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濃霧都市の夜宴/吸血姫の恋人  作者: 真剣狩る戦乙漢ゆ~ゐ
第一幕  貌がないジャバヴォック
13/20

僕の才能と僕の武器

「君の才能はメタモルフォーゼ……つまり、変身だな」



 変身と言う言葉に思いつく限り書いてみようと思う。ベルトや腕輪や手の平サイズの機械のようなものを使って、かっこいいポーズを取る主人公。可愛らしい動物から力を手に入れる主人公。大小様々な対価を支払って、今ある形からヘンテコな姿に変貌を遂げる主人公。巨大なロボットみたいな無機物に形を変える主人公。

 他にあると思うけど、大体は日曜日の早朝、又は平日の深夜辺りに登場する特戦番組のヒーローを思い浮かべる。



「どれほど変身出来るのかは自分自身が理解していると思うが、見た目だけではなく力も備わっている。オマケに変身を解くと、変身したときに負ってしまった怪我も無くなる。月からの使者が持つ力は何もかもひっくり返すと聞いていたが、私の才能より化物染みている才能だな」



 何でも変身出来る能力。何でも再現出来る能力。


 それが僕の才能。怪人として生まれ変わった僕だけの力。



「短所は、これは君自身の話になるが、蒸汽を嗅いだ瞬間、心が拒絶してしまうこと。所謂、トラウマとやらだな。才能を自由自在に扱えないのは怪人として致命的ではあるが、これに関しては慣れるまで特殊な蒸汽を吸って貰おう。で、なければ、変身しようにも変身を解こうにも、一生、あの姿のままだ」



 つまり、慣れるまで取り扱いが難しい。しかし、慣れてしまえば、何でも出来る。


 あの夜、散々暴れたのだ。そんなこと自分自身が良く理解している。



「自分の才能に浮かれるのも良いが、ほんの少しは私の言葉を耳を傾けてほしいのだが?」



「あ、いや、ちゃんと聞いていますよ。僕自身のことですから」



「本当に、かい? 怪しいものだ」



 ヴァンパイアはそう言いながら苦笑すると、手に持っていたパンを齧った。






 あれから数時間経った今、僕は彼女達と共に朝食を取っている。


 場所は勿論、僕とジェーンとハルが暴れ壊した食堂で、だ。



 あの後、この世界に来て三度目となってしまった見知らない場所で目覚めた。

 その場所は今までと比べて、良く言えば無駄の無い、悪く言えば何も無い、真っ新な部屋だ。

 カーテンの僅かに漏れる陽光で照らされていたそこは、電灯らしい照明器具、簡易的な机や椅子、それと僕が使っていた寝台ぐらいしか無く、本当に最低限の家具しか置いていない質素な部屋。

 ……諸事情の理由があって、この部屋が僕の部屋になるのだが、文字にしてみると改めて何も無い部屋だと思う。そんな部屋で僕は眼が覚めた。



 僕は飛び跳ねるように起きると震える手で顔に触れた。


 ちゃんと眼が有って、鼻もあって、髪も耳も口も、指もある。


 一応、夢でないことを確かめる為、部屋から飛び出して、鏡を探した。



 片っ端から扉を開けては鏡を探した。

 僕の部屋を初め、僕の部屋に似た部屋、沢山の小さい家具が置いてある部屋、物凄く散らかった部屋、等身大の変なカプセルが置いてある部屋。それから昨夜珈琲を飲んでいた談話室、そして昨日暴れまくった此処、食堂。ヴァンパイアやニコラ、ジェーンやハルが思い思いに朝食を楽しんでいる中、僕は化物の姿を見てしまった鏡を見た。


