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四章 贖罪の仔



「―――最近、ふと思うんですよ。もう一人子供が、息子がいても良かったんじゃないか、と」


 某日ヘルン郊外、武道館の客間。畳敷きに正座で相対するのは長年の我が師、律師範代だ。

「ナナちゃんの劇団に、悪くない仲の青年がいるんです。完全頭脳派の、如何にも今時風な子でして」

 本日の稽古を終え、私服の羽織袴に着替えた老人。豊かに生え揃う総白眉がほう、興味から上方へ動く。

「あの子を見ていると、息子と連れ立ってこちらへ通う未来も楽しかったのではないか。そんな、空想めいた事を考えるのです」

「一度連れて来たらどうだ。初心者用演習なら、若人にはそれ程キツくもないだろう」

「ああ、駄目駄目。体力自慢のお友達はともかく彼、滅法運動嫌いでして。勘も鋭いし、話す前に地の果てまで逃げられてしまいますよ」

 だが一見した所、決して運動神経が鈍い訳ではない。現に身のこなしは猫の如くしなやかで、数日に一度は飛ぶ団長の拳を華麗に回避している。  

「おや、もうこんな時間ですね。僕はそろそろ失礼させて頂きます、師匠」


 湯呑みを置き、暇を告げ―――はた、と目が覚めた。「ここは……?あぁ、そうか………」


 見慣れない木目の天井を眺め、清涼な藺草の香りを嗅ぎ、そう独り言ちた。

 昨夜再合流したキム君を乗せ、結局出発時と同じメンバーで白虎会へ帰還したのだ。雲雀君達の好意に因り、僕等には別々の客間が宛がわれた。アヤメさんの夕食とお風呂を頂き、就寝と相成った次第。

 障子越しに差し込む朝日は、春季半ばとあって既に昼間と変わらぬ明度だ。枕元の診察鞄から携帯を取り出し、時刻を確認。六時少し前、か。朝食は七時半だが、二度寝するには目が冴えてしまった。食前の運動がてら、大人しく起床する事にしよう。

 身支度を整え、足音を忍ばせ縁側へ。障子の隙間から隣室を窺うと、丁度同行者も出て来る所だった。おはよう、調子はどうだい?先手で挨拶。

「ああ、大分回復した。もう平気だ」

 そう首を左右へ鳴らす顔色は、昨夜に比べ随分良い。これなら今日の調査に支障無さそうだ。

「ところでプロキオン、さっきの」

 ?

「純の叫び声だよ、半時間位前の。ここまで響いてきただろ?―――あんた、意外と神経図太いんだな。俺はそいつで起きたのに」

「ああ、御免。どうも熟睡してたみたいだ……でも、え?純君が?」

 寝惚けていたのだろうか?いや、待て。そう言えば昨夜も様子が、

「ぼちぼち一区切り付いている頃だ。様子を見に行ってやろうぜ」

「あ、うん。でもキム君、あの子が何処にいるか知っているの?」

「まぁな」

 先導されるまま縁側を半周し、玄関へ。靴を履いた後、屋敷の裏手へ回り込む。

なだらかな坂道を五分程登り、裏山の麓。僕等の眼前に、暴力団本部には凡そ似つかわしくない木造建築が姿を現した。

「え。まさか、あれ……教会?」

 とは言え、大きさは物置小屋程度。尖塔に十字架が掲げられているものの、街中で見かける物より大分小規模。如何にも個人用と言った風情だ。

 朝日に照り映えるステンドグラスを観察していると、キィッ。内側から開扉し、純君。更に彼の背後より、一層意外な人物が現れた。 



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