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「おい、もう俺は餓鬼じゃないぞ!?」「いーからいーから」


 六月君に背を押されるキム君を先頭に本館一階、正面玄関へ。長期入院患者の登場に、にこやかに手を振る受付看護師。

「よう、今日もお勤めご苦労さん。―――へーきへーき。こいつ等見送ったら速攻部屋戻るからさ」

 元気一杯の返事は、とても彼が現代難病の一つ、難治性結核の患者とは思えない物。慢性的な吐血、及び肺機能へ長期に亘り障害を齎す彼の病には、未だ有効なワクチンが開発されていない。故に現在宇宙で千人弱の患者は六月君と同じく、入退院を繰り返しながらの闘病生活を余儀無くされている。そして、彼等の大半が辿る結末は―――夭逝、だ。

 両開きの玄関戸を押し開き、そんな顔するなよな、名残惜しげな見送り人へ一言。

「今生の別れでもあるまいに……分かった、捜査の合間にでも顔出してやるよ。いいよな、プロキオン?」

「当たり前じゃないか。寧ろ色々積もる話もあるだろうし、夕方まで一緒にいたらどうだい?」

 僕の提案に、俺も賛成だ、純君も頷く。

「警察署の聞き込みは俺達でやっておく。まだ敵の攻めが緩い内に、キム兄さんは旧交を温め」「兄さん!!?」

 ロビーから息急いて現れた長身の麗人は、間違えようが無い。先程宜しくない雰囲気で別れた最高責任者だ。

 鬱陶しげに硝子戸を全開にしたローラン院長は、ステップで佇んでいた異母兄の下へ一息に駆け寄る。

「全く、いつも僕が口を酸っぱくして言っているだろう!?そんな薄着で外へ出て、病状が悪化したらどうする気だい!?」

 叱り付けるなりファサッ、躊躇無く自分の白衣を着せ掛ける。沈着冷静なボスの豹変に周囲、特にまだ新人らしき看護婦がキョトンとしていた。その間にも、ほら、早く中へ!肩を叩く。

「それと、ランチの件は本当に御免ね。傍迷惑な来客が帰った後、運悪く婦長の奴に捕まってて―――と思えば御本人でしたか。まだいらっしゃったんですね」

 軽く傷付きつつ生返事をしていると、そう言えば、一層冷淡なトーン。

「以前の訪問時もあなた、勝手に旧館へ入り込んでいましたよね?あそこは関係者以外立入禁止だと何度言えば」

「……見舞い」

 は?予期せぬ返答者に、片眉が剣呑に吊り上がる。

「あの人、俺達の訪問を物凄く喜んでくれた。もしかして最近、見舞い客が途絶えているんじゃないか?」

 成程。確かに差し入れの類も見当たらず、誰かの訪問の気配も垣間見えなかった。中々鋭い子だ。

「情緒不安定気味だし、芸術家って奴は概ね鬱病に罹り易いんだろ?だから闇雲な面会禁止にはデメリットが勝るのでは―――俺は何か間違っているか、院長先生?」

 順序立てての正論に、口を噤む院長。無表情のため、果たして優秀な頭脳内を如何な思考が巡っているか、窺い知る事は不可能。それでも結論が出たらしく、次回からは受付を通してくれ、依頼と共に小さな吐息が零された。

「幾ら健康体に感染しないとは言え、兄は治療困難な患者だ。ほいほい部外者を通しては規則の意味が無い」

「ああ、勿論」

「そんな堅苦しい事言ってやるなよ、セバス。どうせ今旧館には俺一人しかいねえじゃんか」

「そう言う訳にはいかないよ。―――では昼食もまだですので、僕達はこれで」

 渋る兄の背を押し、足早に玄関を潜って消える最高責任者。尚更気分を害してしまったようだ。何れ期を見て謝罪しないと。

「先生?」

「いや、純君は正しい事を言ってくれたんだ。全然気に病む必要は無いよ、ありがとう」

「……別に礼なんていい。俺は雲雀兄の代理でいるんだ。少し位は先生達の役に立たないと」

 うう、頼もし過ぎて逆に不安だ。もっと大人の僕がしっかりしなきゃ。

「君はもう十二分に働いてくれているよ。さ、車に戻ろう。雲雀君、今頃きっと待ち草臥れているよ」

 ところが、本館玄関から徒歩三分の駐車場。愛車のボンネットに尻を預け、待ち人は激しく怒鳴り合っている最中だった。


「何でこないな所におるんや、兄ぃ!?」「それはこっちの台詞だ!!」


 唾を飛ばす相手は彼より数センチ背の低い、二十代後半女性。肩まで伸ばした癖毛気味の藍髪と、意志の強い鳶色の瞳。細身の黒スーツに、シャープな銀縁の眼鏡を着用している。ローラン院長が天才とすれば、こちらは差し詰め秀才タイプと言った所か。しかも初対面ではなく、

「朱鷺さん?ああ、やっぱり。久し振り、東堂さんの葬儀以来だね」

「エッセ先生?それに純まで……ホンマにどうしたんや、兄ぃ?あんたがこの病院に足向けとる自体只事やないし」

「その言葉、そっくりそのままお前に返すぜ」

 肉親の反撃に、うちはれっきとした仕事や。取り出した警察手帳を掲げ、見たら分かるやろ?皮肉気にウインク。

「喧嘩売ってんのか手前。まあいい。で、シドの奴はどうした?確かずっとバディ組んでるんだろ、お前等」

 単なる別行動や。回答とは逆に、彼女の表情は曇りを増す。

「はーっ、止め止め!どうせ会いに行った所で吉報も無いんや。兄ぃ、これからの予定は?」

「あぁ?今叶ったから特に無えよ」

 不躾な返事に、何や、最初からうちに相談する気やったんか、呆れた風に微苦笑。

「なら出発前に電話の一つも寄越しいや、面倒臭い兄貴やでホンマ―――しゃ、ほな先導するから付いて来ぃ。とっておきの店連れてったるわ」

 そう胸を張った女刑事は、ビートルの又隣。停車した覆面パトカーへ颯爽と乗り込んだ。




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