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「きゃっ!!?」ドンッ!バタンッ!!「いった……!」
大学から約二キロ、某交差点。突然真横から現れたバイクのタイヤと、自転車の側面が接触。結果、跨った私ごと車体が薙ぎ倒され、車道に放り出される。
擦り剥いた脚を庇いながら、立ち上がろうとした刹那。背後からエンジン音と共に、一台の黒塗りリムジンが迫る。慌てて自転車だけでも車道から退避させようとするも、如何せん横倒しのそれは私の腕力ではビクともしなかった。
程無く間近で響き渡るブレーキ音。叱責を覚悟し、へたり込んだまま私は身を硬くした。
バタンッ!「おい、危ねえだろうが嬢ちゃ―――ん?誰かと思ったらあんた、ひょっとして先生の娘さんか?」「え?」
運転席から降りて来たのは三十代前半、黒髪オールバックの男性だ。暴力団の人?雰囲気こそ怖いが結構格好良く、反射的にドキッ、としてしまう。
「あ、あの、パパを御存知なんですか?あ……もしかして、この先の白虎会の方」
往診先の一つ、ヘルン郊外にある暴力団事務所の名前を出す。暴力団と言っても小規模な上に割と平和的な組で、私が記憶する限り街中で事件などは一度として起こしていない。出入りしている父の話でも、多少血の気は多いが気の良い人達ばかりと聞き及んでいた。
推測は当たったらしく、おう、彼は快活に笑った。
「俺は鎮森 雲雀、組の若頭を務めさせてもらってる者だ。って、自己紹介なんざどうでもいい。ほらよ」
スーツ越しにも分かる逞しい腕を伸ばし、身体を引き上げられた。同様に片手で倒れた自転車も起こし、参ったな、眉間に深い皺を寄せる。無理も無い。車体のフレームは大きく凹み、とても漕げる状態ではなかったのだから。
「お嬢、まさか当て逃げされたのか?相手のナンバーは―――ケッ!外されてたとなると、サツに被害届を出しても望み薄だな。ただでさえ最近、粋がった餓鬼共がそこいらで怪しげな中古車乗り回してやがるし。こうなりゃ掃除ついでに片っ端から締め上げて」
「い、いえ。私も少し前方不注意でしたからその、犯人をどうこうするつもりは……」
こんな事なら面倒がらず、早目にライトを点けておけば良かった。お陰で散々な目に遭った。嘆息混じりにワンピースを掃っていると、突然鎮森さんに大声で呼ばれた。は、はいっ!?生来の気弱から、反射的に同声量で返事をする。
「何、じゃねえよ!脚擦り剥いてるじゃねえか!?血も出てるし、早くどこかで手当てしねえと―――良し」
頷くなり後部座席のドアを全開、乗るよう促す。
「幸い、俺ん家はここから目と鼻の先だ。先生には後できちんと診て頂くとして、取り敢えず応急手当を」
「で、でも歩けない程の怪我でもありませんし、申し訳無いです。鎮森さんにもこの後予定があるでしょうし」
「ははは。何、どうせ後は飯食って寝るだけだから構わねえよ。さ、乗った乗った」
そう言って、半ば強引に座席へ。私は諦めて滲む血がシートを汚さないよう、持っていたハンカチで傷口を押さえた。数分後。トランクに壊れた自転車を積み、ベンツは一路東方へと発進した。