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恋愛初心者

作者: rikuha sagan

運命の神様は、恋愛初心者に意地悪である。

第1章 恋の予兆


朝の東京、通勤ラッシュも終わりに近い時間帯、

それでも、まだホームには大勢の人がいる。


池本麻美イケモトアサミは、ホームへ駆け登った。


そして、息を整え、いつもの乗車口に静かに向かった。


ホーム中程、

渡り廊下階段近くの最前列、

そこが麻美のいつもの場所である。


麻美は、対面するホームの向こう側をジッと見詰め、

乗るべき電車をワザと乗り過ごし、その時を待った。


対面ホームの向こう側、

到着アナウンスが流れる度に麻美の胸は高鳴る。


『もうすぐ』と呟いた。



電車が来た。

麻美は、降りてくる乗客に眼を走らせ、

痩せた背の高い男性を人混みの中に見つける。


男は、麻美に気付いているのか線路を挟んで正面に歩み寄る。

2人は、意識的に視線を逸らしながら、幾度も目を合わせる。


周りの騒音が消え、

二人だけの時が流れている。

『対岸に立つ恋人同士』麻美はいつもそう感じていた。


ゴーというけたたましい音を立てて純愛ドラマの幕引きの電車が、

麻美の視界から彼を奪い去る。


『もう行かなくては』

麻美は急いで電車に飛び乗った。


こんな少女マンガ的光景が半年も続いている。



会社に出勤するとまた遅刻であった。


「遅刻が多い、一体どうしたんだ」

「優秀な君が、何故、規則を守れない」


晒し者の如く上司に長々と説教された。


「すみません」

麻美は、ひたすら頭を下げ、やっと解放された。


デスクに戻ると、同僚の美和ミワが待ち構えていた。


「もう事実を話したら、今週に入って2回目でしょう。やばいわよ!!」


顔は、笑っている。


人の純愛苦を楽しんでいるようにしか思えない。


「『男に見惚れて遅刻しました』て、云うの」

机の上を整理しながら麻美は口を尖らせた。


「いっそ告白したら、毎朝会えるんでしょう」


「それができたら苦労しないわよ」


「もう何ヶ月も見つめ合ってるだけなのー、晩熟ねぇー」


「うるさい!!」


美和の雑音を打ち払うように麻美は気合いを入れた。


「よし」



第2章 約束


翌日も麻美は、ホームに立っていた。


「あのう・・・お忙し時にすみません」

麻美は心臓が止まるほど驚いた。


「あ、はい」


「僕は、いつもあそこのホームに立っています。あの、わかりますか?」

そう言いながら男は向こう側のホームを指差した。


「はい、分かります、私もいつも・・・」

と云いかけて麻美は口をつぐんだ。


「あの、お話をしたいと思っていましたが、突然話しかけてもご迷惑かと思いまして、

なかなか勇気が・・・その・・・」


「あ、ぜんぜん、大丈夫ですよ」

麻美は、満身の笑みで答えた。



彼は、思っていた以上に背が高かった。

背の低い麻美は見上げてしまう。


彼は会話が進まないもどかしさを感じていた。

麻美にもどうする事も出来なかった。


「その封筒は?」

彼は、突然麻美が胸に抱いている封筒を指差した。


「あっ、これ、これですか、会社のです」

彼は、何故か急に晴れやかな顔になった。


「お名前を伺っても宜しいでしょうか?」


「オリエンタル○○通商です」


「会社じゃなくて、その・・あなたのお名前を・・・」


「ああ、はい、池本麻美です。」


麻美は恥ずかしさで真っ赤になった。


「すみません、今、時間が無くて、必ず連絡します、宜しいでしょうか?」


「あ、はい、かまいません」


彼は、急いで渡り廊下からいつものホームに戻り、

入って来た電車に飛び乗っていった。


「やっぱり彼も見ていたんだ」

しばらくして事の次第が飲み込めてくると喜びが沸き上がってきた。


「よし」

麻美は期待に胸を弾ませた。


麻美は、その日から彼が来るのをホームで待った。

しかし、彼は約束の日から一向に姿を見せなくなった。


麻美はホームに立ち続けた。



第3章 見合い写真


日曜日の午後、麻美は居間でボーとしていた。


『もう、2週間近くも彼の姿を見ていない』

気分は重かった。


