終章 星海の来世
「―――上がったみたいだよ、雨」
カーテン越しの夕焼けを指差しながら告げると、本当ですか!?ソファで愛猫を撫でていた茶髪のお嬢さん面を上げる。
「良かったー、夜までに止んでくれて。すぐにあの子呼びますね。おーい、カレンー!」
廊下に響き渡る高い声。程無く現れた相方の視線は、気のせいではない。相変わらず表情こそ無いものの、こちらを探る物へと変化していた。
「?どうしたの、カレン」ぽんぽん、結び直した赤いリボンを叩き、「お腹でも痛い?」
「いいえ。降雨は収まったようね、帰りましょう」
「待ちたまえ。まだ服も乾き切ってないし、もう少し火に当たっていきなよ」
そう提案し、僅かに湿り気を残すブラウスを示す。が、それには及ばない、そう言いたげに彼女は今にも折れそうな細首を左右へ。
「生憎大家がオムライスを作って、私達の帰りを待っているので。今日は助かりました、キリ」
「あ、うん。またね、猫ちゃん」
挨拶代わりに愛猫の背を一撫でし、半ば引き摺られるように玄関を潜って行く彼女。遠ざかる二つの背を見送っていると、秋風に運ばれた彼女等の会話が聞こえて来る。
―――もしかしてカレン、オムライス好きなの?
―――……さあ、どうかしらね。
―――つまりは大好物って事ね。じゃあリリンさんに言って、カレンの分は多目にしてもらわないと。
「……ああ、成程」
どうやらあの娘、俺の正体を察したらしい。となれば当分、或いは二度と彼女等の来訪には期待出来ないと見ていい。折角気難しい彼が珍しく懐いていたのに、残念だ。
家内に舞い戻り、相変わらず瞼を閉ざしたままの愛猫を抱え上げる。触れた瞬間右手をピクッ、と痙攣させるも、以降は頑なに微動だにしなかった。
「全く、お前は本当に素直じゃないな」
声を掛けつつ階段を昇り、二階の寝室へ。シーツに横たえ何れ程頭を撫でられようと、普段通り無言の抵抗を続けたまま。
幾許の無意味な時が流れた頃か。ふと顔を上げると、窓の外には何時の間にか満天の星空が広がっていた。気配を察知し、気怠げながら自発的に立ち上がる愛猫。
酷く億劫げに瞼を開き、月明かりに照らされる緑瞳。緩慢に星空を仰いだ彼は、季節外れの伴侶を呼ぶように小さく一声鳴いた。寝室に広がる哀愁、孤独な声色が、余韻すら残さず掻き消えるのも構わずに。
「チッ、目障りな光め。残らず消滅してしまえばいいのに」
俺の一言に、地上へ縫い止められた太白は再度瞑目し、沈黙と共に魂の最底へと沈む。幾度も、幾十度も繰り返された非生産的なやりとり。閉鎖された霊廟の内側。二度と進まぬ時計の針。終ぞ通わぬであろう、囚われた二つの魂。
それでも、尚、今更に。叶わないと承知しつつ、俺は今日も自慰的な願望を唄ってしまうのだ。
「……免罪なんて糞喰らえだ。他でもないお前の復讐ならば、俺は歓喜と共に甘受しよう」
だから、お願いだ。
「なあ、頼む……最後に一度だけでいい。また昔みたいに笑ってくれよ―――キム」




