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6



 大きくなったなあ、キム。ぽんぽん。背もすっかり俺よりデカくなっちまってさ。親愛の情露に彼の頭を叩く六月 鳳君。

「しかもこぐま座の先生まで一緒とは」ぱちぱち。「何だ何だ、早速皆して個展のお祝いに来てくれたのか?ははは、こいつは目出度いな」

 絵の具であちこち汚れたトレーナーとジャージ姿の彼は、ま、立ち話も何だ、おどけた動きで隣の四〇一号室を示す。

「ちっとばかし散らかっているが、こっちへどうぞ」

「ああ、うん……」

 側頭部を押さえつつ、知己の背を追う大学生。だが、ガツンッ!凄まじい音を立て、入口の角で左腕を強かに打つ。苦痛に顔を歪める彼に、おいおい大丈夫か?すかさず新進気鋭画家が踵を返す。

「久々の再会で嬉しい気持ちは分かるが、ちゃんと前は見てろよ」

 そう苦笑し、衣服の上から労わるように患部を擦る。御免、常に無く意気消沈で謝罪する本人。

「何言ってんだよ、お前と俺の仲じゃないか。―――さ、こっち座れ。先生方も、そっちの椅子を適当にどうぞ」

 椅子以外の家具が撤去され、がらんどうの室内。そこには以前と同じく、壁と言う壁一面に星空の油画が立て掛けられていた。その数、ざっと二十枚以上。そのほぼ中央に宛がわれた丸椅子に腰掛けると、恰も宇宙に放り込まれたような錯覚に陥った。

 器用に積み上げられた資料用図鑑。その頂上へ巧みなバランス感覚で座った部屋の主は、んで、自分の頬を猫手で撫でる。

「本当は何の用だ?見舞いや祝いにしちゃ随分浮かない面だし、おまけに花もシャンパンも持って来てないときてる」

「御免ね、六月君。あ、でも」ごそごそ。「売店のちくわパンならあるよ、はい」

「お、サンキュー先生!丁度腹減ってたんだ」

 パッ!掴むや否や包装紙を開け、早速ムシャムシャ。すると、ぐぅ。控えめながら隣からも腹の虫一つ。

「あ、気付かなくて御免ね純君。ちょっと待ってて、君の分も出すから」

「いや、俺は雲雀兄と合流してからで……済まない。じゃあ、お先に頂きます」

 ぱくっ、もぐもぐ……黙々とパンに齧り付く子供に、坊主とは初対面だよな、画家は興味津々だ。

「ここの子か?名前と学年は?」

「鎮森 純。ヘルン公立学校、初等部の五年生だ」

「へー、格好良い名前だな。そう言えばこの子位の時だったか、キム。ボーイスカウトで俺がお前引率したの」

「ああ。あの時は散々だったよな。キャンプ場へ行く途中、二人して滑落するわ」

「俺が持病の難治性結核で血ぃ吐いて、途中で病院に担ぎ込まれるわ、な」

 当時を思い出し、吹き出す病人。

「でも、約束通り夜に病院来てくれたじゃんか、お前。あの時はお兄ちゃん、本気嬉しかったんだぞ」

 悪戯っぽい笑顔でうりうり、嘗て少年だった胸を肘で突く。くすぐったそうにしながらも、キム君は特に拒もうとしなかった。

 正直な話、手掛かりが途絶えた今、情報源は多いに越した事は無い。幸い彼はキム君と旧知、しかも深い仲のようだ。その上重病人で、狙撃犯と繋がっているとも考え難く、 

「あのさ、鳳兄ちゃん。驚かずに聞いてくれ。実は―――」

 先手を打たれ語られた本題を聞き、成程な……、六月君は芝居がかった首肯を返す。

「先生の娘さん、んな酷え目に……協力してやりたいのは山々だが、俺は見ての通り病床の身だ。その包帯野郎?についてもサッパリ」

「だよね」

 かと言って、僕等は誰一人敵の素顔を知らない。今更だが、これで捜し出そうなど無謀もいい所だ。そう落ち込むなよ先生、六月君に慰められる。

「うーむ……良し、分かった!最近病院内に怪しい奴が出入りしてないか、それとなく看護師や患者達に聞き込みしてみる。けど、くれぐれも期待はしないでくれよ?」

「勿論」

 この五里夢中な状況下で味方が得られただけでも、足を運んだ甲斐があったと言うものだ。

「んじゃ、何か分かり次第連絡するぜ。つー訳でキム、番号教えてくれ」

「は?依頼者はプロキオンだぞ、何で俺の」

「おいおい、まさかお兄ちゃんからのラブコールを断る気か手前」

 ニヤニヤ。わ、解ったよ。説得しても無駄と悟り、渋々承諾。生徒手帳を取り出し、破った余白の一枚に番号を書き付ける。

「―――ほらよ。あっちの部屋に置きっ放しだろ、携帯。後でちゃんと登録しとけよな」

 四つ折りにし、掌へ捻じ込むように押し付ける。へえ。出会って彼是一年以上になるけれど、意外と可愛い所もあるじゃないか。

 メモをポケットへと仕舞い、そこで何故か病人は一瞬寂しげな表情を浮かべた。右手で左手の薬指付近を撫ぜ、形容し難い影を落とす。


―――あんた、は……?

―――ただの迷子のお医者さんだよ。それより君、どうして泣いているの?


 二週間前、スローボールの質問に返答は無く。


―――……僕はプロキオン・エッセ。隣街のヘルンで内科医をやっている者だ。今日は所用で偶々だったけど、君さえ良ければまたお見舞いに来てもいいかい?


 キム君はもう見抜いているのだろうか、彼の流した涙の理由を。

(待てよ……もしかして六月君、既婚者なのか?でも、それなら何故)


「俺が悪いんだ……俺が指輪を失くしたせいで、彼女はあんな事に……!」


 突如両手で顔を覆い、慟哭する事約二分。やや赤みを帯びた目尻で、悪ぃ、久々の訪問者達へ気丈にはにかんでみせた。

「心配掛けちまったか?もう平気だ。さ、お客様方」

 袖で目元を拭い、一枚の絵を指し示す。手摺りが描かれているのでベランダだろうか。茶髪の少年の後背と、眼下に広がる星の大海原の完璧な対比。その構図は鑑賞者にある種神秘的な、空想に囲まれた懐かしき日々を想起させた。

(あれ、この子ってもしかして……)

 隣で跳ねる同色の癖毛を窺っていると、さあさあ。画家が両腕を大きく広げた。

「こいつが俺の処女作『少年と星海』さ。折角遠路遥々お越し下さったついでだ、御三方。暫し俺の未発表作御披露目会に付き合ってくれよ。な?」




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