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濃霧都市の夜宴/吸血姫の恋人  作者: 真剣狩る戦乙漢ゆ~ゐ
第一幕  貌がないジャバヴォック
17/20

僕の才能と僕の武器  5

 ジェーンがセーフハウスと呼んだ部屋は近かった。目の前であった。



 丁度、明かりが漏れていたあの部屋だ。室内はありとあらゆる物が机の上に乱雑と詰まれており、それは銃や剣、あとアンティークガンなども含まれている。

 多分だけど、使えないことはないだろうが、状況から考えてしまうと、どれもこれもガラクタにしか見えない。

 こんな場所に僕の武器が見つかるのだろうか。

 そう思ってしまうほどの汚さだ。



「だから、言っているだろ! 糞ジジィ! ド素人にも使える銃をくれって!」



「そんな銃なら、普通の店に売っている銃を買いやがれ! 馬鹿女!」



「普通の店売りの奴だと威力がねぇだろ!」



「威力があって扱い易い銃があるなら見てみたいわ!」



「僕が欲しいのは、威力があって扱い易い銃じゃなくて、ただ扱い易い銃なんだけど?」



「うんなこと言うんじゃねぇよ、馬鹿野郎! あの悪魔共の硬さを忘れちまったか!? あの硬さをぶっ殺す銃じゃねぇと意味ねぇんだよ! ただ扱い易いだけのしょっぺぇ銃だと、こっちがぶっ殺されるぞ!」



「だったら、テメェが使っている玩具の銃なんかやめろ! もうちょっとマシな銃を使いやがれ!」



「っんだとごらぁ!!」



「いやだから、威力があっても、当たらなければ駄目じゃん」



「ああぁん? 当たらねぇだと? あんな図体だけでけぇ奴に当たらねぇ訳がねぇだろう!」



「……」



 当然……とは言いたくはないが、飛び交う罵倒も、それなりの汚さである。


 この廃墟、ではなく、店の主、ドワーフのヘパイストは怒号で答えた。



「テメェらのせいで、とんだとばっちりを食らちまったんだ! それもよりにもよって得意様を巻き込みやがって! 折角の大きな取引がパァだ! 銃を売ってやる前に、弁償しやがれ!」



 この老ドワーフこそが僕達、つまり、怪人が扱っている武器を揃えている者である。

 見た目は小説の挿絵に描かれていそうなドワーフそのもの。茶色に黒色を足して、多少の白髪を付け加えた感じの髪と髭。黒い煤があちこちに付いている紺色のつなぎ。その服は明らかに筋肉質であろうがっしりとした体格。そんな彼も、皺くちゃな鼻のようなマスクを身に付けている。

 そのような者が怒鳴りつけているのだから、僕は二者の間で震えていた。



 因みに彼の本名はヘパイストではなく、ヴァンパイアが勝手に付けた名前だそうだ。



「弁償しろだぁ? 寝言はツケを返してから言いやがれ!」



 これにジェーンは彼に食い付かんばかりに顔を近付けて答えた。



「ボスから借りた金のこと忘れていねぇだろうなぁ? ま、さ、か、何で俺様達が親切に守られていることも忘れていねぇだろうなぁ? 滞納しているのことも忘れていねぇだろうなぁ? なぁ、ヘパイスト? 今すぐ返せとは言わねぇが、一体いつになったら返してくれるか分かるか?」



「うっ……それは……」



 すると、彼の威勢は何処へやら。代わりに苦しそうな表情を浮かべた。



「こ、今度の取引が成功すれば、纏まった金が手に入るはずだったんだ!」



「俺様達が結んだ契約は、俺様達の取引が第一優先であり、商売は二の次だった筈だぜ? 別に禁止にはしてねぇけどな」



 話を主導権を握ったジェーンは顔を遠ざけ、あのガラクタの山へと視線を向けた。



「けどな。オメェが勝手に販路を広げやがって、その癖に失敗続き。それで懲りたかと思えば、今回も失敗だ。いい加減に学んだらどうなんだ? 俺様達、いや、ボスと握手しちまった以上、一蓮托生だってことをな」



「……」



 一方のハルは、この一言に何か気になる箇所があったのか、彼女を睨んでいた。



 しかし、ジェーンとヘパイストの二人は気付いていない。ハルが今居る場所は部屋の片隅であって、自分の体から出しているケーブルを咥えて、左腕の動作を確認するようにギコギコと動かしているだけだ。そのため、気付いていないのは当然なのかもしれない。



