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 驚愕の余り呼吸停止の最中、運ばれる注文品。僅かに震う手で各々で配り、女給の背を見送って。と、朱鷺の奴は知っているのか……?雲雀君が怖々問う。

「その点については安心して下さい。元猟師と言う経歴は、僕と東堂さん以外知らない筈です。狩猟免許の発行元もリビドの外でしたし、ライフルの保管場所はクローゼットの奥の隠し棚。殆ど事務所に出入りしなかった彼女が知り得る機会は無かったかと」

「だがお嬢、いや先生とロバートさんに接点なんざ無え筈だ!なあ!?」

「……因みに訊くけど、ロバート氏の姓は?」

「クラピトです。ロバート・クラピト」

 ふむ、矢張り記憶に無い名だ。患者の線は消していいだろう。

「はい。あの人は少々不眠傾向持ちですが、特に既往症はありません。先生の御世話になった事はまず無いでしょう。勿論、娘さんとの関係など以っての他」

「当たり前だ。だがするってと、凶器の一致は単なる偶然か?」

 コーヒーを啜り、逞しい腕を組む。

「生憎銃には疎えが、そのマウザー何とかは現役モデルなんだろ?偶々近場に二丁存在したって」

「その可能性はあります。ただ、数年前に販売休止した型の上、流通量もオーダーメイドで五百丁程度。更に狙撃スキルを考え合わせれば、単なる偶然と言い切るのは」

 成程。整備された道具と精確な技術が両立し、初めて成立し得る犯行。故に氏は限り無く容疑者である、と。

 オーダー通り黒胡椒多目の半熟卵をフォークで掻き混ぜ、口に運ぶ。

「(もぐもぐ)ロバートさんは脅迫されている、そう僕は考えています。勿論、糸の操り手は強殺事件の犯人」

 ふむ、ご尤も。仮説通りならば、急いで居場所を見つけ救出しなければ。三人との関係も若干気にはなるが、会話のトーンから察するに信頼関係にある様子。それに現時点では、特段失踪者個人を疑う理由も無かった。

 葵刑事、会話の間を見計らっての呼び掛け。あれ?昨日もだけどキム君、こんなに無口な子だっけ。多弁程ではないけれど、普段ならもっと茶々と言うか、合いの手位は挟んでくるのに。

「事件同士を繋ぐ共通項は分かった。次は六月 ユーリの殺害事件について教えてくれ」酷く億劫気に瞼を閉ざし、「……勿論、民間人に漏らせる範囲で構わない」

「いいや。こう言っては職務怠慢だが、リビド警察署の捜査は完全に手詰まり状態だ。犯人逮捕、及びロバートさん捜索のためなら、形振り構ってはいられないよ」

 半分バターが溶けかけたトーストを、苛立たしげにガブリ。

「事件発生は今年の二月十五日、バレンタインデーの翌日です。死亡推定時刻は午前十一時前後、通報は十一時二十分。僕等の現場到着は更にその三十分後です」

「つまりお前等がパトカーを走らせてる半時間の隙に、犯人は脅し付けたロバートさんを連れ、上手い事現場逃走を果たしやがった訳か」

 アクシデントにも関わらず、中々の手際の良さだ。

「被害者の死因は、鋭利な刃物に因る頚動脈切断。要するに失血死です。現場の痕跡から彼女は負傷後、数分間生存していた事が判明しています。ただ一点不可解と言うか、口にするのを躊躇うような所業がありまして」

 所業?また随分重い単語を持ち出して、


「司法解剖の結果、被害者は妊娠三ヶ月だったのですが……攫われていたんです、子宮にいた筈の胎児が」「「!!?」」「お陰でリビングは正に血の海でしたよ。僕等も嘔吐を堪えるのに必死で……」


 職業と趣味故、死体にはある程度耐性が付いている。だが友人の妻、それもうら若き女性がと聞けば、生理的より寧ろ精神的な意味でキツい。

「でも三ヶ月目なら、まだお腹は出ていなかった筈だ。彼女の妊娠を知っていた人物は」

「本人と、事件前日に診察したローラン病院の産婦人科医だけです。しかし」

 フォークを置き、こうすれば、片掌で鳩尾を庇う真似を行う。

「成程な、しかしそいつは妙だぞ。強盗って事は、犯人の目的は金品だろ?ついでにしちゃ随分血腥い土産だ。かと言って赤ん坊コレクターにしちゃ、状況が余りにも不自然だしよ」

 よっぽど嗅覚の鋭え犯人だな、そいつ、小鼻をヒクつかせる。

「仮にいたとしたら、警察犬より凄いですよ。とにかく事件発生後、僕等は類似する過去の事件を洗い出しました。ですが遺留品と目撃者捜索同様、結果は」

 皆まで言うな、そう手で制す。

「道理であのお転婆が何時に無く時化た面してた訳だぜ。文字通りロバートさんが最後の頼みの綱か」

 忌々しげに歯を剥き出し、ドンッ!テーブルへ拳を叩き付ける。

「で、あの人の痕跡が示すのは、またしてもローラン病院……つくづく因縁めいてやがるな、全く」

 僕からの情報提供は惜しみません、藁にも縋る思いで頭を下げる刑事。

「他に知りたい事があれば」

「……身内のアリバイは」

 キム君?まさか、配偶者の六月君を疑って、

「そちらも既に捜査済みです。彼女の両親は数年前に他界。彼等の遺産で建てられた家で同居する夫の鳳氏は、事件の約二ヶ月前から持病で入院中でした。事件発生時刻も複数の看護師に目撃され、アリバイは完璧です。それに」

 ポイッ、トーストの最後の一欠片を口に放り込む。

「……監察医の証言では腹部及び子宮は、どちらも清々しい程見事に切開されていたそうです。そんな高等技術を有しているのは熟練の殺人鬼か、若しくは」

「普段からメス捌きに慣れた外科医、ってトコだろ?つまりどう足掻いても、画家でド素人の鳳兄ちゃんには無理」

「そう言う事だ。ところで失礼だが、君は彼の―――成程、了解した」

 どうか安心して欲しい、誠実な刑事は居住まいを正した。

「我々は最初から彼を疑ってなどいない。聞き込みでも夫婦仲は円満、痴話喧嘩一つ無かったとの証言を得ている。加えて体力的にも、彼が被害者を殺すのは無理がある」

 ご尤も。画家は幼少期からの闘病生活のせいで、頬こそこけていないものの骨と皮だけの有様だ。仮令標的が女性でも薬で眠らせでもしない限り、反撃に遭うのは火を見るより明らか。

「クラピト氏は強盗を尾行中、つまり奴を調査対象としていた筈だ。失踪前に彼がどんな依頼を手掛けていたか、葵刑事。そっちも当然調べたよな」

「勿論。ただ直近の依頼は事件の一週間前に解決していたようで―――え?」

 それまで沈着冷静だった表情が激しく乱れ、ま、待って下さい雲雀さん……唇が戦慄く。

「ロバートさんの尾行相手ってまさか僕等、『第六指事件』の……!!」

「!!!?お、おい、嘘だろ……!?あのオッサン、俺達に内緒で突き止めたってのか、犯人の野郎を!!」

 バンッ!バンッ!!噴出する感情のまま壊さんばかりにテーブルを叩き、同時に席を立つ青年達。

「こうしちゃいられねえ!シド、事務所の鍵は持ってるな!?」

「当然です!床板全部引っぺがしてでも見つけ出してやりますよ、あの悪魔に繋がる手掛かりならば!!」

 


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