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俺と貴族と学校の謎

作者: 坂本景吾

 俺の名前は小林文人こばやしふみと私立林水しりつりんすい小学校に通う小学六年生だ。朝は必ず遅刻せずに登校し、宿題も忘れたことはない。成績はちょっと芳しくないかもしれないが、いたって真面目で普通な男子小学生である。


 「ただいま」


 小学校が終わり帰宅すると、俺はいつもスマホをチェックする。ライン、ツイッター、メール、この辺りは普通の小学生でもチェックしていると思うが、俺たち林水小の生徒にはもう一つチェックするものがある。


 「裏サイトは・・・ あれ? スレッドが消えてる」


 学校裏サイト、誰が作ったのかもわからない林水小生の為のサイトだ。内容は主に先生や生徒の陰口、悪口、たまに賞賛。俺はこういうサイトはあまり好きではないのだが、もし自分の悪口が書かれていたらどうしようと心配になってしまい、ついつい見てしまうのだ。


 「おかしいな・・ スレッドが一個しかない。全部のスレッドが一斉に消えるなんて、そんなことあるかな」


 裏サイトには様々なスレッド(電子掲示板における、ある話題に関連した投稿の集まりのこと)がある。一定時間書き込まれないスレッドが消えることはあるが、全てのスレッドが一斉に消えることはありえない。とはいえこんな悪口サイトが消えても俺は一切困らないので、特に気にすることなくその残ったスレッドを開く。


 「林水小学校の不思議」


 そう銘打たれたスレッドは、立てられた時間が5時間前にもかかわらず書き込み数は3という過疎スレだった。しかし書き込みの内容は、俺の興味を引くのには十分な内容だった。


 「林水小の七不思議って知ってる? 」

 「ああ、深夜に学校に行くと1階のおくのトイレに女のゆうれいが出るって話と音楽室のピアノがなってるって話だろ。後なんだっけ」

 「階段の数が深夜に行くと増えているっていうのもあったよな」


 スレッドに書き込まれたのはたったこれだけ、七不思議にもかかわらず3つしか詳細はわからない。それでもいつもの悪口しか書かれていないスレッドの百倍楽しく、ワクワクする書き込みだ。


 「よし、明日みんなに話してみるか」


 この裏サイトは学校の生徒の大半が見ているので、もちろんこの書き込みはみんなが知っているだろう。明日仲間を集めて、七不思議の謎を解き明かしていく。そういう予定になるはずだった。


 「おはよう」

 「おはようございます、校長先生」

 

 いつも通り校長先生に挨拶をし、教室に向かう。林水小学の校長先生はまだ30代と若く、高身長イケボが特徴のやり手イケメン校長だ。他にも実家が大富豪で億万長者だとか世界平和を目指しているとか、彼に対する良い噂の数は多い。裏サイトでも唯一と言っていい、悪口ではない内容でスレッドが伸びていた教員でもある(上記の噂も出処は裏サイト)。林水小学校は人通りの少ない寂れた場所にあるので、こうやって大人が見回ってくれているのは実にありがたい。

 

 「おはよう、小林」

 「おはよう、佐藤。昨日の裏サイト見たか」

 「お前が裏サイトの話題を振ってくるなんて、珍しいな」

 「ああ、お前も見ただろ」


 早速友人の佐藤くんに昨日の話を振る。


 「ああ、確かに衝撃だったぜ。スレッドが一斉に消えちまうんだもんな。噂によると裏サイトの存在が学校側にバレたって話だぜ」

 「そう、それでさ。一個だけ残っていたスレッド、あれ見たか」


 俺は七不思議について切り出した。しかし佐藤の表情は急に興味を失ったかのように、素っ気なくなる。


 「ああ、見たけどあれがどうしたのさ。悪口系のスレッドが全削除されて、誰かが立てた糞スレだけが残ったっていう話だろ」


 佐藤は完全に興味なしのようで、話をすぐに切り上げると廊下に出て行った。


 「まあいいか。誰かしら興味がある奴はいるだろう」


 この後クラスにいる男子を片っ端から誘いに行くのだが、甘かった。誰かしら興味があるだろうと思っていたが、今教室にいる男子は全員一切興味がないようだ。女子にはそこまで仲のいい奴はいないし、そもそも七不思議を調べに行くようなアクティブな女子は一人もいないだろう。


