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一章 不穏な黄金週間



 それは久方振りの、過去。


―――仮令離れ離れでも、この星空越しなら毎日会えるだろ。だから悲しむ必要なんて一つも無いのさ。


 満天の星海の下。昇り始めた太陽に照らされ、逆光となった者は告げる。


―――じゃあな、キム。また、明日。


 ジリリリ、ガチャッ!「ん……もう朝か……」


 “碧の星”ヘルン大学構内、男子学生寮。三階東端、三○一号室。

 ベッドサイドで七時を差す目覚まし時計を止め寮生、文学部二年生キム・ニーは背伸び。布団を出て寝惚け眼のまま、廊下突き当たりの共同トイレへ。

(にしても珍しいな、昔の夢なんて……例の交通事故以来、パッタリ御無沙汰だったのに)

 不思議がりながら用を足し、自室へ帰還。身支度を整えつつ、壁に貼った今月の講義表を確認する。

 隣室の住人兼親友のゴンザレスと違い、前年度同様前倒しで単位獲得に勤しむ彼のスケジュールは余裕そのものだ。その証拠に、今日も出席が必要なのは三限の小論文のみ。それも来週同一単元があるので、気分次第で後回し可能と言うゆるゆる具合だ。

(ま、僅か三ヶ月でフィールドワーク以外全部終わらせて、早くも卒論準備まで始めたスピカに比べりゃ日和見もいい所だけどな)

 健気な眼鏡の君を思い浮かべ、自然と頬が緩む。

(比べてゴンザレスの野郎と来たら、課題提出は今日の正午までだぞ?部室に缶詰して仕上げるとかぬかしてたが、ちゃんと間に合ったんだろうな?)

 これで万が一未完成なら、追補習で計三倍の手間。最悪落第で一年生に逆戻りだ。

(確かに去年後半は公演準備とかでバタバタしっ放しだったけどよ。幾ら何でも計画性が無さ過ぎるぜ、あのドアホは)

 溜息と同時に、テーブル上の携帯が震動。ディスプレイに映る名前を確認し、先見能力に著しく秀でた学生は珍しく首を傾げた。


 ピッ。「はい、もしもし」『ああ、おはようキム。今起きた所か?』


 電話の相手はグラシア・ニー、キムの父親だ。息子や妻と違い“魔人眼”を持たない極一般的なサラリーマンは、元気そうで何よりだ、快活に笑う。合間に響く食器の音は、両親が現在朝食中であると明白に伝えていた。

「珍しいな。こんな朝早くに掛けてくるなんて」

『ふむ、そう言えば初めてか。いや何、今朝の新聞に六月ロクツキ君が載っていたんでな』

「六月……って、もしかして鳳兄ちゃんか!?」

 今朝のは正夢だったのか。事故以来久々に聞く一人息子の驚嘆に、そうそう、嬉しげに打たれる相槌。

『それでベアトリーチェに話したら、大学生は色々忙しいから新聞なんて読みません。電話で直接教えてあげたらどう、とね』

「流石は母さん、良く御存知で」指を鳴らし、「で、その記事はシャバム新聞に掲載されてるのか?」

 父が貿易会社勤務と言う事もあり、実家では地元紙ではなくグローバルなそちらを購読している。果たして、ああ、想定通りの肯定。

『記事に因れば、九月にシャバムの市立美術館で個展を開くそうだ。得意分野の星をテーマに出展するらしい』

「マジで?確かに絵も描く風な事言ってたけど、兄ちゃん凄えなぁ……」

『ははは、起き抜けにピッタリの良いニュースだったろう?もしツテでチケットが手に入ったら送ってやろう』

「サンキュ、楽しみにしてるぜ」 

 念のため、後でこちらでも確認しておこう。該当の新聞なら、大学構内の図書館で閲覧可能だ。物珍しさから司書に詮索されるかもしれないが、こんな晴れの日位寛容に対応してやろう。

『おっと、ベーコンエッグが焼けたみたいだ―――じゃあまたな、キム。遊ぶのもいいが程々に』

「はいはい」

 生返事で別れ、携帯をジーンズのポケットへ。窓辺に寄った“緑の北極星”は、五月晴れを暫しの間見やった。眩い陽光に隠され、星達が束の間微睡みを許された明けの空を。




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