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鎮森さんの言う通り、事故現場から五分も経たず白虎会へと到着。ヘルン郊外の山間に建つ屋敷は、この地方には珍しい純和風の平屋建てだ。但し、仁侠映画で見るような如何にもな門は無し。代わりに手入れされた松や椿、紅葉等が植えられた見事な前庭が広がっていた。
「着いたぞ、お嬢。歩けるか?」
「は、はい!」
手を引かれるまま石畳へと降り立つ。園芸科生の性でついつい樹木を観察していると、ひょこっ、ハナミズキの背後から小さな人影が現れた。
年は十歳前後。短く刈り込んだ黄土色の髪に灰色の瞳の少年は、右手に背丈より長い熊手を持っていた。格好はラフな白いTシャツと茶色いパンツ。上から羽織っているのは、狼のワンポイント付きのパーカー。どうやら庭掃除中のようだ。舎弟さん、にしては随分幼い。組員さんの子供だろうか?
「おう。今帰ったぞ、純」
「おかえり。そっちの人は、客か?」
相好を崩す大人とは対照的に、怪我、してるみたいだけど、子供にしては乏しい表情で首を傾げる純君。
「プロキオン先生の娘さんだ。ついさっきそこで当て逃げされてな。居間で手当てしたいんだが、今誰か使ってるか?」
「いや」ふるふる。「女将は晩飯の支度中だし、別に構わないと思う」
「なら良かったぜ。ああ、そうだ」
ポケットをゴソゴソ、一枚の紙幣を差し出す。
「久々の堅気の客人だ。一っ走り行って、こいつでケーキでも買って来てくれや。勿論三人分な」
予想外の注文にぽかんとする使いへ、飲み物はコーヒーでいいよな?有無を言わせず続ける大人。
「先に用意しとくぞ」
「あ……うん、分かった。行って来る」
首肯と同時に掃除道具を手早く回収、屋敷内へと走り去る少年。その小さな背を見送り、鎮森さんは後部座席のドアを開けた。私の学生鞄を掴み出し、顎で門を示す。
「手荷物はこれだけだったよな?こっちだ、お嬢」
「済みません、何から何まで」
案内されるまま玄関の三和土で靴を脱ぎ、居間へ。襖の先では丁度、恰幅の良い五、六十代の着物姿の女性がニュース番組を視聴中だった。
「よ。今戻ったぞ、女将」
「ああ、おかえり」ピッ。「おや、別嬪さんとは珍しい。お前の客かい、雲雀?」
先程同様事情を説明すると、そいつは厄日だったねえ、東堂 アヤメさんは痛ましげに眉を顰めた。その間に鎮森さんは部屋の奥の棚、白に赤十字の描かれた救急箱を提げて戻って来る。
「待たせたな、お嬢。適当に座布団敷いて座ってくれ」
「ちょいと雲雀。あんた嫁入り前の、しかも大先生の娘さんの脚を触ろうってのかい?ここは女同士の方が」
「あんたは台所でコーヒーの支度をしててくれ。純を買い出しに行かせてる。請ける茶が無いと困るんだよ」
「あの子を、かい?―――ならしょうがないね。但し、くれぐれも妙な真似はするんじゃないよ」
「へーへー」パタン。「全く。当然の心配とは言え、組長は五月蝿くて敵わないぜ」
そうぼやきつつ、まずは患部を濡れタオルで拭う。綺麗になった所で、今度は消毒薬を染ませたガーゼでぽんぽん。最後に大きいサイズの絆創膏を四つ使用し、入念に傷口を保護してもらった。
「ほらよ、もう動いていいぜ。はは、何かお嬢の手当てしてると妹を思い出すぜ。今は首都暮らしなんだがあいつ、餓鬼の頃はホントしょっちゅう転んでよ。いつも俺が絆創膏貼ってやってたんだ」
「道理で手際が良いんですね。じゃあ、純君も鎮森さんが手当てを?」
「ん?あぁ、まぁ」
想定外の質問だったのか、明後日の方を向いて頬をポリポリ。
「あいつは朱鷺と違って、そもそも怪我する程迂闊な真似をしねえし……いや、単に隠しているだけか……?」
道具を救急箱に収める間も、険しい顔でブツブツ。それでもやっと私の存在を思い出したらしく、いや、こっちの話だ、そう簡潔に誤魔化した。