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ガラガラガラ。「やあ!転んだってナナちゃん、大丈夫かい!?」「パパ!」
今朝と同じ水色のワイシャツに臙脂のベスト姿の父は、入室するなりベージュ色のパンツの片膝を畳に着けた。断りつつスカートを捲り、何て酷い傷だ!絆創膏に滲む血へオーバーリアクションを示す。
「僕の大事なナナちゃんにこんな大怪我を負わせるなんて、当て逃げ犯め!見つけたらタダじゃおかないぞ!!」
プリプリ怒る父を愛しさと照れ半々で宥め、早退してきたの?時計を指差し問う。両掌の傷を確認中だった医師は、僕は雲雀君が一緒だから大丈夫って何度も説明したんだけどね、苦笑した。
「一報の際の叫び声が、運悪く診察室前にいた院長先生の耳に入っちゃってね。根掘り葉掘り訊かれた挙句、診察なんて任せて早く行ってやれ、と叩き出された次第さ」
「ふふ、灯先生らしいね」
鳩木 灯先生。私が物心付く以前からヘルン総合病院の院長を務める、とってもチャーミングな小母様だ。しかも外科医の腕は宇宙で五本の指に入り、紹介状片手に訪れる患者さんも多いとか。
「あの人、ナナちゃんの事は赤ちゃんの頃から知っているしね。未だ独り身だし、大方娘か孫みたいに思っているんじゃないかな。そうそう、ペテルギウスも随分心配していたよ。今頃家でやきもきしながら待っているだろうね」
あ、携帯の存在に思い出し、急いで鞄を開ける。着信履歴は一件。相手は勿論、
「ご、ごめんなさい!?私、すっかり気が動転してて……!!」
「大丈夫大丈夫。突然事故に巻き込まれたんだ、彼女も僕もちゃんと分かっているよ」
更に謝罪事項を重ねた娘の頭を撫で、続いて救助者へ向き直る父。本当にありがとう、畳に着く程頭を下げる。
「もし雲雀君が通り掛からなかったら、一体どうなっていた事か……純君も、娘の話相手をしてくれてありがとう」
「いや。俺は別に」
「止して下せえ、先生!困った時はお互い様ですぜ」
言い澱む少年の肩をバンバン叩き、豪快に笑う鎮森さん。
「そうは言っても、おや。しかもケーキまで御馳走してくれたのかい?ならますます今度お礼をしないと」
さあ、掴まって。先に起立し、父は腕を引いて私を補助する。車まで歩けそうかい?うんうん、ナナちゃんは強い子だね、との褒め言葉付きで。
「おっと。表までお見送りしやすよ、先生。チャリも積み込まねえといけねえし、力仕事なら任せて下せえ」
「おや、構わないのかい?組員の人達も帰宅したようだし、そろそろ夕食の時間じゃ―――なら、お言葉に甘えさせてもらおうかな。側面なら楽だったんだけど、生憎今日の車は天井にしか載せられないタイプでね」
じゃあ俺、食器片付けてくる。素早くトレーに使用済み食器を纏め、ぺこり、軽く会釈して腰を上げる最年少者。
「その、ナナお姉さん。さっき言ってた奴だけど……軽くだけど、夜が明けたら俺も探しとくよ。丁度通学路だし」
「ありがとう、でも無理しなくていいからね。後この怪我が治ったら、今度は私がケーキ持って来るね―――じゃあ、お休みなさい」
退出を告げ、台所から顔を出す女将さんへも一礼。私達父娘は居間を後にした。