座にその姿勢のまま、両手を前へ突き出して銃を構える。
銃口は、無論、蜘蛛に似た悪魔。それも顔面。
僕は、これから起きるであろう痛みを対して、堪えるように顔を引き締め、
「うああああああああ!!」
叫びながら引き金を引いた。
引いた、筈だった。
けど、何も起きなかった。
それどこか、引いても引いてもピクリとも動かない。
「えっ? ええっ?」
「どうした、さっさと撃ちやがれ!」
五発、いや六発目の銃弾を撃ち終えたジェーンが怒鳴る。
僕も怒鳴り返したかった。
僕のせいじゃない。
撃てない銃が悪い。
そのように整備したヘパイストが悪い。
そう言い返したかったけど、六回目の爆発によって言葉が防がれてしまった。
「馬鹿かテメェは! 銃なんだから、さっさとスプレー使いやがれ!」
「使うってどうやって!」
「ああ! 糞!」
ジェーンは舌打ちをする。彼女は右手に持っていた愛銃を投げ捨てると、腰の左側にあったガンホルスターから、同じ種類の銃を取り出した。弾を積めるより、新しい銃を取り出した方が早いと感じたのだろう。
しかし、利き手ではない為か、先程より撃つ速度が落ちている。
それを悪魔は、隙だと、そう感じ取ったのだろう。
撃たれながらも、
爆発されながらも、
果敢に前脚を大きく踏み込んで、
ジェーンの腹部に突き刺した。
「~~~~ッ!!」
ジェーンは堪える。歯を強く噛み締めて堪える。
痛みを耐えるように。意識を保つように。
僕は頭が真っ白になりそうだった。
このときまで楽観視していたと言っても良い。ヴァンパイアの前では否定していたけど、このときまで、いや、きっと、悪魔に襲われたあのときも、……多分、心のどこかで、今も。
僕はこの物語の主人公だから、僕は助かって、仲間も僕の仲間だからと言う意味不明な理由で何だかんだで助かるなのだと、そう思っていた。
けど、現実はご都合主義な物語みたいに進まなくて、終いには御覧の通り。
こんな場所に行かせたヴァンパイアが悪い?
この世界にとって普通の銃を使わないジェーンが悪い?
肝心なときに動けなかったハルが悪い?
撃てない銃が悪い?
そのように整備したヘパイストが悪い?
僕のせいじゃない?
違う。
違う。
全然違う。
誰も悪くない。
全部、僕のせいだ。
思い返せば、全部、自分自身に起きた出来事だと言うのに、何故、他人事のように思っていたのだ。
初めてヴァンパイアと会ったとき、彼女からこの世界に聞いたとき、初めて才能を使ったとき、この場所に来たとき。
あらゆること全てが、自分には関係の無いことだと思っていた。
その結果がこれだ。
ジェーンは刺された。
ハルは動かない。
ヘパイストは機を伺っているのか助けにこない。
僕がそのようにしてしまった。
今になって後悔しても遅過ぎる。
「よぉ……なに、しけた、つら、しやがってんだ……」
そんな僕に、彼女は声をかけた。
「逆転の、タッチダウン、には、まだ、先だぜ……」
喋るだけでもやっとだと思うのに、彼女はにやりと笑った。
「最低限……それだけは、しっかりと、勤めやがれ……よ」
最低限とは? そう思ったときだった。
一瞬、本当に瞬く間だった。
唐突に「斬!」と聞こえたと思った瞬間、「ぼとり……」と。
重たい物が落ちる音が聞こえたと思ったら、ジェーンを突き刺していた前脚が落ちていた。
彼女がいた。ハルがいた。
先程の様子とは全く違う。ケーブルを咥えたままだが、手には僕の身長以上の大剣を手にして、力が漲った様子で着地していた。その大剣に紫色の血液が付着していることから、斬ったのは彼女だと分かる。
「……」
彼女は無言のまま、もう一度、斬りかかる。
今度は更に深く、今まで以上に深く懐に入り込み、後ろ脚に斬りかかる。
後ろ脚は前脚と違って太くは無い。とは言っても、後ろ脚も大人のヒューマンの太もも以上の太さがある。それに前脚があれほど硬かったのだ。そこも硬いはず――なのだが、あの剣とっては容易いことかも知れない。
「Ga! Gya! Gyaaaaaa!!」
勿論、悪魔はそれを良しとしない。
悪魔は悲鳴のような奇声を発しながら、まだ無事な前脚で突き刺そうとした。
それを、もう一人のヒーロー(彼女)が、防ぐ。
腹部に前脚が突き刺さったままだと言うのに、正確に悪魔の顔面を打ち抜き、才能を発動させた。
不意に顔を、いや、体が浮き上がり、前脚はハルの頭上を通り過ぎる。
案の定、容易かった。バターを切ったかのように、右側の後ろ脚を斬り取った。
右側の脚がなくなった悪魔はそのまま倒れる。
僕の銃口と悪魔の顔との距離は目と鼻の先。
拳五つ分ぐらいしか空いていない。
外そうにも外せない。
今が好機だと言うのは、戦いの素人の僕でも分かる。
僕は慌てて、懐に仕舞っておいたスプレーを取り出す。
あの、僕が見たくないと嫌っていたスプレーだ。
……今も見たくないけど、このときだけは頼もしく見えた。
僕は、このスプレーをワイルドメイカーの何処に差し込めば良いのか手間取っていると、小さな手が差し伸ばしてきた。書かずとも分かるだろうけど、いつの間にか僕の元に来たハルである。
気付けば、あの大剣は、悪魔のわき腹に突き刺さっている。
彼女はスプレーを持っていた手を優しく握ると、銃の弾倉に差し込んだ。
「……」
「……」
悪魔の奇声と、銃に蒸汽が入る音が聞こえる中、ハルに目を合わせると、彼女は静かに頷く。
言葉など必要ない。
これで撃てると彼女は言っている。
だから、僕は引き金を引いた。
あれほど硬かった引き金は、蒸汽が籠められた今では嘘のように軽い。
しかし、その反動は恐ろしいほどであった。
引き金を引くと同時に、思いっきり殴りつけたような銃の反動と共に、空薬莢を排出する場所から大量の蒸汽が噴き出す。
それも、ヘパイストが持っていた機関銃と同じぐらい、あのスプレーの何処にそれだけの量があったのかと思わせる量だ。
その蒸汽は僕の顔面に吹き付け、視界が真っ白になる。
それから、どうなったのか、分からない。
でも、それでも、悪魔が今まで以上の奇声から、当たったことは確かだった。
「逆転の、ダッチダウン、だ」
そして、ジェーンの才能が発動した。
その後、廃墟が、本当に廃墟になったことは、語るまでも無い。