三章 緋色の警告
「悪ぃな、プロキオン。こんなトコまで送ってもらって」「いやいや、お互い様だよ」
午後六時、ヘルン大学裏口前。狙撃事件から丸一日が経過したそこは朝と違い、何処か緊迫した雰囲気に包まれていた。
僕等がビートルから降りると早速門の警護、ペアの中の片方が駆け寄って来た。くすんだ青い制服、胸元に輝く見覚えのあるバッジ。警察官か。
「失礼。寮生の方ですか?」
「如何にも。後ろの三人は送迎だ、すぐに帰す。―――ほらよ、学生証。これでいいだろ」
身分証を矯めつ眇めつ確認し、警官は丁寧な動作で差し戻した。キム君も労いの言葉で返し、皆もお疲れ、こちらへくるり。
「んじゃさっきの相談通り、明日は俺とプロキオンの二人で行動。午前九時に正門前集合って事で」
「うん。今日は余り考え過ぎず、早目に休んでね。明日に疲れを残さないように」
アン・ドゥを発った時より幾分マシだが、街灯が照らす顔色はまだ幾分悪い。普段滅多に動じない子なだけに、病床の娘と相俟って、その変化は酷く不吉な物に思えた。
遠ざかる若者の背を見送りながら、一人不安に感じていた時だ。連れの少年がビートルを離れ、よろめきながら林方面へと歩き出したのは。「純君?」
「おい、待て純!?―――チッ、思った通り無理してやがったか。先生はここで待っていてくだせえ。すぐに連れ戻しやす」
当然待てる筈も無い。僕が発見した時には、彼は一本の広葉樹の下にいた。幹に右腕を突き俯く純君の背を、先に追い付いた保護者が擦ろうと手を伸ばす。
「いや、いい」パシッ。「吐き気は無い。放っておいてくれ」
「五月蝿え。餓鬼は餓鬼らしく構われてろ」
そう断言し強引に、優しい手付きで背を擦り始める。原因はあの病院か?低く問い掛ける。
「あんた等こそ」
「あん?」
「あんたと朱鷺姉の禍根、さてはあの場所と関係あるな?だから止むを得ず俺を頼った。違うか?」
「……相変わらず末恐ろしい位聡い餓鬼だぜ、手前はよ」
腕を離し、同時に幹へ背を預ける二人。
「ああ。正確に言えば、顔を合わせたくねえのは院長の野郎さ。何せ奴の親父は」ドオォォンッッ!!!「っ!?」「ば、爆発かい、今の音って!?」
言語を絶する破裂音と、地面から伝わる震動。現場はかなり近距離だ。だとすればどこかから火の手が―――!!?
「お、おい先生……あそこ、確か坊主の」
石塀の向こう側から覗く、黒煙と真っ赤な炎。その発生源は大学棟から約一キロ離れた四階建て、そのとある一室だ。
「あ、ああ……間違い無いよ。キム君達のいる男子寮だ……」
事務所から大学正門へ抜ける際、本人自ら軽く構内施設の説明をしてくれたのだ。まさかあのサービス、こうなると見越して……?
「待て、純!!」「えっ?」バッ!タンッ!
何たる俊敏さか。僕が視線をそちらへ向けた時には、猫の如き少年はとうに塀の内側へ消え去っていた。