 「やあ、おはよう小林くん。どうしたの? 元気ないね」

 「鈴木〜、聞いてくれよ」


 鈴木龍馬すずきりょうま。クラス一の美貌と学力、運動神経を兼ね備えたパーフェクトヒューマンだ。テニス部では部長、クラスでは学級委員長を務めていて、男女問わず人気が高い。誰に対しても人当たりが良く、俺も良く勉強を教えてもらったりしている。そんな思いやりに溢れる彼ならば、七不思議探索に付き合ってくれるかもしれない。


 「ふーん、なるほど。学校の七不思議ねぇ」


 彼の反応を見る限り、裏サイトは見ていないようだった。もっとも彼の場合「龍馬様ファンスレ」「龍馬様の可愛さについて語り合うスレ」「龍馬様のイケメンさに酔いしれるスレ」等、彼をたたえる濃ゆーいスレが常に4〜5個ある状態なので、ある意味見ない方が幸せかもしれないが。


 「確かに気になるし付き合ってあげたいのは山々なんだけど、その七不思議の話ってどれも深夜だよね? そんなに遅い時間に出歩いて親を心配させるわけにはいかないかな、ごめんね」


 いい子、それ以外の感想が思い当たらなかった。俺の話に興味があるそぶりを見せつつ(実際に興味があるかは本人のみぞ知るところだが)、両親に気を使って断りを入れる。あまりにも模範的すぎる反応に、俺はこれ以上食い下がって誘うことができなかった。


 「そうだ、王都くんを誘ってみたらどうかな? 彼はまだ来てないみたいだけど、誘ったら一緒に探索してくれるかもしれないよ」

 「王都か・・・ 、うーん」


 王都帝一おうとていいち、傲慢な性格と態度のデカさが特徴のクラス一の問題児。高身長でイケメン、イケボ。成績もクラス2番で運動神経も高めと、基本スペックはすごく高い。にもかかわらずその傲慢さのせいで、一部の女子信者以外のクラスの全員から嫌われている恐ろしい男だ。裏サイトでは鈴木とは逆に、彼を罵倒するスレが常に4、5個あった。


 「王都はなあ、誘ってもこないんじゃないかな。あいつ人付き合いそのものが嫌いそうだし」

 「そんなことないと思うよ。彼はみんなが言うほど悪い人じゃないし、話してみれば案外楽しいやつだよ。今回みたいな話も、彼はすごく好きそうだし」


 鈴木の屈託のないイケメンスマイル。確かにこんなに可愛い笑顔で話しかけられたら、王都といえどいつもの傲慢な態度を崩さざるをえないのだろう。俺が行っても冷たくあしらわれるだけ・・・ と思いつつも、鈴木スマイルに免じて一回だけ誘ってやろうと思った。


 「あの、おはよう」

 「なんだ、俺様に何かようか」


 始業直前の8時25分、奴は定位置である一番後ろの席に座る。俺は意を決して話しかけたのだが、案の定鋭い目つきで睨まれるのだった。


 「いや、実は学校の七不思議っていう噂が流れていて。それを一緒に調べてくれる人を探しているんだ。最初は鈴木を誘ったんだけど、あいつが王都はどうだって提案してきてさ」

 「何だ、一人で調べるのが怖いのか」

 「なっ・・・ 」


 別に怖くなんか・・・ いや少しは怖いが、こいつの言い方は非常にムカつく。人をバカにしきったような笑みといい、アンチスレが伸びるのも納得だと思ってしまった。


 「まあいい。話の内容自体は面白そうだし、他ならぬ龍馬の推薦だ。俺様が付き合ってやるよ」


 驚いた。鈴木龍馬の名前を出したとはいえ、王都が俺についてくるとは思っていなかった。それだけ鈴木のカリスマ性が凄いのか、それとも鈴木の話通り、こいつがこういう話が好きなのか。想定外の反応に俺はおもわず面を食らってしまう。


