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「にしても純君、ちょっと見ない内にまた背が伸びたね。余所の子の成長は早いと言うけれど」「そうっすか?」
東堂家玄関口を抜けた先で夜空を仰ぎ、後頭部で腕を組む若頭。
「あれでもクラスじゃ一番チビっすよ、あいつ。身長だって、正月からたった一センチしか伸びてねえし」
「学校へ通い始めたせいかな、少し雰囲気変わったよ。男の子の成長期はこれからだし、何れは雲雀君を追い抜くかも」
「おっと、そいつは弱ったな」
額を叩き、ま、そりゃそうか、小さな溜息を吐く。
「あいつも、何時までも子供じゃいてくれないんだよな……」
僕と純君の初対面は二年前。いつも通り往診に訪れた際、故白虎会前組長、東堂 要氏の隣で正座していたのが彼だった。
―――初めまして、先生。鎮森 純、です。宜しく。
往診は専ら平日昼間のため、実に八ヶ月振りの顔合わせだ。どう言った経緯で彼が引き取られたかは知らない。が、少なくとも雲雀君の親戚でない事だけは確実だ。
死病発覚以前、東堂氏が内密に教えてくれた。自分の片腕の血縁は正真正銘、隣街の首都リビドにいる実妹。鎮森 朱鷺唯一人だ、と。
―――先生。儂が死んだ後も、組を宜しくお願いしますぜ……特に雲雀の奴ぁ、ああ見えて意外に脆い男なんで。
―――縁起でも無い事言わないで下さい。そんな弱気だと、今巷で噂の死姦魔に襲われちゃいますよ?東堂さん、ダンディな上にイケメンですし。充分奴の守備範囲ですからね。
―――はっはっは、こんな老いぼれを好き好んでか!そいつぁ傑作だ!!
彼の件に関しては従兄弟誘拐事件の直後、即謝罪に赴いた。すると頭に包帯を巻いたままの雲雀君に対し、アヤメさんが差し出した一通の封筒―――亡夫の遺書。内容は僕及び僕の罪を赦し、これからも皆で仲良く、と。
(今の所、彼の遺言はきちんと守れている筈だ……だけど)
―――なあ、先生。誰にも裁かれず過去へ押しやられた罪は、それでも罪には違いないよな。
―――東堂さん?……ええ、少なくとも僕は同意見ですよ。仮令何らかの手違いで無罪となっても、巡り巡って罰は下される筈です。そう信じでもしないと、この世界は余りに無常で理不尽だ。豪放磊落な東堂さんにもあるのですか、赦せない罪が?
―――あぁ……滅茶苦茶悔しいぜ、先生。後を託さざるを得ないってのが、こうも辛いとはな……。
死の間際、果たして彼は誰の罪に苦悩させられていたのだろう。他言無用と念を押され、早一周忌も過ぎ去った。今度アヤメさんにでもそれとなく訊いてみるか。
手筈通り雲雀君と協力し、トランク内で斜めになった凹凹の自転車を引っ張り出す。車体の前後を抱えたまま、後方に停車した黄色のビートル、推定高さ二メートルの天井部へ抱え上げる。最後に金具で四箇所を留め、固定完了だ。
「ふぅ。自転車屋さんへは明朝持って行くとして、ナナちゃん。怪我の事もあるし、折角だから修理が終わるまで車に乗って行ったらどうだい。大学から遠いお友達は皆そうしているんだろう?」
絶対嫌!凄い剣幕で全否定。
「家の車って原色ボディカラーな上、どれも高級車種ばかりだもの!あんなのに乗って悪目立ちする位なら、徒歩の方が何十倍もマシ」
「いやいや、その脚で歩きだと片道一時間じゃ済まない―――はあ、しょうがないな。僕のバイクを貸してあげるから、せめてそれで行きなさい。いいね?」
とは言え、あれも大概通好みのビンテージだから、女の子が乗り回してたら厭でも目を引きそうだけどね。背に腹は代えられないと渋々了解する頭をポンポンし、まあまあ、と慰めた時。娘の華奢な肩口の向こう側でキラッ!一際鮮やかな青の光が反射した。
「おや」ザッ、ザッ。ヒョイ。「これは―――ナナちゃん、バレッタ落と」パァン!!「………ぇ?」