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「何ずーっとニヤニヤしとんの、兄ぃ。軽く気色悪いんやけど」
ローラン病院一階、受付ロビー前。先に到着していた女刑事は挨拶を済ませた後、露骨にドン退きしながら指摘した。
「そうか?いや、実は今朝純の奴が」
「ああ、左様で。取り敢えず、その締まりの無い口元どうにかしい。敵地に乗り込む顔やないで」
眼鏡をクイッ、と上げ、兄の頬へ掌を添える妹。待ち人が階段から降りて来たのは、叩き始めて僅か四度目の事だった。
「おや、皆さんお揃いで」「!?て」「シッ!昨日振りですね、ローラン院長」
赤切秘書を引き連れ、現れたセバスティーヌ・ローラン嬢。今日はホワイトシルクの手袋を嵌めているため、人形めいた容姿に一層拍車が掛かっていた。
麗人は腕組みし、聡明な青目で新顔を窺う。
「そして、誰かと思えば……一体どう言う風の吹き回しですか、鎮森さん。刑事の妹さんはともかく、あなたがここへ足を運ぶ理由は無い筈ですが」
まさか、呆れた風に首を傾げる。
「今更御両親の復讐を?もし本当にそうなら、お門違いもいい所だ」
「安心しろ。『第六指事件』とは別件だ」
「昨日の結果を伺いに参りました。どんな小さな痕跡でも構いません。何か見つかりましたか?」
秘書へ目配せし、いえ、残念ながら何も、淡々と否定する院長。
「私と赤切君、手空きの職員総出で探索しましたが、紙屑一つ落ちていませんでしたよ。あと入院患者の件ですが、そちらもここ数ヶ月無断外出は無い、と」溜息。「これで満足ですか?」
絶句する朱鷺さんへ、信頼性に欠ける、ですか?と続ける。
「ご尤も。私があなたの立場でも半信半疑、いえ。八割方疑念を深めるでしょう」
ズバリ言い当てられ、内心驚いたのは僕だけではない筈だ。
「ですが我々も、令状無しにここまで協力したのです。昨日の段階で拒否権行使も可能だった。その点を考慮して頂ければ有り難いかと」
「そう、ですね……ええ、御協力感謝します。決してあなた方を疑っていた訳ではないのですが……」
言葉を濁す女刑事に対し、当然の反応です、相手方も同意。
「何せ私は、貴女方の肉親を惨殺した狂人の娘だ。信じろと言う方が土台無理な話です」
「あの、院長。そろそろ……」
恐る恐る口を開く部下。それを合図に、上司は招かれざる客人達へ一礼した。
「申し訳ありませんが、今から製薬会社と取引会議でしてね。用がお済みなら、我々はこれで失礼させて頂きたいのですが」
「ええ、勿論。お時間を取らせて申し訳ありません。あの、ついでと言っては何ですが、院内の方々から二、三お話を伺っても」
「御自由にどうぞ。―――では、僕達はこれで」
足早に立ち去る女性達を見送り、早速ロビーに僕等を残して散開。しかし三十分後。帰還した兄妹にあったのは、一目瞭然な程の落胆だった。
「ケッ、どうやらあの野郎の証言は本当だったみてえだ。他当たるぞ、朱鷺」
「あくまで現時点では、やけどな」
警察手帳を仕舞いつつ、朱鷺さんは懐疑的な目でロビーを見渡す。院全体に緘口令が敷かれているのでは、差し詰めそんな所か。彼女の権力を考えれば充分に有り得る話だ。
方策を巡らす妹を尻目に、待たせたな、車まで戻ろう、雲雀君が出入口を示す。
「うん。こっちこそ手伝えなくて御免ね」
「いいっすよ。誰かはブレーンの護衛に残らねえと。な、坊主?」
「大人って過保護だよな」
肩を竦め、盲目でウインク。
「ま、少なくとも退屈はしなかったぜ。色々病院の裏話も聞けたしな」
「ははっ。喜んでもらえたなら光栄だよ」
言いつつ学生の左隣に寄り、さ、恭しく彼の細腕を取った。