膨らんでいた風船の空気が抜け、萎んで行くような気分だった。


父の幸三が居間にやってきた。


「麻美、これを見ておきなさい」


構造は、大きな封筒を麻美に手渡した。


父が強気に接してくる時は、ロクな事じゃない。


麻美は不快になった。


「何これ」


「見合い写真だ」


「いいわよ、まだその気はないから」


幸三はため息をついた。


「そう言うと思ったが、これは先方からのたっての頼みだ、邪見にできない」


「・・・誰」


「お前も知っているだろう三沢・・・専務だ、

彼の息子が、お前とお付き合いしたいと、三沢に頼み込んだそうだ」


麻美は、父親と同じ会社にいる。


三沢専務のこともよく知っている。


父親と同期で社内の評判もいい。


麻美は、封筒をじっと見ていた。


「人は見た目ではわからんが、会った印象ではいい青年だと思う」


「そんな根回ししないで、自分で直接くればいいのに」


「そうしたら、お前、会ってくれるのか?」


「・・・」


「先方は、いきなり交際を申し込んでも失礼だと思い、正式にお見合いにしたそうだ」


「おとうさん、合ったの」


「ああ、そういったろ」


「私、好きな人がいるのに、そう言えば良かったのに」


「また、あの男の話か、

娘は合った事も無い、

何処の馬の骨ともわからない男に

惚れていますから駄目です、

とでも言えと言うのか」


「合ったことあるもん」


「名前は?」


「知らない」


「知らんのか、いつまで子供みたいなことをしているんだ」


「三沢さんの件は、好きになれないなら断ってもいい、それはお前の決める事だから」


「しかし、向こうは正式にお願いにあがっている。

お前もちゃんと対応しなさい。」


「わかった、ちゃんと断るわよ!!」


「見もせんでそんな事を云うのか」


「後て見るわよ」


「いい加減大人になれ、さもないと後でその付けを払う事になるんだぞ、これだけはいっておく」


父親が立ち去った後、麻美はテーブルの上の見合い写真の入った封筒を放った。



オフィスで、ぼーとしている麻美に美和が声をかけてきた。


「麻美、元気ないじゃん」


「父さんに見合いを勧められて・・・」


「誰、どんな人なの」


「・・・」


「イケメンじゃないんだ、あんた面食いだもの、で、例の彼はなんと言っているの」


「彼には会えなくなったの」


「お見合いするから」


「そうじゃなくて、駅で会えないの」


「この間話しかけられたて、喜んでいたじゃない」


「そうなんだけど、あれ以来姿が見えないの、もう半月にもなる」


「必ず連絡するて、言っていたんでしょ」


「うん・・・」


「じゃ待つしかないんじゃないの、見合いする気はないんでしょ」


「そうね・・・」



麻美は、来る日も来る日もホームに立ち続けた。


そして、3年の月日が流れた。


それでも麻美は彼を待ち続けた。


「必ず連絡する」という彼の言葉を支えに立ち続けた。。


遅刻が日増しに増えていった。


「そろそろ、大人にならなければならない・・・・こんな子供じみたことは続けられない」



第4章 結婚写真


日曜日、お昼近くになって麻美はようやく起き出した。


昨晩、勤務態度の件で幸三に深夜まで叱られた。


「今、起きたの、おなかすいたでしょ。お昼先に食べる?」

と母の正恵が云った。


「うん・・・」


麻美には母の気遣いが痛いほど分かっていた。


「もうすぐだから、テレビでも観ていて」


居間に移動し、リモコンでテレビのスイッチをいれ、ソファに靠れかかった。


「ふう・・」とため息をついた。


3年も経った、もう彼と会えないだろう 思った。


テーブルの上の朝刊を手に取った。


パラパラとめくりテーブルにも戻そうとした。


週刊誌より少し大きめの白い封筒があった。


気になり手に取った。


差出人は、三沢景一、陽子と記されていた。


封は切られていた。


「お母さんこれ何?」


「これって」


「ここにある白い封筒」


「ああ、三沢専務さんの息子さんの写真よ、

ほら、先月お父さん結婚披露宴にご招待されたでしょ、

その時の写真を送って下さったのよ」


「三沢専務さんの息子さんて、あの時の?」


「そう、麻美とはご縁が無かったけど、