 ちゃんと僕の姿になっていた。


 気付けば、食堂も、だ。


 壊れたテーブルやイスがない。


 散乱したシャンデリアもない。


 まるで、悪い夢の出来事だったかのように、元通りだった。



「昨夜は悪い夢の出来事だと思ったかい?」



 鏡にヌッとヴァンパイアの姿が現れた。それに僕は驚いて尻餅ついてしまったけど、彼女は悪戯に成功したと言わんばかりに微笑む。彼女は手を差し伸べながら言葉を続けた。



「あの後は大変だったのだぞ? 君は気を失ってしまうわ、後片付けは大変だったわ、あと彼女達を説明するもの。君は恋人に苦労させるのが好きなのかな?」



 僕はヴァンパイアの手を掴んで立たせてもらう。



「僕の記憶違いだったら、それで良いんだけど、此処、滅茶苦茶になっていたよね?」



「今も滅茶苦茶さ。今はカップを戻した時に使ったトリックを使っているに過ぎない」






 その後は彼女に手を引かれて今に至る。





 僕の席にはまだ朝食が置かれていない。


 今、ニコラが用意している最中だ。


 そこで僕は食堂にいる連中を一人ずつ観察することにした。



 まず僕の対面に座っていたジェーンを見る。彼女は、余程腹を好かせていたのだろう、お世辞にも上品とは程遠い食べ方でパンを食べていた。一口サイズに千切って食べるのではなく、そのまま齧り付いているのだ。

 そして、目の前に置いてあったブランデーをカップにたっぷりと注ぐと、それを一口で飲み干す。



「やっぱ、朝は紅茶入りブランデーに限るぜ」



 普通はブランデー入り紅茶ではないだろうか。



 次にジェーンの隣に座っていたハルを見た。彼女の席は僕の席と同じ何も置かれていない。いや、正確には皿の上にスプレーが二つ置いてある。その一つはチューブのようなゴム製のくだが付いている。

 彼女は深く息を吐くと、くだをもう一つのスプレーに繋げた。



「……」



 何をしているのか疑問である。



 最後に僕の右隣、長方形の短い場所にいるヴァンパイアを見た。食事マナーに疎い僕であるが、だとしても綺麗な食べ方である。千切ったパンをスープにチョンチョンと付けて口に運ぶ仕草は可愛らしく感じてしまった。



「なんだい? また昨夜のことでも思い出したのかい?」



 昨夜のこと。ヴァンパイアにそう言われて、顔が熱くなって行く。


 ヴァンパイアとキスをした。それもフレンチではなくディープの方で、だ。



「それもそうですけど、」



「うん? もしかしてキスのことかい?」



「ちょ、ちょっと、声が大きいって!」



 僕は思わず叫んでしまった。それに反応するかのように、ジェーンは紅茶入りブランデーを盛大に吹き、ハルはスプレーを手放している。

 彼女達から見ても、青天の霹靂だったようだ。



「キス? ボスが?」



「……」



 彼女達は目を見開いて尋ねてくる。



「別に驚くこと無いだろう?」



「いや、ボスが恋に目覚めるとか想像出来ねぇから」



 ジェーンは咽ながらハルも思っているだろうことを代弁する。



「そんなこと言わないでほしい。そう言われると照れてしまうではないか」



 ヴァンパイアは微かに頬を紅く染めながら答えた。

 が、本当に照れているのだろうかと疑問に思ってしまう。

 確かに彼女は頬を紅く染めて答えているが、表情は何故か余裕たっぷりである。

 一方の僕は昨夜の出来事を思い出して、頭から湯気が立ち昇っているのではないかと思うほど、顔が熱くなっていると言うのに。



「失礼な。これでも照れているのだぞ。君のせいでな」



「その割には余裕にみえるんですけど」



「それは気のせいさ。此処が自室なら、今すぐにでもベッドに潜り込みたい気分だ」



 ヴァンパイアは目を閉じて答えた。



 僕は一瞬だけ考えてしまう。

 その、彼女が少女漫画っぽくベッドでジタバタと悶える姿を。

 掛け布団に包まって、自分が言ってしまった発言を思い返す姿を。

 しかし、何故だか違和感しか感じない。

 それよりも、独裁者みたいな格好で大げさに公表している姿の方が似合っている。



 これにはジェーンとハルも同じ考えなのだろう。


 僕達は半目でヴァンパイアを見てしまう。



「なんだい? 私も乙女だぞ? それぐらいするさ」



「ボスが乙女なら、そこらへんにいる貧民層の野郎も乙女なるわ」



 ジェーンはカップにブランデーを注ぎ直しながら言った。



「当然、俺様も……うへぇ、想像したくねぇ……」



「ええっと、似合っていると、思いますよ?」



 僕は言葉を詰まらせながら答える。



「俺様が似合う? ……えーと、名前なんて言うんだったか?」



「東堂龍之介。一応、その、ヴァンパイアさんの恋人、らしいです……」



「よし、トードー、想像してみろよ。今のボスが着ている服を着た俺様の姿を。どんなけ遠くから見ても、売女しか見えねぇだろ。俺様が乙女になるんだったら、下着姿で踊ったほうがずっとマシだぜ」



