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「(溜息)聞いたよ、兄さん。また無断外出したんだってね?」「いやー、それはその……はっはっは」


 全身から放出される威圧感を、空笑いで受け流す異母兄。その怒りの矛先は一層鋭さを増し、一直線にこちらへ。

「そして誰かと思えば、三度あなたですか。娘の介抱もせずほっつき歩いて、それでも親の端くれ」

「いいから黙ってこいつを見ろ、セバス」

 詰問を遮るようにペラッ、例の写真を突き出す。

「部外者が病院敷地内を横切るなんて考え難いだろ?おまけにこの包帯男が現れた方向。昨夜は俺しかいなかった筈の旧館だ」

「フン、大方散歩中の患者だろうさ。若しくは怪談の包帯男か」

「おいおい、あの辺には外灯一つ無いんだぞ?それに幽霊がこんな鮮明に写るか、普通」

 説得しつつ、鼻先に紙片をぐいぐい。ちょっと止めてよ兄さん!?普段の冷静さは何処へやら、才女は可愛らしい悲鳴を上げた。

「分かった分かった!婦長に言って、旧館内外に不審者が潜伏していないか調べさせる。それで気は済むかい?」

「いや、まだだな。一応風貌の似た入院患者全員が昨夜、ちゃんと手前の病室で寝てたかの確認が欲しい。でないとおちおちトイレにも行けん」

 やや強引さが目立つ論法だが、入院患者の安全確保は医療従事者の義務。拒否するには相応の理由が必要だ。

「……後で夜勤に問い合わせてみるよ。ま、巡回時に不在なら即騒ぎになった筈だけどね」

「サンキュ。あとセバス、もうちっと刑事さんや先生達に気を遣え。忙しいのは皆同じなんだぞ。それともお前、ユーリの仇が見つからなくてもいいと思ってんのか?」

 肉親にジト目で睨まれ、そこまでは言っていないだろう、Ms.ローランは今日幾度目かの深い溜息。

「ただ、義姉さんが殺されてもう三ヶ月だ。その間、一人の容疑者すら検挙出来ていないのは流石にどうかと」

「確かにその点はうちら警察の落ち度です。遺族の方々には、本当に何と申し上げれば良いか……」

 警察官の真摯な謝罪に、だが院長は冷淡な態度を崩さぬまま。今日は腕時計こそ見ていないが、ここまで明々白々だといっそ清々しい位だ。

「で、鎮森刑事。難病の兄を病室から連れ出してまで、今日は一体何をお訊きになりたいんです?」

「まずは六月 ユーリさんとの関係について、もう一度改めて伺いたいのですが」

 ほう。想像通り片眉を吊り上げ、皮肉気に笑う。 

「あなた方警察にはデリカシーと言う物が無いのですか。未だ心の傷が癒えぬ伴侶の前で、そんな不躾な」

「セバス」

「……生憎、彼女個人の事は殆ど知りませんよ。会話と言っても、兄の治療方針や入院の件で数回相談を受けた程度です。あちらも個展の準備やパート等で、何かと多忙の身だったようですし」

 フイッ、顔を逸らす。

「半年前に突然紹介された義姉なんて、大体そんな物でしょう。それとも何ですか。まさか警察は彼女が『あの件』の恐喝者で、それが殺害動機だとでも」

 『第六指事件』か、成程。だが新婚とは言え、既にユーリさんはローラン家と親戚関係にある。特段借金の情報も浮上していない以上、可能性はかなり低い。

「ですが、当日のアリバイは無いのですよね?」

「偶々外出していただけですよ。全く」舌打ち。「義姉さんもとんだ醜聞を被せられた物だ」

 ふむ、ご尤も。ただほんの僅かだが、これまでに比べ言葉の剣が増したような。過去絡みのスキャンダルを疎むせいだろうか?それとも他に理由が、

 コンコン、「失礼します」ガチャッ。紅茶のトレーと手に入室した赤切秘書へ、ようミミちゃん、六月君が気さくに名を呼ぶ。

「義妹がいっつも御免な。虐められたりとかしてない?」

「い、いいえ。私がノロマでグズなのがいけないんです。折角院長に拾って頂いたのに、本当に駄目で……」

「ほらまた!そうやって卑下するから余計弄られるんだって。可愛いんだから、もっと自分に自信持たなきゃ、な?」

 励ましつつ立ち上がりポン、肩に手を置く。ところが、


「きゃっ!」「え」ガシャン!


 突然の、しかも異性の接触に吃驚したのか、秘書は勢い余ってトレーごと落としてしまった。幸い下は絨毯だったため、五組のカップ&ソーサーは割れていない。しかし彼女、及び至近距離にいた画家の衣服は、赤茶けた飛沫をもろに被ってしまった。「おい、何やっているんだ馬鹿者!怪我は無いかい、兄さん!?」

「平気平気。だからそう目を吊り上げてやるなよ」

 宥めつつトレーをサッと拾い、半分中身の零れたカップを回収。

「ほい。あ、雑巾何枚か取って来てくれ。早く拭かないと染みになっちゃうぞ」

「は、はい、只今!」

 慌ただしく走り去る秘書。その華奢な背に射抜くような視線を注ぐ異母妹へ、俺が悪かったんだって、六月君が弁解を口にする。

「驚かすつもりは無かったんだけどな」

「本当に御免よ。すぐに替えの服を用意させる。ああ、あと茶も淹れ直させないと」

「いや、そっちはいい。どうせ終わったら直帰するんだろ、キム?」

「ああ」

 大学生の返答を遮り、廊下から再び響き渡る靴音。タオルを手に舞い戻った赤切秘書は耳にタコが出来る程の謝罪を繰り返しつつ、急ぎ後始末を開始した。 



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