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外壁の非常階段を駆け上がり、病院屋上。袋小路に追い込まれたにも関わらず、狙撃犯にあるのは茫とした殺意のみ。
成程。純君の言葉通り、これは紛れも無き道具の眼だ。但し彼と違い、こちらの洗脳期間はたっぷり三ヶ月。恐らく十八年前のローラン氏とほぼ同じ状態と考えていいだろう。さて、どうした物か。
「止めてや、ロバートさん!」
「僕達が分からないんですか!?」
「五月蝿い!お前達さえ消えれば、センリはまた僕と暮らせるんだ!!」
コートのポケットから取り出した弾を籠め直しつつ、刺客は悲痛に叫ぶ。
「何言ってんだ、あんたの嫁さんは十八年前に」
「五月蝿い、もう騙されないぞ!彼女は瀕死の重傷を負ったが、まだちゃんと生きている。僕と約束してくれたんだ。私の事を嗅ぎ回っている奴等さえいなくなれば退院出来る。脚は不自由になってしまったけれど、僕と暮らすためならリハビリだって頑張ると」
馬鹿ぬかせ、死人が生き返るものか!?歯を食い縛り、地団駄を踏み、ありったけの怒声を放つ雲雀君。
「昨日の純と同じだ。あんたは偽者に騙されて」
「黙れ!」バンッ!
ライフル弾に眼前のコンクリートを抉られ、朱鷺ちゃん!?葵刑事が慌てて庇う。尚も前進の気概を見せる相棒を押し留め、拳銃を構えたまま後退を命じた。
「せやけど!?せや、こんな時こそ……三人共、ちょっとだけ場持たせといて!!」
言うなり一時戦場を離脱、射線の死角となる階段へ。どうやら秘策があるらしい。現状、残された手段はほぼ射殺一択。ここは素直に場を任されるとしよう。
(さて、時間稼ぎとは言っても……取り敢えず診察してみるか、医者らしく)
そう思い改めて相手を観察。純君に貫かれ、固く包帯で結ばれた左手。逆に顔面の物は半分解け、浸出液で茶に染まる端を垂れ下げていた。巻き直す素振りが無い事から、興奮の余り当人は気付いていないらしい。春風に晒された右頬、比較的新しい化学火傷すらも。洗脳過程で負わされた物だろうか。毒々しい朱色に腫れ上がり、所々水泡が潰れる様は見ているだけで痛々しい。
「こうして直接会うのは初めてですよね、Mr.クラピト。ここ数日間、僕を付け狙っていたのはあなたで間違いありませんか?」
「答える義務は」
「ありますよ、勿論。何せ、目の前で命より大事な一人娘が撃たれたんですから」
あなたも重々覚えがある筈です、脱力した首を左右へ。
「家族を突如無慈悲に奪われる哀苦、絶望……延々繰り返す後悔と無力感を」
「止めろ……」
「いいえ。あなたに降伏して頂けるまで、説得を止めるつもりはありません」
チュィン!弾丸の風圧が掠め、頬から血が一筋流れ出す。
「先生!?」
「大丈夫、ほんの掠り傷だよ雲雀君。―――クラピトさん。奥様は保育士をなさっていたそうですね。他人のお子さんの育成に携わっていた彼女が、果たして最愛の夫に殺人依頼などするでしょうか。前途ある若者への誤射に対し、何ら良心の痛痒を感じずに」
「か、彼女は本物のセンリだ……僕が、間違える訳が無い……」
否定を口にするも、瞳に浮かぶ微かな疑念を僕は見逃さなかった。すかさず例の写真を取り出し、では彼の事は?訝しげな探偵へ掲げてみせた。あっ!?隣にいた雲雀君も仰天する。
「ど、どうしてうちの家族写真を先生が……!?」
「後で説明するよ。あなたは東堂さんから託された筈だ、『第六指事件』の真相を暴く使命を。なのに彼の遺志を無駄にするばかりか、当の真犯人の傀儡にされて」
深々と溜息。
「―――そんな有様で、亡き奥方が浮かばれるとお思いか」「っ!!?」「あなた!!」