 ジェーンはカップを持ち上げると、両足をテーブルの上に乗せた。靴の裏には乾燥した泥がへばり付いていて、「ドン!」とテーブルの上に足を乗せると、その泥が真っ白なテーブルクロスに飛び散る。

 行儀悪い。

 あと汚い。

 それが僕の顔に出ていたのか、ジェーンにゲラゲラと笑われてしまった。



「おっと、紹介が遅れたな。俺様の名前はジェーン。“カラミティ”ジェーンとは俺様のことだ。隣に居るのがハル。乳臭せぇ餓鬼みえるが、こう見えても優秀な相棒だ」



「……」



 その餓鬼と紹介されたハルは、隣にいる相棒、ジェーンを無言で睨んでいる。



「ま、俺様達のことは『ロックスフォードの火薬庫』って言えば分かるか」



「いや、全然知らないですけど」



 僕は正直に答える。ジェーンが知ってて当然のように言っているが初耳である。



「ジェーン。当然のように紹介したが、彼は此処に来たばかりだぞ」



「おい、ボス。俺様達を知らねぇとか、どんなけ田舎もんなんだよ、コイツは」



 それにヴァンパイアが代わりに答え、ジェーンは僕に指差して文句を言う。



「彼が田舎出身かどうかは不明だが、遠い国の出身であることは間違いないな。何せ、私の恋人は月からの使者だ。君達がどれだけ暴れていようが、月まで悪声は届かんよ。だろう? リューノスケ」



「はぁ? コイツが月からの使者? 全然強そうに見えねぇんだが」



「ええっと、何だか、そう呼ばれる人間、らしいよ? 僕」



 ジェーンに胡散臭そうな表情に対して、僕は苦笑いしながら答える。



「しかし、リューノスケの才能は変身だぞ。十分に強いし、役に立つではないか」



「制御出来ねぇ才能で変身してもかてぇだけ。使い物にならねぇ才能じゃねぇか」



「……やっぱり、まぁ、そうだよね」



 僕は小声で同意してしまった。

 先程までは浮かれていたからそうとは思わなかったけど、冷静になって考えてみるとジェーンの言う通りである。ヴァンパイアは特殊な蒸汽で対処すると言っているけど、逆に言ってしまうと、普通の蒸汽を吸ってしまうと否応もなしにあの姿に変身してしまうのである。

 それもヴァンパイアが一突きするだけで貫通してしまう、これに関してはジェーンが硬いと言っていたけど、その程度の肉体になるだけ。一応、筋力が上がる、腕が伸びるなどの長所らしい長所はちゃんとあるのだが――



「その割には苦戦していたようではないか」



「ボス。こっちは一切才能を使ってねぇんだ」



「……」



 ジェーンの指摘にハルも頷く。



 そう、僕は彼女達に負けているのだ。此方に戦う意思が無かったとしても、瞬く間に才能を使っていない彼女達に倒されてしまっている。

 それに、……この日記を書いている今だから言える話なのだが、彼女達が才能を使って、所謂、彼女達が本気で僕と対峙していたら今頃生きていない。

 つまり、彼女達の才能と比べたら、あまりにも弱過ぎるのだ。



「そう言えるのは、今のうちだぞ」



 けれども、彼女は、にやりと微笑んで否定した。



「もし、変身だけで止まらなかったら? もし、私達の才能も使えるようになったら? もし、変身だけではなく、その先があるのならば?」



 その、悪魔的な魅力がある表情で問い掛ける。



「その先? そんな力、僕には有るとは――」



「そうかい? しかし、私は有ると思っているのだ」



 僕は否定しようとしたけど、ヴァンパイアは止まらない。



「私ばかりではなく君達も少し考えてみたまえ。不完全だったとは言え、ほぼ完全な形で、本物の悪魔を変身したのだぞ? それも、あの悪魔より強い形で、だ。確かに今は弱い。それは肯定しよう。しかし、月からの使者は例外なく世界を変革する力を持っているのだ。そう考えると、ほら、ただの変身だけとは考えにくいだろう? 勿論、リューノスケが月からの使者ではないなら話は別だがね」



 そこに「そう、例外は無いのだよ」と。一言だけ付け加えて、彼女の話が終わった。

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