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爆発から遡る事五分。三人と別れたキム・ニーは男子学生寮のロビーにいた。
常の習慣で入口から向かって左側、集合私書箱を開ける。八割方は空だが、偶に急を要する通知が入っている事がある。一度それで危うく単位を落しかけたので、以後は帰宅時に欠かさず確認する習慣を付けていた。
学食の微妙な割引券を手に階段を昇り、自室のある三階へ。帰宅の足音を聞きつけ、お、やっと御帰宅か名探偵、隣室の三○二号室からひょっこり阿呆面が覗く。
「成果はどうだった?」
「まあまあだな。お前こそ補習はどうなった、ゴンザレス」
すると劇団長は分厚い己の胸板を叩き、一発OKに決まってるだろ勿論、自信満々に歯を剥き出した。
「俺に掛かればあの程度の課題、お茶の子さいさいだぜ」
「へえ。で、現実は?」
「GW空けにロハで図書館の書庫整理だよ、畜生め!!」
自業自得、いや寧ろ有情的措置に憤る身の程知らず。指摘代わりに苦笑い、キムは自室の鍵を開け、ドアノブを回す。
「おい副団長、捜査報告!」
「悪ぃ、何か今日物凄えダルくってさ。頼むから寝かせてくれ」
がっくん、がくん。重たげに左右へ首を振る彼は、今この瞬間にも睡魔に屈しそうだ。親友の見慣れぬ異変に、おい、流石に床で寝るなよ!?親友歴通算五年のアンタレスは太眉を顰めて怒鳴った。
「ああほら、しっかりしろ」
よろめきと同時に腕を伸ばし、細身を支えながら室内へ。取り敢えず手前の椅子に座らせると、“緑の北極星”はぐんにゃりと背凭れへ上半身を預けた。晩飯は?要らねー。蚊の鳴き声にも似た返事にガシガシッ!訳の分からぬ苛立ちから頭を掻き毟る。
「ったく、そのザマじゃ仕方ねえな。手前宛の小包が届いているんだが、明日の朝まで預かっといてやるよ」
「……小包?」
ピクッ。片目を億劫気に開け、誰から?僅かながら張りを取り戻した声で尋ねる。悪ぃ、覚えてねえわ、あっけらかんと答える団長。
「ただ、少なくともお前の実家からでなかったのは確かだ。ベアトリーチェお母様は、そりゃもう見事な達筆だからな。俺様が見間違える筈」
「気色悪い自慢は後で聞いてやるから、すぐにそいつを持って来てくれ。ナマモノだったらいけねえし」両目を擦り、「一応確認してから寝る」
うーん、伸び。疲れ切った身体に鞭打つ親友を残し、アンタレスは一旦自室へと引き返した。
そして三分後。来客用テーブルに置かれたのは、茶色い梱包紙に覆われた立方体。貼り付けられた宛名用紙を確認し、何だこりゃ?預かり人は首を捻った。
「この小包、部屋番号と名前以外空欄だぞ。一体どうやって寮まで届いたんだ?―――あぁ、んなの一階の管理人に決まってるだろ」
ポリポリ、困惑した風に頬を掻く。
「手紙以外は基本的に全部、あの爺さんが一旦預か」「!?アンタレス、そいつを外へ放り出せ!!爆弾だ!!!」「っなっ!!?」
反射的に小包を掴む豪腕。同時に、若くして幾度か修羅場を潜って来た彼は察知する。掌下の小空間で息を潜めた、電気仕掛けの冷たき殺意を。
咄嗟に親友を抱え、出入口へタックル。投擲された凶器の窓硝子貫通と、爆発はほぼ同時だった。鼓膜を破らんばかりの轟音。解放された火炎の狂舞。そして部屋中を吹き荒れる、皮膚を焼き焦がす灼熱の波。
ガンッ!ドンッ!!「ぎゃっ!!」「おい、アンタレス!?」
追い熱風に押しやられ、勢い余って額から廊下の壁へ激突。無傷の親友をその場で下ろし、何故か彼は頭ではなく腰へと手をやった。
「お、おい……?まさかギックリ腰かよ、その若さで」
確かに補習のお陰でここ数日、体育会系ゴリラにしては異例の長時間座位が続いていた。しかし痔ならまだ分かるが、直接腰に来るか普通。
「何ボサッとしてんだ手前!?早く救急車呼べ!痛ててて……」
「はいはい」
火の海と化した自室扉を蹴りで閉め、一先ず重症の親友を立たせる。吃驚仰天で現れた同級生達へ、同時進行で簡略に事情を説明。彼等の肩を借りつつ、爆心地から充分な距離を取る。他に怪我は?煤塗れの巨躯を視認し、キムの異能なら一目で判別可能な筈だが、切迫した声で尋ねた。
「無えよ。けど、お前も隅に置けねえな。あんな素敵なプレゼントを贈って来るなんざ、相当入れ込んでるぜ相手さん」ニヤリ。「爆弾なだけに、そりゃあもうアッツアツだ」
「全くだな。これだから色男って奴は辛いぜ」
はっはっは。二種の嘲笑に共鳴し、ウー、ウー!外から上がる唸りにも似たサイレン。通報を受け急行した消防車だが、まだ距離は遠い。到着に最低あと五分は掛かるだろう。室内の荷物が残らず消し炭になるには充分過ぎる猶予だった。




