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ベッドから上半身を起こす娘は、鎖骨下から胸部に掛けて包帯が巻かれていた。左腕には二種類の点滴、ベッドヘッドには心電図。仕事柄見慣れているとは言え、我が子となれば痛々しいばかりだ。
だが年頃の娘にとっては重傷より訪問者への、より具体的には約一名の同級生への羞恥が勝るらしい。慌てて左手で開いた胸元を閉じ、ごめんなさい、縮こまって謝罪。
「夏休み前に『星編みの姫』の続演をって話だったのに、選りにも選って入院だなんて……」
俯き加減のまま、ママにも謝らなきゃ、ベッドの傍に座る母親をチラッ。
「折角原稿の締切を押してまで、お芝居の台本を書いてくれたのに……」
「そう気に病まないで、ナナちゃん。思い詰めたら傷にも障るわ」
「そうだぞスピカ。幸いまだ告知のビラも刷ってねえし、次回公演の件は退院してからゆっくり決めようぜ」
「でも」
「スピカ」
一人離れて入口脇にいた異能者が、親愛の情を以って朗笑。想い人のレアな表情に頬を染め、は、はい……、反射的に幾度も頷く娘。
「ま、こんな機会でも無いとお前は骨休め出来ないからな。特に急ぎの課題も無いんだろ、頑張り屋さん?」
「あったらこんなに悠長にしていませんよ。あ、課題で思い出しました。アンタレスさん、昨日言っていた補習は無事終わりましたか?確か今日が提出期限」
瞬間、ICU内に野太い絶叫が響き渡り、キム君を除く全員が身を撓らた。当然血相を変え、廊下で待機中の院長達も飛び込んで来る。
「いや、何でも。ちょっと厭な事を思い出しただけで、つい」
本当か?剣呑な表情の上司へ、まあ学生も色々大変なんですよ、視線で釈明する。幸い理解が得られたらしく、彼女は不機嫌に腕を組んだ。
「……フン、だが二度目は無いぞ。何せナナちゃんは昨夜、生死の境を彷徨ったばかりなんだ。率直に言えば即刻君を抓み出し、院長室で小一時間説教したい程度には怒っている」
ズキューン!あ、しまった。アンタレス君、確か滅茶苦茶守備範囲広かったんだっけ。
「いいえ、自分で出て行かせて頂きます!貴女の御手を煩わせるなど、俺にはとても出来ない!!」バタバタッ!くるっ。「院長先生!今度お会いするまでに俺、もっと男を磨いてきます!!」
「は?」
「いや、ナンパの前に課題やれよ手前は」
親友の忠告も虚しく、アンタレス君はそれはもう颯爽と姿を消していた。一方、当の本人は無表情に閉ざされたドアを一瞥後、溜息混じりに部下を呼ぶ。
「今の学生、相当趣味が悪いぞ。他人の子ながら将来が心配だ」
「おや、そうですか?」
今年で四十八歳とは言え、鳩木院長は清楚系美人な上、未だ独身だ。それを本能的に見抜いた慧眼は評価に値すると思うが。
はぐらかすような返答がお気に召さなかったのか、まあいい、女医は踵を返す。僕も妻の肩を叩き、目線で出入口へと促した。
「ええ、そうね。じゃあ、後は若い者同士で」
「えっ?ちょ、ママ!?」
ひらひらと手を振る彼女を最後尾に、僕等は二人を残し足早に退室した。