 「じゃあ今日の夜12時、校門前で集合な。遅れるんじゃねえぞ」

 「あっ、ちょっ」


 急にそんな・・・ と言おうとした瞬間、始業の鐘がなる。かくして俺はこの嫌味な男と、一緒に夜の学校探索に行くことになってしまった。

 

 夜12時、校門前。すでに王都は校門前で腕を組んで仁王立ちしていた。


 「遅いぞ、いつまで俺を待たせる気だ」

 「いや、時間通りなんだけど」


 相変わらずの態度の大きさだが、いつもみたいに遅刻されるよりマシだ。王都はよく学校を遅刻しており、ひどい時には登校が昼過ぎになることもある。こんな深夜の学校の前で長時間待ちぼうけなんて冗談じゃない。

 しまっている校門を乗り越え、俺たちは深夜の学校に突入した。正面玄関から校内に侵入し、左に曲がってまっすぐ進んでいく。目指すは第一の謎の場所である1階奥のトイレだ。

 

 「・・・ 」

 

 気まずい、非常に気まずい。さっきからただの一言の会話もなく、淡々と深夜の学校内に侵入していく。友達どうしでワイワイ言いながら侵入すれば冒険している感もあってとても楽しいのだろが、あいにくこの男にはそんなコミュニケーション能力はない。無言の静寂も相まって、夜の学校はより一層不気味に感じられた。


 「なあ、よくこんな夜遅くに外出の許可もらえたよな。まあ俺は寝てるフリをしてこっそり家を抜け出してきたんだけど、お前はどうやって抜け出してきたのさ」

 「父親は俺が生まれてすぐに離婚して家を出て行った。母親は会社の経営が忙しいとかで殆ど家にいない」


 しまった、明らかな地雷を踏んでしまった。気まずい雰囲気を払拭するつもりが、逆にさらに重苦しい雰囲気に包まれる。


 「さて、着いたぞ」


 そうこうしているうちに、最初の目的地である1階奥のトイレの前に着いた。


 「中は・・・ 一見しておかしい部分はないな」


 俺は深夜のトイレの不気味さに一瞬躊躇してしまったが、王都様は御構い無しに入っていく。俺も怖いがビビっていると思われるのも癪なので、一緒に中に突入する。


 「さて、何かあるとしたら個室か」


 奴は用意周到にペンライトを取りだし、冷静に周りを分析している。俺はスマホの光を頼りに、奴と一緒に捜索を進めた。


 「うぎゃああああああああああああああああああ」


 一つ目の個室のドアを開けた時、事件が起きた。トイレの壁際に、不気味に光る紫色の幽霊がいたのだ。俺は驚きのあまり腰を抜かし、尻もちをつく。

 

 「待て、よく見ろ」


 やれやれ。といった感じで、王都が俺を睨む。


 「便器の背の部分にブラックライトが仕込まれている。全く、誰がこんないたずらをしたんだ」


 ライトが壁に反射されることにより、トイレの壁に幽霊が写し出されていたのだ。タネを知ってしまえばなんとも気の抜ける、馬鹿みたいな仕掛けだ。


 「これでも間抜けなヘタレ小学生の腰を抜かすことぐらいはできるかもしれんが、あまりにも仕掛けが幼稚すぎるな」


 カッチーン。明らかな嫌味だ、これはさすがに本気でムカつく。とはいえ腰を抜かしてしまったことは事実なので、何も言い返せなかったのだが。


 「さて、こんな調子だと音楽室のピアノの方も大したオチじゃないんだろうな」

 

 トイレとは反対方向の角にある音楽室前に行くと、確かに中からピアノの演奏らしき音が聞こえてきた。俺はもし本当に幽霊の仕業だったらと思い一瞬身震いしたが、もう笑われたくはないので意を決して中に突入する。


