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 ガチャッ、キィッ。「再度失礼する、ローラン先生。今日は珍しい見舞い客が来てくれたぞ」「………」


 一番弟子の呼び掛けに、ベッドから上半身を起こしていたジャギー・ローラン氏は軽く首肯を返した。

 これまでの伝聞の印象で、どんな大層な狂人かと身構えていたが。ぼんやりした目以外は小柄な、どこの街にもいそうな極普通の老人だった。実年齢の還暦よりやや老け込んでいるものの、散髪も髭剃りも綺麗に行き届いている。入院着から見える範囲、成人男性にしては小さめな両手にも自傷や拘束の痕跡は皆無。取り敢えず暴れる危険は無い、かな。 

「あなたの息子の六月 鳳君だ。覚えているか?」

「……(コクッ)」

「よう、父さん。あれ、十何年振りだったかな。まあ、とにかく会いに来たぜ。元気だったか?」

「(数秒考えた後、コクコク)」

 ふむ。時の流れか、はたまた院長の献身のお陰か。想定より大分快癒しているようだ。これならいけるか?

「こっちは私の病院の同僚で、内科のDr.プロキオン。で、向こうの若者が」

「キム・ニー、ヘルン大学の二年生だ。お宅の息子さんの友達、って所だな」

 学生が軽く会釈すると、微かだが布団の上の拳に力が籠められた。?何だ?氏はキム君と初対面の筈。異能の眼のせいか?

「生憎時間が無いんだ、先生。辛いだろうが、どうか彼等の質問に答えてやってくれないか?」

「?(首を傾げ、弟子を見上げる)」

「彼等は十八年前の、例の『第六指事件』について、あなたの知り得る所を尋ねに来たのだ。つい最近あなたの病院の外で起きた複数の事件は、どうやら全てあれが禍根らしくてな」 

 零れ落とさんばかりに見開かれた眼へ、私からも頼む、院長は懇願する。

「これは先生の汚名を雪ぐ、最初で最後のチャンスかもしれないのだ。無実の証明さえ叶えば、あなたはこの牢獄から出られる。だから」

 重なる弟子の掌に包まれた、皺の刻まれた六本指。その手の甲が、パシッ!不意に鋭く閃く。

「わ、わ、私が全てやったんだ!全部、何もかも……!!」

「先生!?」

 長年言葉を忘れ、ガラガラ声での訴え。カチカチと歯を鳴らし、恐怖の瘧を起こし始めた師。その薄い肩を掴む弟子。

「くそ、矢張り駄目か。収容当初に一度、今と同じ質問をしたんだ。だが、結果は……」

 ウンザリと言った表情で瞼を閉じ、奥歯を食い縛る。

「どうやら先生の記憶の鍵を開けるには、別の切り口が必要らしいな。心当たりはあるか、プロキオン?」

「いえ、僕は特には」

 なら俺が、颯爽と六月君が挙手。

「なあ、父さん。人殺し方面が厭なら愛娘、セバスの話なんてどうだ?」

 右腕を広げ、本当に凄いんだぜあいつ、自慢げに続ける。

「あんたに何本も指を切断されたのに、今じゃあの若さで立派な院長先生様だ」

 物騒な台詞とは正反対の、至極無邪気な笑顔で。

「あんなに酷い事しても、自分の後継者だから殺さずにおいたのか?ん、でもそれって妙だな。手を不自由にしちまったら医者どころか、大抵の仕事は困難になっちまうのにさ」

「………ぁ」

「先生?」

 痙攣を止め、硬直した両眼で暫し息子を凝視する氏。そして数十秒後。半分白目を剥き、両端から裂けんばかりに口を開き、絶叫した。


「わ、わ、私に寄るな、殺戮の悪魔め!!お前さえ、お前さえこの世に存在しなければ妻は!!!」「あらら。失敗だな、こりゃ」


 暢気に告げ、ベッドから距離を置く。程無くバタン!廊下から鎮静剤の注射を手に職員が現れ、僕等へ速やかな退室を勧告した。



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