「ところで、あー……このまま暢気に会話していて、大丈夫なのですか?」



 僕は彼と彼女達を見ながら声をかける。



 この場の流れから考えれば、場違いな一言かもしれない。が、少し前まで蜘蛛に似た悪魔に襲われていたのだ。それも……これは、自分自身で言うのは可笑しいのだけど、僕は精神的に、ハルは肉体的にやられてしまったのだ。

 心配にならない方が可笑しい。



「心配っすんなって。俺様達が仕掛けない限り、アイツも仕掛けられねぇよ」



 けれども、ジェーンは腕を僕の肩に回すと、顔を近付けて、その理由を述べた。



「よく考えてみろよ。先程俺様のお陰でいてぇ目に遭ったばかりだぜ? 真正面でかち合っても、無事には済まさねぇってことは、アイツの頭でも理解した筈だ。となると、今度は搦め手、蜘蛛らしく巣を張って待ち構えている筈だ。その間に俺様達も準備すりゃ良い」



「そ、そんな、上手くいきましゅか……」



「だったら、テメェ一人で行ってみっか? きっと、グサリでガブリだぜ?」



 近い。

 彼女との距離が近過ぎる。

 僕は裏声で噛んでしまった。

 それがジェーンにとって、それなりに面白かったのか。彼女にゲラゲラと笑われてしまう。

 ヴァンパイアもそうだが、青少年である僕を弄ばないで欲しい。



「おおっと、話が逸れてしまったな。兎に角、死にたくなければ、テメェも協力しやがれ! それとも、この出来事、ボスに報――」



「分かった! 分かった! 分かったから! このことはヴァンパイア様には言わないでくれ! いや、言わないで下さい! けど、今はねぇんだ! それに似たようなものは無いことは無いんだが、試作なんだ!」



「じゃあ、その試作。とっとと、出しやがれ」



「……どんなになっても知らないからな」



 漸くであった。ジェーンにとって待ち望んだ一言がヘパイストの口から出る。

 職人としての誇りか、それとも商人としての誇りか。

 それが折れた瞬間、にんまり、と。彼女は腹黒そうな、とても良い笑顔を浮かべるのであった。



 ヘパイストの足取りは、当然、重い。


 あんなに頼もしかった背中が、何故か頼りなく見えてしまう。



「そんな銃だったら、無理して今渡さな――」



「オメェは黙っていろ。いいな?」



「え、えぇ……」



 そして、僕の返事も重かった。



 ヘパイストがガラクタの山、もとい、銃の山から引っ張り出して来たのは、一丁のいかつい銀色の拳銃だった。

 ……ネタバレになってしまうが、これが僕の愛銃である。

 見た目は、この世界では珍しく普通の銃ーー所謂、アンティークガンだ。

 しかし、使われている素材は鉄や鋼とかではなく、非常に貴重で硬いことで、ファンタジーでは有名なアダマンタイト。それを余すこと使って、「一応、拳銃みたいな大きさにしました」と言わんばかりの大きさ。

 その二点だけでも、威力だけに全フリ――想像以上の威力を秘めている銃であることが分かるだろう。

 そんな銃を彼はジェーンに手渡した。



「へぇ、商売運の割りに、中々良い素材使われているじゃねぇか」



「一言余計だ。コイツの名前はワイルドメイカー。扱い易さと安全性は何とも言えねぇが、威力だけなら、此処にある銃の中では断トツにデカい」



「……妙に引っかかる言い方だが、アイツに食らわすには丁度良い銃だな」



 彼女はあらゆる角度から、ワイルドメイカーを見てから僕に手渡す。



「おもっ!」



 それが愛銃を初めて手にしたときの感想である。擬音語で現すなら、ポン、ではなく、ズドンだ。10キロぐらいの重さがあるのではないかと思う重量に、思わず両手で持ってしまう。