 「暗くて何も見えないな」


 俺はスマホの明かりを頼りに、必死で辺りを探る。


 「ふむ。ピアノから演奏が聴こえてくるにも関わらず、鍵盤は動いていないか」


 俺が暗闇をわずかな光で右往左往している中、奴はピアノにペンライトの光を当て冷静に観察している。この辺のスマートさは悔しいが認めざるを得ない。さすがに殆ど授業を聞いていないにも関わらず、クラスで二番目に成績がいいだけのことはある。

 

 「と、なると・・・ やっぱりか」


 奴は俺の腕を引っ張り、ピアノの鍵盤を開いて見せた。


 「ほら、ここだ。よく見ないとわからないが、小型のスピーカーが仕込まれている」


 またしても情けないトリックに、俺は気が抜けてしまった。おそらくあの掲示板の書き込み主がいたずらで仕掛けたのだろう。学校の七不思議と言っても、蓋を開ければこんなもんだとがっかりその時だった。


 「おい。2階につながる階段の段数、昼間は13段だったよな」

 「あっ、ごめん数えてなかったや」


 俺がそう言うと王都は心底冷たい目を俺に向けながら、やれやれと大げさに両手を広げた。


 「『階段の段数が深夜になると増えている』という七不思議がある以上、昼間の段数を覚えておくのは当然だろう? 君は本当に低俗な知能しか持ち合わせていないようだな」


 そう言いながら奴はズボンのポケットからスマートフォンを取り出し、俺に一枚の写真を見せる。


 「ほら、ここに写っているのがこの階段の昼間の画像だ。見にくいとは思うが、数えれば13段あるとはっきり分かるはずだ」


 1、2、3・・・ なるほど、確かに13段ある。


 「じゃあ今、階段を上るぞ」


 そう言われるがままに、俺は階段を上っていく。1、2、3・・・


 「12、13・・・ 14」

 

 王都が見せてくれた昼間の画像では確かに階段は13段だった。にもかかわらず、今の階段の段数は14段。間違いない。


 「本物の七不思議だ」


 俺は恐怖半分、ワクワク半分で王都を見つめる。しかし王都は俺の方を見ることもなく、手を顎に当てて思索にふけっていた。


 「なあ、王都。聞いてんのか。ついに本物に当たったぜ」

 「ああ・・・ 」


 王都は思索から抜け出したらしく、ようやく俺と目があった。


 「そうだな。一応他の階層もチェックして、それで今日は解散にしよう」


 王都はそう言うと、さらに階段を上っていった。


 「ちょっ、待てよ」


 俺は慌てて後を追う。結局学校にあるすべての階段を調べたが、段数が増えているのは東西一つずつある1階と2階をつなぐ階段のみで、後の段数すべて昼間と同じ13段だった。


 「なあ、ちょっとトイレに行きたいんだけど」

 「そうか、なら一人で行けよ」

 「嫌だよ、さすがに怖いよ」


 深夜の学校のトイレに一人で入るなんて恐ろしいことは俺にはできない。俺は王都の袖を引っ張り、無理やりトイレ前まで連れていく。


 「あれ」


 4階のトイレには、鍵がかかっていた。


 「誰も来ない深夜だからな。鍵がかかっているのも無理はない。1階のトイレなら空いていたし、そこを使ったらどうだ」

 「嫌だよ」


 いくらガセだとわかっているとはいえ、幽霊騒動のあったトイレで用など足したくはない。結局その日はそのまま帰宅し、家のトイレで済ませるのであった。


 次の日。学校に行くと、珍しく王都が先に登校していた。


 「おい」


 早速王都が話しかけてくる。


 「おそらくだが真相が分かった。今夜12時、もう一回深夜の学校探索に行くぞ」

 「ええ!? 」

 

