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警察の事情聴取を小一時間受けた後。現場検証を刑事組に任せ、僕等四人は一足早く特殊精神病院を後にした。
―――うちなら大丈夫。センリさんを降ろした時から、うっすらこうなる予感しとったし……泣く事あらへんよ。夫婦が漸くまた一緒になれたんやから、寧ろ祝福したらな可哀相や。
―――ロバートさんの件は残念でしたが、事態は火急を要します。敵の本拠地へ突入なさるなら、決定次第御連絡下さい。僕等も応援に駆け付けます。
唯一の幸運は、標的のローラン氏が掠り傷程度で済んだ事か。寧ろ吃驚してベッドから転落した際、強かに打ち付けた腰の方が重傷な位だ。
「ところで先生。さっきの純の電話は一体」
「確認が取れてから話すよ」
答えつつハンドルを回し、ヘルンのメインストリートを直進。既に六月君は帰宅済みだ。彼の希望に添ってリビド市西端、病院行きのバス停前で降ろして来た。
(にしても末恐ろしい子だ……まさかこのタイミングで、推理の最後のピースを与えてくれるなんて)
悟られないようチラッ、バックミラー越しに半盲人を窺う。病状に変化無し、と。
(どうやらキム君とも気が合うようだし。案外良いコンビなんじゃないか、あの子達)
途端、診察鞄内の携帯が鳴る。待ってましたとばかりに雲雀君が掴み出し、通話ボタンをプッシュ。御丁寧にも僕の右耳へ当ててくれた。
「はい、プロキオンです」
『私だ。早速だが先程婦長に依頼した調査結果を伝えるぞ』
「え、院長!?もう病院へお戻りなのですか?」
そう驚くような事か?昼間の騒動の疲労など微塵も感じさせず、元気溌溂な通話相手。
『バイクなら獣道でも突っ切れるからな。幸い先生に大事も無かったし、小一時間前には戻っていたぞ』
「に、二輪ですか……余り無茶しないで下さいよ」
妙齢の女性なんですから、心中でそう続ける。
『結論から言えば、お前の仮説通りだった。最終通院記録の日付は三年前だ』
つまり以降、うちの病院には掛かっていない、と。成程、辻褄は合う。だとすると一体、
「御協力感謝します。あ、くれぐれもこの件は」
『口外無用、だろう?』
フッ、悪役宛らの不敵な笑い。
『安心しろ―――うちの患者を騙る輩などに、くれてやる情報なぞ無い。しっかりやって来い』「!!?は、はい。院長も念のため身辺にはお気を付けて」
通話を終え、指示器を出す。相変わらず切れ者の上司で助かる。上手く行ったようっすね、早くも拳を鳴らし始める介助者。
「うん。白虎会に戻り次第作戦会議を」チラッ。「勿論参加してくれるよね、キム君?」
無言、か。精神病院を発って以来、ますます謙虚さに拍車が掛かるばかりだ。六月君との会話も精々頷く程度だったし。
気拙い沈黙のまま東堂家に到着。ベンツの隣に駐車し、出迎えの女主人が立つ玄関へ歩を進め、各々挨拶を交わす。
「よう、女将。純の奴、今日はちゃんと大人しくしてたか?」
「表面上は、ね」
言葉を濁した後、妙だね。すっかり帳が落ち、山間の夜闇に支配された周囲をキョロキョロ。
「さっき急に出て行ったから、てっきりお前達を迎えに行ったのかと」
「大方小便だろ。そうだ、今からちょっくら俺の部屋に籠もる。すぐに出掛けるから、晩飯は茶漬け程度でいい」
「ほう、いよいよカチコミって訳かい。了解さ」
一見柔和な風貌でも、流石は極道者の妻。血が騒ぐのか、年甲斐も無く目を爛々と輝かせた。
だが、僕等は実に迂闊だった。正門通過の刹那まで、あと一人の同乗者の存在を完全に失念していたのだから。
ブロロロッ!!「キム君!?」「おい、何やってんだ坊主!!?」
ビートルのバック音に掻き消される制止。アクセル全開で復路をUターンする大学生の耳に、当然ながら届く道理も無い。夜の街へと走り去る愛車を、僕等はただ呆然と見送るしかなかった。
「くそっ、あの餓鬼!?あんな様で単独行動とは良い度胸だ!!」
焦燥から石畳を蹴飛ばす彼へ、ローラン病院、僕は告げる。
「は?」
「キム君の目的地はあそこだ。悪いけど雲雀君、君のベンツを出して欲しい。僕等も彼を追って、急いで向かわないと!」
不測の事態に生憎覚悟は決まっていないが、どうやらここが正念場らしい。僕等が無事元の日常へ帰れるか、或いは否か、の―――。