「強度を確保する為だけに、アダマンタイトを使ってるんだ。重たいのは当然だ」



「アダマンタイトって、あの滅茶苦茶硬いって有名な鉱石?」



「それ以外に何がある?」



「こんな銃、誰が誰に向かって撃とうと思うんですか……」



「そりゃ、あの悪魔に、だろう? 今度であったら、ぐちゃぐちゃにしちまえよ」



 ヘパイストとジェーンの言葉に、僕は溜息を吐きながら項垂れてしまう。


 しかし、この銃なら、あの悪魔が持つ強度をぶち抜けるかもしれない。


 そう思うと、銃のグリップを握っている両手に、自然と力が籠められる。



 それを懐に仕舞うと同時だった。ハルが立ち上がっては僕達へと近付く。それもケーブルを咥えたままで、だ。



「……」



「な、な、何?」



「……」



 無言で僕に差し出したのは、才能を使うには欠かせない、スプレーだった。



 正直、見るだけでも嫌だった。この手の平サイズのものに、あの吐き気を催す刺激臭が詰められていると思うだけでも、吐いてしまうほど嫌いである。

 僕はスプレーとハルの顔を何度も見たけど、彼女は相変わらず差し出したままであった。



「え、えっと、持てと?」



「……」



 すると、ハルはコクリと頷いた。


 流石に僕でも分かる。持て、と。様子と態度で、そう語っている。



「……」



「……」



 嫌だ。



「……」



「……」



 嫌だ。



「……」



「……」



 絶対に嫌だ。



「……」



「……」



 絶対に、嫌だ。



 一向に持とうとしない僕にハルは溜息を吐いた。こうは思いたくないのだが、何故か見た目の割りに、その仕草が似合っていると、心の何処かでそう思ってしまっている僕がいる。彼女は動けなかったはずの左手を使って、僕の右手を掴むと、そのまま無理やりスプレーをポケットにねじ込んだ。



「だから、入らないって――」



「……」



「……はい。持って置きます」



 ハルは有無を言わせない表情で睨まれると、僕は小声で答えてしまう。

 幼女に睨まれただけで言い留まってしまうとは、何とも情けない奴だと思われるかもしれない。

 が、僕の中では、仲間と思うイメージよりも刃物を斬り付けに来る幼女だ。とてつもなく最悪なファーストコンタクトであったが、これでも譲歩したほうである。



「才能を使うかどうかはテメェの判断に任せるとして、だ。取り合えず、持っていた方が良いぜぇ。それがねぇと、さっきのロマン砲なんか、クソの役にも立たねぇよ」



 そのハル以上のイメージを持っている喧嘩早い猫娘のジェーンはゲラゲラと笑う。



「え、そのまま使うんじゃないの?」



「使えるわけねぇだろう。蒸汽で撃てる銃なんだしよ?」



 ジェーンは当たり前のように言う。トルーラブが持っていた銃、此処に来るまでに使った自動車、そして、この街――いや、この世界の街並みから分かっていたと言っても、これほど蒸汽に依存しているとは想像し難かった。思い返せば、僕が元々いた世界は電気に依存している。無くては成らない存在だと言っても良い。

 が、此処まで依存していると思うと異常にしか思わない。

 そう思いながら、僕は彼女の言葉に黙って耳を傾ける。



「俺様が言うのは可笑しいが、俺様が使っている銃が異端なんだぜ。いくら蒸汽がねぇ新大陸で開発された銃と言っても、蒸汽が何処でも手に入れる此処じゃあ需要がねぇし、何より火薬が手に入りにくくてたけぇ。それに、弾やら部品が手に入る場所と言ったら此処しかねぇ」



「じゃあ、何で、そんな銃使っているんですか……」



「それには、その小僧と同じ意見だ。オメェのせいで部品やら弾やら手に入れるのにどんだけ苦労していることか」



 僕の言葉に、ヘパイストは舌打ちしながら頷く。



 僕は思ってしまった。ジェーンの言葉を信じるならば、彼女の要望に答えるために、一体彼はどれだけ苦労しているのだろうか、と。彼の働きっぷりに僕は心の中で合掌した。



「言っておくけど、小僧もだからな! 趣味で作っていたと言っても、あのアダマンタイト使っているんだ! 壊しやがったら、オメェの金槌で目ん玉、潰してやるからな! 覚悟しておけよ!」



「だったら、もっと普通のもの下さいよ。初心者でも扱えるものを――」



「だ! か! ら! 何度言ったら分かるんだ! そんな銃じゃあ奴はぶっ殺せねぇし、そんな銃を悪魔にぶっ放しても小便引っ掛けるようなもんだぜ。いい加減、諦めやがれ」



「え、ええ……」



 どうやら先程渡されたワイルドメイカーも特注品のようだ。弾は流石に普通に手に入るものだと思うけど、部品は一から作らないと駄目なのだろう。

 それも趣味で作ったとは言え、貴重なアダマンタイトを使って。

 僕はまたしても頭を垂れてしまった。



 それと同時、だったかもしれない。それよりちょっと前、だったかもしれない。



 ガシャン、と。近くで物が倒れる音が聞こえた。

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