 信じられないことに、王都は一晩でトリックを見抜いてしまったようだ。最も自信家の王都が『おそらく』とつけているあたり、確信を持てている訳ではないようだが。


 「その前の仕込みだ、着いてこい」


 そう言うと王都は俺を引っ張り無理やりトイレに連れ込んだ。強引にトイレに連れ込まれる姿を見られ、変な噂を立てられなければ良いのだが。


 「ここって、昨日のトイレじゃないか」


 そう。昨日俺たちが探索に行き、ブラックライトで幽霊が壁に映し出されていたトイレだ。


 「さて、良く見ておけよ」


 そう言うと王都はポケットから鋭いナイフを取り出すと、壁を削り始めた。


 「待て、やめろ。まずいって」


 俺が止めるのも御構い無しに、王都はナイフで壁に傷をつけていく。


 「この傷を良く覚えておくんだな。鳥頭で覚えられねえっていうんなら、写メでも撮っておくんだな」


 相変わらずの上から目線。俺は言い返そうとしたが、その時にはすでに奴はトイレから抜け出していた。俺は鳥頭ではないが万一ということもあるので、その壁の傷を写真に収め、トイレを出る。


 「キーンコーンカーンコーン」


 しまった、奴に気をとられるあまり、始業時間をすっかり失念していた。皆勤賞だったのになあとがっかりしながら、俺は急いで教室に向かった。


 同日、夜12時。俺は前日の反省を踏まえ10分前に到着するものの、やっぱり王都は先に到着していた。しかし今日は早めに来たせいか不機嫌になることはなく、むしろ口元には笑みが浮かんでいた。


 「さて、まずは問題のトイレに行くぞ」


 再び問題のトイレに行くと、そこには幽霊がいた。もちろんこれはブラックライトで作り出された偽物だとわかっているので、特に驚きはしない。


 「ブラックライトはどうでもいい、問題は壁だ」


 そう言いながら王都は壁にペンライトを当てる。するとどうだろう、昼間にはあれだけあった壁のナイフ傷が、跡形もなくさっぱり消え去っていたのだ。


 「傷が・・・ 無い」

 「そうだ、跡形もなくな。たった1日でここまで綺麗に傷を治すことは出来ねえ。つまりここは『朝に来たトイレとは別の場所』ということだ」


 どういうことかさっぱり分からない。俺たちは確かに正面玄関から校舎に入り、左に曲がってまっすぐ奥。つまり1階奥のトイレに向かったはずだ。どうしてそれで別の場所にたどり着いてしまうのか。


 「さて、次は音楽室だ」


 1階の反対サイドにある音楽室では、相も変わらずピアノの音が鳴り響いている。もっともこれもトリックはすでに見抜いているので、怖くはないのだが。


 「さて。朝には時間がなくてこれなかったが、ここにも俺は仕込みを用意しておいた」


 そう言うと王都はスマホで画像を見せてきた。そこには音楽室の壁が映されており、無数のおびただしい傷がつけられている。


 「な? 音楽室の傷も、綺麗さっぱり無くなっているだろう。ついでに俺は教室の見えない隙間にガムを落としておいたんだが、それも今は確認できない。ここまで言えば、階段の段数が増えたトリックも想像がつくんじゃないか」

 「ごめん、さっぱり」


 いや、そんなことを言われてもさっぱり分からない。むしろ壁に傷をつけたりこっそりガムを落としておいたりする、王都の迷惑行為の方ばかりに目がいってしまう。


 「まあ確かにお前ら庶民からすれば『そんなことは不可能だ』と思うのも当然のトリックかもな。でもま、俺様みたいな貴族からしたら何てことはない、低レベルなトリックだよ」


 そう言うと王都は職員室の隣、校長室に向かった。


 「俺様の想像が正しければ、犯人は1階の職員室か校長室。そのどちらかに潜んでいる」


 そう言うと奴は校長室の扉に手をかけ、開いた。鍵はかかっておらず、扉が開く。


 「やっぱりてめえか」


 校長室・・・ には入ったことがないのでなんとも言えないが、その部屋は明らかに異質だった。大量のモニターが設置され、そこには校内のみならず、郊外の様子までもが監視できるようになっている。モニターの下には制御装置? のようなものがあり、椅子が一脚。そこには長身でダンディなおじ様が、ヘッドホンをしながら座っていた。


