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濃霧都市の夜宴/吸血姫の恋人  作者: 真剣狩る戦乙漢ゆ~ゐ
第一幕  貌がないジャバヴォック
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僕の才能と僕の武器  3

 その通りは、案の定、真っ白で、僕にとって悪夢が具現した場所だった。



 後にヴァンパイアに聞いた話だけど、ジェーンが死街地と呼んでいた此処は、ロックスフォードの中でも封鎖されている地区の一つだった。

 封鎖されているといっても、自由に出入りすることは出来る。

 僕達のように自動車や馬車などの屋根を盾にして潜れば良い。

 しかし、通りを覆う馬鹿でかい配管の亀裂から噴き出している蒸汽のせいで、それも目の前に何が有るのか分からないほどの高濃度の蒸汽が充満しているから、人が生きて行ける環境ではない。

 だから、分かりやすく、わざと有害な蒸汽を噴き出して封鎖している。

 そんな場所に、知らずとは言え、連れてこられた僕は、一刻も早く抜け出したい気持ちでいっぱいだった。



「気を抜くんじゃねぇぞ。僅かな変化を見逃せば、それは命取りだ」



「僅かな変化って、何をどう見ろって言うんですか」



 僕はウィンチェスターライフルを大事に抱えてジェーンに聞く。



「物が転がっていく様子とか、変な音とか、あと臭いとか」



「視界は真っ白で、音は聞こえない、臭いもしない。全然分からないんですけど」



「それっぐらいの気持ちで構えろって事だ。言わせんなよ」



「……」



 車は僕の気持ちとは裏腹に、ゆっくりと進んでいく。



 不安になっているのは僕だけだった。ジェーンは口では集中するようにと言っているが、何処か不真面目そうな態度でマスクを着けている。ハルなんかは無表情で前だけしか見ていない。二人の様子を見ていると、何だか、頼りがいあるのか無いのか分からなくなってしまう。

 だから、僕は、二人に代わって、真剣に辺りを見回した。



 その願いが通じたのか。僕達を乗せた車は、無事に、目的地についた。



「残念だったなぁ? 無事に着いてしまって」



 ジェーンは冗談っぽく言うと、誰よりも早く降車する。



「……」



 ハルはハンドルに繋いであったケーブルを仕舞ってから出る。



「いや、無事に着くのが普通だと思うから」



 残された僕は彼女達に遅れてドアを開ける。



 止まった場所は何とも不気味であった。三階建ての集団住宅みたいな建物で、この通りに面している窓ガラスは全て割れている。それに加えて、外壁の一部は大きな穴が開いてあったり、崩れてしまったりしている。

 はっきりと言おう。

 今でも建っているのが不思議なぐらい壊れかけで、最上階の窓から薄らと光が漏れていなければ、此処に人が住んでいるとは思えなかった。



「まさか、此処?」



「そのまさかだ。でも、隠れ潜むにゃ、これ以上も無い場所だろ?」



 確かに、訳有りの商品を取り扱う店にとっては、絶好の場所かもしれない。


 が、場所と言い、雰囲気と言い、もう少し、まともな場所では駄目なのだろうか。



「兎に角、入ろうぜ。いつまでも此処に突っ立っていりゃ、襲ってくださいって言っているようなもんだぜ。アイツの店の前で暴れたりすりゃ、後々うるせぇからな」






 ジェーンは親指で、大きな穴を指差す。


 それと同時である。最上階の窓から何かが吹き飛んできた。






 突如である。

 けど、僕の除いた彼女達の対応は早い。

 ハルはしゃがむと、足首辺りに忍ばせていたナイフを取り出して、大きく飛び退く。ジェーンは僕の胸倉を掴み、ライフルを片手で構えながら引く。



「……」



「おいおい……」



「……え?」


 ほんの少し前まで僕がいた場所に落ちて来た正体に、今度は僕達全員が驚く。



 それは悪魔であった。口がない顔や細長い腕と脚のほかに、背骨や腰にも腕と脚のようなものも生えている。更に腹部が妊婦のように膨れ上がっている。いたるところが傷だらけな部分は気になるところだが、まるで蜘蛛のような悪魔が仰向けになって倒れていた。



 どうやら、僕の願いは、此処で途切れてしまったようだ。


 悪魔は起き上がろうと、八本の腕と脚が暴れ始める。


 それを彼女達は見逃さない。ジェーンは撃ち、ハルは跳びかかる。



 事前に打ち合わせしたのではないかと思うほどのコンビネーションである。銃弾は悪魔の喉元に当たり、ナイフもそこに突き刺さる。悪魔は銃弾とナイフに突き刺さった痛みで野田絵苦しみ、手当たり次第に襲わんとする。


 しかし、それよりも早く悪魔が爆ぜた。


 燃えた。ではなく、爆ぜた。


 傷付いた場所が蕾みたいに膨れ上がり爆発したのだ。


 ハルはそれに巻き込まれる前に後ろに跳び、ナイフを構えながら見届ける。



「家に帰るまでが買い物のようだ。行くぜぃ」


 それをしたと思うジェーンはニヤリと笑う。



「……」


 ハルは顔に飛び散った紫の水――悪魔の血を服の袖に拭いながらコクリと頷く。



「買い物どころの話じゃないでしょ!」


 一方の僕は平常運転過ぎる彼女達の反応にツッコミを入れた。



 当たり前だ。無法者、或いは悪魔に襲われると分かっていたとは言え、本当に襲ってきたのである。更に言えば、今から入ろうとする場所は、先程までそこの悪魔がいた場所である。何が嬉しくて入らなきゃいかんのだ。



