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破裂音が鼓膜を激しく震わせた次の瞬間、何が起こったのか分からなかった。理性の帰還は数秒後。振り返った先の娘、その鎖骨の下の穴からじわじわ……赤い液体が放射状に広がって行くのを視認と同時だ。
バタバタバタッ!「若頭!?」「何すか、カチコミっすか!!?」「手前等伏せろ!堅気が撃たれた!!」
発砲音を聞き付け、屋敷の数十メートル手前の駐車場から駆け込む組員達。異常事態に目を白黒させる彼等へ、下手人はまだ近くだ!若頭は唾を飛ばす。
「相手はチャカ持ちだ。見つけても絶対一人で突貫はするなよ!」
部下達の統率の取れた散開を見送り、チッ!素早く周囲を窺う。
「見える範囲にいねえって事は野郎、さては山から狙撃しやがったか……お嬢、大丈夫か!?」
僕の両腕に背を支えられ、仰向けのナナちゃんは酷く辛そうだ。一瞬で紫に変色した唇をぱくぱくさせ、声にならない声で僕を呼ぶ。
「大丈夫、この位置なら致命傷じゃない。病院までの辛抱だから、お願い……しっかりして、ナナちゃん」
言葉を掛け続ける間にも出血は止め処無く、ワンピースの上半身を無残に濡らしていく。背中が乾いている事実から推測するに、未だ―――留まっているのだ。愛する娘を苦しめる弾丸は、彼女の体内に。
(まさか、これって……いや、今は余計な思考を巡らせている場合じゃない)
万一にも弾が肺、若しくは心臓を掠めていたら厄介だ。傷口をこれ以上広げないよう、可能な限り安静に搬送しなければ。だが、
バタンッ!「何やってんだ先生!?早くお嬢を連れて乗って下せえ!!」
躊躇無くビートルの運転席へ乗り込んだ雲雀君が怒鳴る。ハッと我に返り、指示通り娘と共に後部座席へ乗り込む。
「ちょっくら車お借りしますぜ」
ブロロロッ!エンジンが掛かったと同時に、アクセルを一気に踏み込みUターン。行先は先生の病院でいいっすよね!?確認しつつ一直線に走り出す。
「うん。今夜は確か院長が宿直だった筈だ。天才外科医の彼女なら弾丸の一発や二発、すぐに摘出―――そうだ、失礼」
診察鞄を開け、掴み出したガーゼを胸元の傷口へ。続いて携帯の短縮番号を押し、左耳へ宛がった。二度のコール音の後、はい、ヘルン総合病院です、同僚の看護師が電話口に出た。
「御免。内科のエッセだけど、大至急院長に繋いでくれるかい?」
『エッセ先生?あれ、娘さんを迎えに行ったのでは―――分かりました。少々お待ち下さい』
保留音のワルツの一周と同時に、どうしたプロキオン?凛としたアルトが鼓膜を震わせた。信頼感に満ちた声に安堵する暇も無く、鳩木院長、僕は手短に事情を説明する。
「白虎会の玄関先で、娘が何者かに撃たれました。弾は右鎖骨中央、約三センチから体内に侵入。貫通はしていません。意識は明瞭。但し出血量が多く、チアノーゼの症状も」
『もういい、それだけ聞けば充分だ。患者はきちんと固定しているだろうな?―――良し、そのまま絶対に動かすなよ。あと何分で到着出来る?』
僕は顔を上げ、周囲を高速で流れる景色を確認する。
「ここからなら大体十五」「五分だ!!」「ご、五分で着きます!!」
ドライバーの咆哮に応えるようにグワッ!一層加速を増すビートル。スピードメーターが一気に時速百三十キロを超え、未経験の体感に肝が冷えた。
『了解、救急入口へ直接車を横付けしろ。君、至急裏にストレッチャーを回せ!そっちの君はナナ・エッセの過去のカルテを!!今手の空いている者は全員集合!患者の容態は一刻を争うぞ!!』
では待っているからな、受話器越しの執刀医はそう告げ、一方的に通話を終了した。