 「校長先生!? 」


 俺は驚き、腰を抜かす。校長先生はヘッドホンを外すと、俺たちに笑顔で話し始めた。


 「いやはや、監視カメラで見ていたけど全てお見通しみたいだったね。帝一」

 「フン、こんなトリックを仕掛けられるとしたら俺様か、それ以外ならてめえぐらいだろう」

 「そうだな」 

 

 そう言うと校長はコーヒーに口をつける。


 「『ここは地下一階』で、深夜になると学校全体がせり上がるような仕掛けが施されている。これが階段の段差が増える、いや学校の七不思議のトリックだろう」 

 「そうだ」

 

 校長はパチパチと拍手をしている。まるでトリックを見抜かれたことが嬉しかったかのように。


 「全く、いくら金が有り余っていても学校そのものを改造するか? おかげでこれしかないと思いつつも、ここに来るまで確信を持ちきれなかったぜ」

 「ハッハッハ、そうだろう」


 校長は楽しそうに笑う。


 「まさか学校そのものがせり上がって、階層が一段ずつずれているなんて考えもつかんだろう。だから見抜かれないと思ったのだ。七不思議の噂を聞きつけやってきた生徒が、驚きさらに噂を広げる。まさかバレるとは思っていなかったが、これはこれで面白かったから良しとしよう」


 校長と王都はお互いどこか通じあっているように見える。王都も校長もこういうのが本当に好きなのだろう。今なら王都が俺の誘いに乗った理由がわかる、あいつはこういうハラハラするような冒険が、俺以上に大好きなのだ。


 「事業で成功して巨万の富を得たのが二十代半ば、残りの人生は前々からやりたかった教育者として生きてきたが、やっぱり普通に生きるなんてことは私にはできないみたいだ。私は若い頃からずっと、ワクワクするようなことをしていたいのだ」

 「そうだな、俺たちなんかよりてめえの方がよっぽどガキだよ」

 「ハッハッハ。そうか、そりゃ一本取られた」


 そう言い残すと王都は踵を返し、とっとと校長室を出てしまった。


 「じゃあな」


 さっきから気になっていたが、こいつは目上の人間に対しても全く敬語を使わない。しかしどうせ言っても治らないので、俺は校長に頭を下げ、校長室を出て行った。


 「トリックも証明できたし、帰るか。じゃあな小林、まあまあ楽しめたぜ」


 そう言うと奴はとっとと帰ってしまった。しかしこれで全ての真実を解明できたのだろうか。俺は思索に耽りながら、ゆっくりと帰路についた。


 「あの、すみません」

 「おや、小林くんじゃないか」


 翌日、放課後。俺は最後の謎を確認するため、校長室を訪ねていた。正直この謎は俺が詮索していいものなのかはわからない。それでも俺の中の真実を確認したいという欲求が、この場に足を運ばせたのだった。


 「あの。もし言いたくなかったり、間違っていたりしたら遠慮なく言っていただきたいんですけど」

 「どうしたんだい急に。昨日の件で、まだ話したいことがあるのかい」

 「校長先生って、王都くんのお父さんですよね」


 校長先生の表情が、一瞬凍りつく。しかしすぐにいつもの優しい笑顔に戻ると、机の上のコーヒーに口をつけた。


 「どうしてそう思うんだい」

 「王都くんから、父親は物心つく前に家を出て行ったという話を聞きました。一つめの理由としては、王都くんのお父さんならお金もちでも不思議じゃないかなって」

 「なるほど、でもお金もちなんてものはいくらでもいるよ。それだけで私と王都くんが親子だと断言するのは無理があるんじゃないかな」

 

 校長がコーヒーをすする。


 「二つめは学校裏サイトの掲示板削除です。学校裏サイトには様々なスレッドがありましたが七不思議の投稿と同時に一斉に削除されました。そこには王都くんの悪口を書くスレッドもかなり散見されていましたよね」

