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パタ、パタッ。パタパタ、パタッ。
―――No.072。
―――俺達を売った裏切者め。
―――早く堕ちて来い。俺達と同じ地獄まで……。
「止してくれ、皆」
ハタキを足元の畳へ置き、代わりに胸元のロザリオを掴んだ。その場に跪いて目を閉じ、すっかり暗記済みの鎮魂の祈りを口ずさむ。
「俺の名前は鎮森 純。番号で呼ばれるのはもうウンザリだ」
段々と遠のく怨嗟の声に、じゃあな、幻聴と自覚しつつ数十度目の別離を告げる。
最近御無沙汰だった悪夢。仲間達は相変わらず腐肉を半ば残し、骸骨の姿でそこにいた。纏う深緑の軍服も、腰に差す様々な武器も。血と腐汁に塗れて錆び、ボロボロの酷い有様で。
そうして先頭の十二人を皮切りに、何十何百の少年少女が輪を作る。生き残った俺を地獄へ引き摺り込まんと、或いは救いを求めんと、足を掴む。千切れた血管と骨を表出させ、木乃伊と化した手を、文字通り必死に伸ばして。
掃除道具を拾い上げ、脚立に登ってのハタキ掛けを再開。年末の大掃除以来なのでパラパラ……細かい埃が畳に舞い落ちる。部屋を一巡後、早速掃除機で丹念に回収。
最後は雑巾掛け。尤も、雲雀兄の部屋は座卓と椅子、箪笥も一棹なのですぐに終わる。私物の殆どは俺同様、押入れの収納棚の中だ。
「朝から精が出るね、純。もう気分は大丈夫なのかい?」
振り返った縁側では女将、彼女に従う若衆二人も揃ってこちらを覗いていた。手には麻編みの手提げ籠。どうやら買い出しに出掛けるらしい。
「ああ。動いている方が気が紛れる」
「で、早速若頭の部屋を掃除か」
「お前以外絶対立ち入らせねえからなぁ、あの人。そういや昔は掃除するのしないので、朱鷺さんとしょっちゅう大喧嘩してたっけ」
「ははは!両方頑固者だからね、あの兄妹。けどま、それだけあの子等は仲良しって事さ。な、純?」
「ああ、そうだな」
孤児の俺にとっては羨ましい関係だ。なんて、口に出したが最後、またこっ酷く怒られるに決まってるが。
「働き者なのは良いが、無理は禁物だよ。これからマーケットへ行くけど、八つ時は何がいい?」
「なら、いつものプリンを四つ頼む。帰って来た雲雀兄達と一緒に食う用」
「あいよ」
意気揚々とした大人達の足音が遠ざかり、やがて静寂が戻る。俺は雑巾を構え、早速座卓の清拭を開始した。
手前に転がる万年筆と聖書を脇へやり、サッサッ。位置を元に戻し、続いて右奥の写真立てを左手で持ち上げ、残りの場所を拭う。
若干日に焼け、色褪せた家族写真。そこには今の俺と同じ年頃の雲雀兄と朱鷺姉、そして両親である神父様とシスターが写っていた。背景は屋敷の裏の物より数倍大きい、荘厳な雰囲気の古教会。
(彼等は何故、雲雀兄達を遺して亡くなったんだ……?)
夫妻は要さんの恩ある親友。その縁で危うく孤児になりかけた兄妹を引き取った、そこまでは俺も聞き及んでいる。
(関係があるとすれば、矢張りあそこか……ローラン病院……)
他人の秘密を探る趣味も、また必要な調査技術も俺には皆無だ。しかし自分にとっては、彼等もまた大恩の相手。持てる力の限りを尽くし、返礼に努めるのは当然の義務だ。
(餓鬼らしくないのは承知の上。俺は世界の汚い物を見過ぎた。心が多少壊れているのも自明の理だ)
それでも、この命は戦火から掬い取られた物。精々有効に使わねば、今尚地獄より怨嗟し続ける仲間達に顔向け出来ない。
「ああ、そうだ」
皆の帰還次第、エッセ先生に忘れず『例の調査』を依頼しておかないと。一晩考えてみたが、矢張りおかしい。単なる俺の杞憂ならいいが、もし仮説通りだとすれば―――昨夜の爆弾魔は間違い無く、
リリリィン!リリリリィン!!「あ、電話だ」
屋敷中に響き、木霊する甲高いベル。息が切れない速度を保ち、何より出会い頭の衝突に留意しつつ、縁側を疾駆。訓練済みの俺はともかく、相手側も巧く避けられるとは限らない。これも養子後に学んだ教訓の一つだ。
三度の曲がり角を経、幸い誰とも遭わず黒電話前へ到着。矢張り気配が無い。どうやら現在、東堂家には俺しか留守番がいないらしい。仕方ない。受話器を上げ、耳元に添えた。
「はい、もしもし―――」




