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だが皮肉な事に、吉報の高揚感はあえなく終焉を迎えた。具体的には寮を出、所属劇団スターリットスカイの部室がある文学棟へ向かう道中。災いの萌芽は自分と同じ休日通学者、彼等の口の端々から零れ出ていた。
―――嘘でしょ、あの子が?
―――ヤダ、物騒……。
―――……たれたのは、二年の……。
常人には単なるノイズとしてしか認識不可な断片的情報。だがキムの後天的異能“魔人眼”を通せば、雑音はコンマ〇・〇数秒下に統合され、完全無欠の結論となる。しかも本人の意志とは無関係に。
(……こりゃ、記事の確認は後回しだな……)
無意識に唇を舐め、事態の重さに低く呻く。
(となりゃ、まずはあのボケを起こしにいかねえとな。寮に戻って来てねえって事は、どうせまだ何も知らず寝落ちてる筈)
姿を認め声を掛けて来た複数人へ断りを入れつつ、足早に校舎内へ。文学棟内も件のニュースで持ち切りらしく、そこここで噂話が満開だった。人口こそそれなりなものの所詮田舎、事件には慣れてないのだ。殊に知人が巻き込まれたとあっては。
一息に三階まで昇り、見慣れた廊下を通過して目的地へ。以前の看板、もとい板切れは昨年末の大掃除の際撤去された。替わってドアを彩る二代目は大小道具係、グレン老翁作の小洒落た銅製プレートだ。手作業で打ち込まれた筆記体と言い、ラメを小粋にあしらった表面と言い、非売品なのが不思議な位の逸物である。
バタンッ!「おい、起きろゴンザレス!暢気にスヤァしてる場合じゃ―――あ」「んー……あぁ、キムか……」
部室中央。フローリング上で蓑虫よろしく毛布に包まった団長が欠伸後、左右へ腕を伸ばす。程無くガンッガンッ!両側の障害物が動作を阻む。
「?何だぁ……誰だよ、こんな所にソファ移動させ――――へ?」
間の抜けた声と同時に、拳の当たった肩がもぞもぞ。
「ふぁ……あぁ、おはようキム君。アンタレス君も」
「ケッ、もう朝かよ」ふぁぁ。「ちっとも寝た気がしねえぜ……」
「ぎゃぁっっ!!」
カンガルーさながらの跳躍で入口側へ退く寝坊者。その目線の先には、
「やあ」「よう」
劇団の医務係こと、ヘルン総合病院内科医プロキオン・エッセ。そして彼の往診先。同街暴力団白虎会若頭、鎮森 雲雀の二人だった。