 「うーん、なるほど。確かに裏サイトの一斉削除は私が行ったことだ」


 校長はコーヒーカップを置き、俺を真剣な見据えた。


 「しかしそれだけでは根拠が薄いな。仮にも教育者ならば、あんなものを許してはおけないだろう。別に特定の生徒をかばう訳ではなく、サイトそのものに憤慨するのは当然だと思うがね」

 「三つ目の根拠は、あなたの生徒の呼び方です。あなたは丁寧な方なので、生徒は常に苗字+くん付けで呼んでいます。でも昨日王都に部屋に侵入された時、とっさに『帝一』としたの名前で呼びましたよね」


 校長はしまった、というふうに下を向く。しかし校長はすぐに顔を上げると、柔和な笑顔に戻った。


 「だが王都くんは私がお金もちだということを知っていたようだ。登下校のみでしか会わない君たちとは違い、親しい間柄だったという可能性もある。何も親子なわけじゃ」

 「諦めな、親父。そいつはそれなりに確信を持ってここにきているんだ。これ以上はごまかせねえよ」

 「王都!? 」


 話の最中、王都帝一が校長室に侵入してきた。どうしてここに来たのだろう。もしや王都も自分の父親だということに昨日気がつき、確認のために来たのだろうか。


 「お前が俺の親父だってことは、とっくにお見通しさ。だから俺様の悪口が書かれた、学校裏サイトが許せなかったんだろう」

 「どうしてわかったんだ」

 「王都財閥の御曹司の情報網を舐めるなよ。親父が12年前母親と離婚して、その金を元手に事業を成功させたことは調べればすぐにわかった。名前を変えて私立小学校の校長やっているっていうのには、少々たどり着くのに時間がかかったがな」


 王都は校長が父親だということをとっくに知っていたようだ。だからこそ彼の仕掛けたトリックの内容をすぐに見抜けたのかもしれない。


 「すまなかった。お前のお袋と喧嘩して家を出て行ったはいいが、どうしても家に残した一人息子のことが気がかりでな。だがどうしても、話しかける勇気が出なかったんだ」

 「気にしすぎなんだよテメエは。俺様の親父だっていうんなら『俺が話したいから話す』でいいじゃねえか」

 「帝一・・・ 」


 校長先生の瞳にうっすらと涙がにじむ。


 「私は裏サイトを見て心配になったんだ、帝一がいじめられているって。だが誰が書き込んでいるかもわからない現状、サイトを消したところで他の場所に移動するだけかもしれん。それでなんとか他のことに生徒の気をひこうと、前々から試そうと思って作っておいた七不思議の仕掛けを発動させたんだ」

 「そうか、それで七不思議なのに三つしかなかったわけだ」


 王都はいつもの傲慢不遜なドヤ顔で答えた。


 「安心しな、俺様はいじめにあっているわけじゃねえ。友達もいるし、普通に楽しく学校生活をエンジョイしているぜ」


 半分は真実かもしれないが、半分は嘘だ。確かにこいつは『いじめ』というほど他者から攻撃を受けているわけではないし(嫌われてはいるが)、学校生活をエンジョイしているかと言われればしているのだろう。しかしこいつが友達と話している姿など見たことがない。ごくたまに鈴木龍馬と話している姿が見受けられるが、それは彼の優しさによるものであり、友達かと言われるとまた別問題だろう。


 「友達もいるのか! それなら安心だな」

 「ああ、友達ならここにいるぜ。な『文人』」

 「ちょっ、やめっ」 


 そう言うと王都は俺の首に手を回し、体を密着させてくる。俺は別にこの時点ではこいつを友達とは認めていないのだが、校長の手前そこまで嫌がるそぶりを見せることもできない。しかしこの傲慢不遜のナルシスト少年との奇妙な腐れ縁が、ここから始まることになるのである。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 仕掛けそのものはアリだと思いました。 [気になる点] この作品をミステリーとして読む場合、仕掛けが現実味がなくて閃きようがないです。 少しだけ校長がありえない大改造を行った例を他に出して…
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