「今入店すれば、全品100%OFFだぜ? それにアイツが生きていりゃ、貸しが作れるってもんだ。行かない理由がない」



「「……」」


 嬉々と答えるジェーンに僕は唖然と、ハルに至っては諦めているようだ。



 ジェーンは僕達の答えを聞かず、大きな穴から建物に入った。ハルは既に覚悟を決めたのだろうか、服の背中に隠していた剣を取り出すと彼女の跡を王。僕はと言うと、此処に留まっている訳には行かず、嫌々着いて行くしかなかった。


 案の定、中は、薄暗く、そして汚く、やはり廃墟であった。



 狭そうな外見とは違って中は広く、僕が一番最初に入ってしまった部屋はキッチンだった。食べ掛けの朝食らしい物が乗った皿に、飲みかけの珈琲らしき物が入ったカップがある。蒸汽が充満する前の主は此処で裕福なひと時を過ごしていたのだろう。が、今や見る影も無い。吐しゃ物を撒き散らしたかのようにテーブルの上が散乱としており、その近くに、この家の主らしき白骨死体が倒れていた。


 僕は、その上をそっと通り抜け、人がいるであろう三階を目指す。



 戦いは既に始まっている。しかし、ジェーンとハルが何処で暴れているのか分からない。ただ、何処からか発砲音と爆発音が響き、その度に建物が微かに震え、両手で握っているライフルに自然と力がこもる。


 何もかも恐ろしく見えてしまった。


 割れた食器。


 壊れた家具。


 瓦解していた階段。


 飛び散っていたガラスの破片。


 引き裂かれたカーテン。


 点々と穴が開いた廊下。


 粉々に砕かれた白骨。


 その、全てが悪魔の仕業かと思うほど。


 やっとの思いで三階に辿り着いた頃には、服が汗でびっしょりだ。


 三階は一階と二階と違って、何処か生活感があるも、その分、滅茶苦茶であった。



 一言で現すならば、そこは戦場であった。かなりの激戦だったのだろう。机は貫かれ、扉は砕かれ、工具らしい工具は変な方向へと曲がっている。壁には大きな引っかき傷に、幾つもの弾痕すらあった。何より、地面には、思い出したくも無いほどの、あらゆる箇所が欠損している死体が散らばっていた。



「……っ!」


 そんな光景を見てしまった僕は倒れそうになる。


 寸前で、ライフルで体を支えたから倒れてはいないけど吐きそうだった。


 マスクを着けていなかったら、確実に吐いていたかもしれない。


 涙目になりながらも呼吸を何度も何度も繰り返す。


 ふと。誰かが僕の背中を擦る。


 とても小さな手。氷のように冷たい手。けど、何処か暖かい手。



 誰かと思い、顔を上げるとハルだった。喋れないから何を思っているのか分からない。でも、とても心配そうな表情で僕の背中を擦っている。悪魔の返り血で顔や服や剣が汚れていて、ほんのちょっと怖かったけど、小さな天使に見違えた。



「ありがとう。悪魔は……退治したのかな?」



「……」


 ハルは首を左右に振る。



「ジェーンは……近くにいるのかな?」



「……」


 これも首を左右に振る。



「そうか……じゃあ、僕は何処に行けば良いのか分かるかな?」



「……」


 それに右手に持っていた剣を使って答える。



 剣先は幾多の死体がある方へと、その先にある部屋へと向いている。ハルは僕に地獄を歩けと言っているようなものだ。とてもではないが正気とは思えない。思いたくなかった。が、ハルは僕を無理やり立たせて、歩かせようとしている。



「他の道はないかな? 迂回して行くとか」



「……」



 これにハルは厳しそうな表情を浮かべる。



「下の階に戻るとか?」



「……」



「あ、車内はどうだろうか? ジェーン達が退治するまで引きこもるから」



「……」



「……どうしても、進まないと駄目?」



「……」



 ハルは、深く、ゆっくりと、頷く。



「この道を歩けと? 冗談じゃないよ? ほ、ほら、既に先客がいて、足の踏み場もない。その上を跨いで歩くなんて失礼だと思わない? それにまだ悪魔がこの建物にいるなら、外で待機していたほうが安全だと思うし、ハル達も僕を気にしないで暴れることが出来る。良い事尽くしだ」



 僕は必死の思いで抵抗してみる。


 適当な理由を並べてみた。


 駄々こねる子供みたいに座り続けた。


 男の癖にと言われようが結構。


 恥だと思われても結構。


 後日、何と言われようが僕はハルに頼み込む。



「……」


 けど、ハルには通用しなかった。



 彼女は溜息に似た仕草をすると、渋々と言った様子で腹部からケーブルを取り出しては、僕のマスクに繋げる。

 ちょっと前までハンドルに繋いでいたあのケーブルだ。

 何を始めようとしているのか。そう思ったと同時に異変が起きた。

 一つ一つの関節に意思を植えつけられたかのように体が動き始める。



 まるで犬の散歩。


 ハルが飼い主で僕が犬。


 それも年取った犬。


 第三者から見れば、さぞ、喜劇に見えただろう。


 僕からしたらたまったもんじゃないが。


 ハルの才能のせいで否応もなしに歩かせる僕は目をきつく閉じて進む。


 一歩進む度に、人間だったものを踏んでしまうのだ。


 想像したくない感触を。


 聞きたくもない音を。


 噛み締めるように無理やり味わう。


 十歩、いや、十五歩ぐらい歩いた頃、異変が起きた。

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