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帰還した女刑事の一声は、一瞬別人かと思う程高音のソプラノ。続いて隣り合った顔付きを横目に窺い、遅ればせながら「霊媒」の意味を悟った。
「あなた、どうか目を覚まして!私はあの時間違い無く殺されたの。顔は見えなかったけれど恐ろしい、冷酷無情な犯人の手に因って……!」
十八年前の恐怖に唇を戦慄かせる朱鷺さん、否。現世に蘇ったセンリ・クラピト夫人は、躊躇無く夫の下へ歩み寄る。
「セン、リ……嘘だ、本当に君なのか……?」
「信じられないのも無理無いわ。私もついさっき彼女に呼び起こされて、吃驚している所だもの。まさかまたあなたに会えるなんて……」
ガチャン!滑落するライフルも、亡き伴侶が伸ばす腕の存在感の前には無に等しい。鮮やかな火傷に指を沿わせ、優しき霊は我が事のように悲歎の息を漏らす。
「酷いわ、人のする事じゃない……それに頬も随分こけてしまって。きちんと三食摂らないと駄目よ」
睡眠も、ね。在りし日のように背伸びで肩を叩く。
「あなた、熱中すると寝食を忘れるタイプだもの」
「ああ、うん……君の言う通りだ」
細まる彼の黒い眼に、最早殺意は微塵も存在しない。妻を一途に愛する良き夫、完全に自我を取り戻したのだ。
積もる話は後にしよう。伴侶の肩へ手を添え、一歩下がらせる。
「彼等に伝えておかなければならない事がある」
「……ええ、それがあなたの選択なら」
?何だ、今の妙な沈黙は。疑問に思う中、世話を掛けたな皆、こちらを振り返る探偵。
「雲雀君。朱鷺ちゃんは確か、霊媒中は意識が無いんだったよな?代わりに君から伝えておいてくれ。ありがとう、と」
「は?んなモン、後で幾らでも言えば」
エッセ先生、陳謝の籠もった最敬礼。
「操られていたとは言えあなたを、そして御息女を危険に曝し、誠に申し訳無かった。到底謝って済む問題では無いが」
「いいえ。僕はあなたを赦しますよ」
取り敢えず下へ降りましょう、非常階段を示す。
「大分衰弱しているようですし、火傷の治療もしないと」「―――敵は三人」「え?」
無音で遠ざかる妻を見送りながら、彼は淡々と言葉を続ける。
「奴等はしばしば無害な羊の皮を被る。ありとあらゆる手段を使って、な」
探偵は遺族達を一瞥後、視界の隅ではためく包帯を鬱陶しげに払い除けた。
「差し詰め君への命令は、用済みの僕の始末と言った所か―――シド」「「っ!!!?」」
葵刑事が、敵の手先……?一斉に動揺する僕等へ、どうか彼を責めないでやってくれ、告発者は肩を小さく竦めた。
「卑劣な奴等の事だ、大方朱鷺ちゃんを人質にとでも言ったのだろう。例の祖母の霊媒以来、シドは大分負い目を感じているからな。付け入る隙は十二分にある」
「何故、そんな事まで……失踪以後、ロバートさんとは一度も顔を合わせていないのに」
「何、探偵の勘さ。接触は最近か?」
「ええ。昨夜、郵便受けに手紙が入っていたんです。御丁寧に隠し撮り写真を添えて、今日ここへ現れたあなたを……事故か、或いは正当防衛に見せかけて殺せ、と」
何て事だ。なら、もしもセンリさんの協力抜きで説得を続けていたら今頃、
「成程。矢張り連中は最初から僕を切り捨てるつもりだったか。まあ、既に君等は核心の目前だ。最早木偶の鉄砲手では役不足って所だろう」
「何ですって?」
「次は本気で殲滅しに来る、と言う意味さ。早ければ―――今夜にも」
戦慄の一同を観察しつつ一歩、二歩……と後退する彼。
「先生、正直に答えて下さい。あなたは何処まで掴んでいらっしゃいます?」
「……三番目の敵の正体以外は、概ね」
「ブラボー。医者にしておくには勿体無い推理力だ」
褒め称え、スッ。懐から何かを取り出す。
「なら是非お願いします。どうかこの孤児達を最後まで導いてやって下さい―――僕に代わって」「!?センリさん、どいて下さい!!?」
後方の二人も駆け出すが、到底間に合わない。拳銃を己が米神に当て、長い間一人にして悪かったな、探偵は亡き妻へ愛情を籠め微笑む。
「いいえ。待つのは嫌いじゃないから」
「そうだったな。済まない、今そちらへ行く」
カチリ、と引き金が鳴って、
「―――だからどうか、再会の口付けを」パンッ!




