八章 虜囚と二人の探偵
勤務先から車で約一時間半。大陸の中央山脈の麓に隠れるように、“碧の星”特殊精神病院はひっそり存在していた。
「無事五分前に集合やね。兄ぃ、追跡はされてないやろな?」
慎重派の妹の質問に、ああ、雲雀君は簡潔に返答。
「狭い上にこの悪路だ。誰か付けて来てりゃ一発で分かる」
「ご尤も。ところで」
僕の後方へ視線を向け、首を捻る。
「何で六月さんまで一緒なんや?百歩譲って外出許可が出たとしても、あの院長が兄ぃ達と同行させるとは―――あー、悪い方の予想的中」
額に手を当て、雲が棚引く峰々を仰ぐ女刑事。
「今頃きっと、上へ下への大騒ぎや。あんた等一体どないするつもりなん?誘拐扱いで通報されとっても不思議やないで」
正論にぐうの音も出ない一同に対し、まあ何とかなるさ、本人は至って暢気な物だ。
「で、ここにセバスの親父がいるのか?」キョロキョロ。「おおう、ボロい上に窓全部鉄格子嵌ってるぞ。流石キチガイの監獄だ」
一応看板には「病院」って書いてあるんだけど。でも、この歯に衣着せない物言い。長年離れていても、流石キム君の友人って所かな。
全員で玄関を潜り、受付で面会予約の旨を告げる。手続きが終わるまでの間、お世辞にも綺麗とは言えないロビーで各々寛ぐ事に。幸い、大して時間は掛からなさそうだ。折角なので一番知人歴の浅い葵刑事の隣へ立ち、一緒に壁の古いポスターを観賞する事にした。
「『万引きは犯罪です』、『違法薬物撲滅』……何故ここにこれ等が貼られているんでしょうか、エッセ先生」
「僕に訊かれても(苦笑)」
そんな取り留めの無い会話に十分程費やしていると、奥の通路から予想外の声が耳に届いた。
「!?ああ、吃驚した……まさかこんな場所でお前に出くわすとはな、プロキオン」「い、院長……!!?」
スプリングコートを小脇に抱え、悪戯っ子のように笑む私服の上司。その後眉根を寄せ、数秒思案。成程な、再度口を開く。
「お前達が師匠に会いに来たと言う事は、繋がったのだな。ナナちゃんの件と」
「その通りです。狙撃犯と目される人物は『第六指事件』の遺族でした。そして彼が協力者から譲り受けた資料には、ジャギー・ローラン氏に会って真実を得よ、と」
「真実……か。随分と仰々しい響きだな」
そこで僕以外、主に刑事等の視線に気付き、これは失礼、一礼を行う。
「私は鳩木 灯。ヘルン総合病院院長、要するにプロキオンの上司だ」
「了解しました。ところで鳩木先生。先程仰られた師匠と言うのは」
恐れ混じりの朱鷺さんの質問に、別に隠し立てるような事でもないが、天才外科医はあっさり言い放つ。
「勿論、ここの十八年来の虜囚にして我が師、Dr.ジャギー・ローランさ。私は彼の一番弟子だからな、こうして定期的に見舞っている次第だ」
それに、薄くルージュを引いた唇を舐める。
「……私は今尚、あの人を心底尊敬している。仮令どんなに狂おうと、到底見捨てられはしないさ」
「え……?あ、ああ。そう、だったんですか……」
長年の謎が解明された衝撃も束の間、受付職員が僕等を呼ぶ。どうやら規則に因り、一回の面会人数は最大四人。しかも二十分の制限時間付きらしい。説明を受け、一旦上司を含め七人で会議を開く。
「質問は十八年前の事件について、でいいよな?なら俺はパスだ。仮令真犯人でなくても、野郎のツラを拝んで自分を抑える自信が無え。お前等だって似たようなモンだろ、シド?」
「ええ。ところで鳩木さん、氏は現在どのような」一拍置き、「いえ。そもそも会話出来る状態なのですか?」
「一時よりは回復しているが、残念ながら意味のある言葉を発するまでには至っていないな。だが判断力は正常だ。首肯でなら答えてくれるだろう」
プロキオン先生、そこで何故か申し訳無さげに頭を下げる朱鷺さん。
「民間人にこんな依頼するなんて警察失格やけど、うちらはまだヒヨッコもええとこや。面会メンバーの選出、お願い出来へんやろか?」
突然の大抜擢に仰天する中、僕も朱鷺ちゃんの意見に賛成です、葵刑事も頷く。
「先生は経験豊富な内科医とお聞きしているし、オブサーバーと言う意味でも適任だと思います」
「はは。それはまた、随分と買い被られたものだね」
だが、のんびりしている時間は無い。僕は腕を組んで若干悩んだ後、事態を静観する上司へ呼び掛けた。
「質問は僕とキム君で行うので、付き添いを頼めますか?気心の知れたあなたが隣にいれば、少しは彼も気が楽かと」
「こちらこそ。願ってもない申し出だ」
続いて若き画家へ声を掛ける。
「親族代表として、出来れば君にも同席して欲しいんだけど」
「OK、っても顔合わせしたのは数回、しかもうんと小さい頃だから全然実感湧かないんだが。なあ?」
「いちいち訊くな、俺は手前の二代目女房じゃねえぞ。まぁ、親御さんの方も同じだとは限らないだろ。案外見た瞬間に全快して、滂沱の涙&感動の再会展開かもよ?」
「ははは、そりゃあ愉快だ!んじゃ、早速行こうぜ」
「おい、だから引っ張るな!?」
病人に腕を掴まれ、引き摺られるように通路の奥へ連行される大学生。僕と鳩木院長も待機組に一礼し、足早に彼等の後を追った。