出張先で知り合った方と結ばれたみたいよ」


断ったとはいえ小なりとも縁があった事に麻美は少し奇妙な気持ちになった。


中に数枚つづりの薄いアルバムがあった。


白いウエディングドレスの女性と痩せ型の背の高い男性が写っていた。


アルバムを持つ麻美の手がブルブルと震え出した。


「おかあさん!!、これ何」


「おかあさん!!」


「おかあさん!!」


尋常で無い麻美の叫びに母は、キッチンから飛び出してきた。


「麻美、どうしたの!!」


泣きながら震えている麻美を見て母は、驚いた。


麻美は大粒の涙をぽろぽろ流し、呆然と正恵を見上げている。


「麻美どうしたの」


「お母さん、これ何・・・」


麻美は泣きながら震える手でアルバムを母に差し出している。


「これって、この写真がどうかしたの?」


「この人よ、おかあさん、どうしよう、たすけて」


「おかあさん、どうしよう」


麻美はうろたえていた。


「えー、どうしたの麻美、何?」


正恵は、訳を訊こうとしたが、麻美はぽろぽろ涙を流し子供のように泣いている。


余りに取り乱した娘の姿に正恵は幸三に助けを求めた。


「お父さん、ちょっと、おとうさん」


「なんだ、大きな声をだして」


幸三が迷惑そうに居間にやって来た。


「おとうさん、麻美が・・・」


「どうした、麻美、何を泣いている」


正恵は幸三にアルバムを差し出した。

幸三には麻美がうたえている理由がすぐには呑み込めなかった。


「おねがい、おとうさんたすけて、こんどはちゃんと観るから」


「なに、・・・」


「知らなかったのよ、ごめんなさい、私見ないで断ったの、ごめんなさいおとおさん、お願い」


麻美は幸三の胸にすがりついた。


「どうなっているんだ!!」


幸三は麻美を支え切れずにソファーに腰を落とした。


麻美は幸三の胸にすがりながら子供のように泣ている。


「おい、どうしたんだ」


幸三は傍らに立っている正恵にきいた。


母親は、気が付いた。


正恵は、困り果てたように言った。

「三沢さんの息子さんだったのよ、麻美がずっと憧れていた人って」


幸三もやっと事の次第が呑み込めた。


「お前が断った男だろうが、なにをいまさら言っているんだ」


諭す様に麻美を窘めたが、無駄である事は判っていた。


娘の子供じみた行動が招いたこととはいえ、麻美の姿はあまりに哀れだった。


幸三は泣きじゃくる娘の肩を抱きながら天を仰いだ。


「だから云ったじゃないの、・・・ちゃんと見ろって」



第5章 再会


麻美は、会社を1週間ほど休んでいた。


病気を理由にしていたが、これ以上会社や父親に迷惑はかけられないと

辞表を持参で会社に謝罪に行くことにした。


色々考え心の整理をしながらホームに立つと、いつもの場所であった。


暫らくそこで思いふけっていた。


「あのぉ、麻美さん」


麻美はハッとした。


景一がそこに立っていた。


「お久しぶりです。・・・声を掛けるのもなんだと思ったのですが、あまりに寂しそうだったのでツイ」


「・・・」

麻美は返す言葉が見つからなかった。


「大丈夫ですか?」


「・・・はい、大丈夫です。チョット辛いことがあったものですから・・・」


「そうですか、貴方にフラれた僕が言うのもおこがましいのですが、頑張って下さい」


「・・・」

麻美は黙って俯いた。


何も答えない麻美に景一は、戸惑い掛ける言葉を失った。


「・・・それじゃ、僕はこれで・・・」

背を向け立ち去ろうとした景一に麻美は言った。


「私、見ませんでした」

「えっ、」


「私、見てません」


「お見合い写真、貴方だと分かっていれば断りませんでした」


「私、3年間ここでずっと貴方が来るのを待っていました」


麻美は、見る見る内に涙目になった。


3年かの辛い思いが爆発した。


悲しみを自分の心だけに止めておけるほど麻美は大人ではなかった。


「さようなら・・・」

麻美は泣きながら走り去った。


『見ていないって・・・』

景一は困惑して立ち尽くた。

彼女は父親に反抗し、彼は父親の権力に頼った。

未熟な2人故の叶わぬ恋。

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