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9:動いちゃだめよ

 汗ばむ陽気になってから久しぶりにローニが来た。

 二度と来てくれないのかと思っていたが、どうやら気にかけていてくれるらしい。

 壊れかけた道具をちゃっちゃと修理していってくれるので非常にありがたい。

 夜になってご飯を食べ終わったローニの横に俺は座った。


「ローニさん、ホントにタダでいいんですか?」


「ご飯と寝る場所があればそれで十分さ。ここには、別の街に行きがてら来てるだけだからね」


「いや、でもホントはお金とか……」


「私がこれだけ働いてるんだよ? 金を出せってなったら……君の身体で払ってもらわなきゃいけなくなるよ」


 そういって、両手をワキワキとさせる。

 いや、俺汚されちゃう。


「冗談はさておき、ホントに気にしなくていいよ。強いてあげればお酒が欲しいくらいさ」


 酒かぁ。そんなもん簡単に作れるもんなのか?


「今回はどのくらいいてくれますか?」


「そうだね。前回作った弓の手入れもしたいし、10日くらいはいる予定だよ。他に、何かあるのかい?」


「実は……」


 そういって、俺は木の板に墨で描いた絵を出した。


「なんだい、これは?」


 俺が描いたのは弓と銃がくっついたもの。

 子供たちの自衛用と狩り用にと考えた武器である。


「クロスボウと言います。子供たちは弓を引けても筋力不足で保持ができない。これなら、弓を引く力と保持する力を分けることができるはずなんです」


 なるほどねぇ、とローニは木の板を見たまま固まってしまった。

 口だけでぶつぶつと何かを呟いている。

 そして、俺の方を見てにこりと笑った。


「面白いことを考えたね。しらふじゃ無理だわ、これ」


 そういって、大あくびをしながらエルフの子供たちの所へ行ってしまった。

 何の見返りも求めていないローニに、これ以上頼むのは気が引ける。

 それに、もしも、機嫌を損ねてきてくれなくなってしまったら、かなり厳しくなる。

 となると、アルコールか……酒。


◆◆◆


 俺は、エルフの中でも特に小さな子供たちを数人集めた。

 そして、かなり贅沢だが塩水で入念にうがいをさせる。


「兄ちゃん、なにすんの?」


 ホクホクにふかした芋を持ってきた俺に、エルフの子供が聞いてきた。


「うん、君たちにはこれからお酒を造ってもらおうと思います」


「酒?」


 酒とはすなわちアルコール入り飲料だ。

 アルコールは酵母とかいう細菌が糖を発酵させることでできる。

 ここまでは、学校でやってた生物の知識。

 なら、その糖をどこから手に入れるか。

 砂糖や果実は量がない。しかし、芋ならある。

 芋から糖を発生させるために利用するのが唾液だ。

 酵素か何かがでんぷんを分解して糖にするはずだ。

 それを自然発酵で酒にするのが、俗にいう“口噛み酒”である。

 なんかのアニメか漫画で見た気がする。


「まずは、芋を口に含ませてもぐもぐしてください」


「兄ちゃん、これおいしいね」


「飲んじゃダメ」


「食べてって言ったじゃん」


「いや、口の中でね、もぐもぐ噛んでほしいの」


 と、他の子どもが俺の裾を引っ張る。


「もう1個食べたい」


「うん、食べちゃダメだって」


 このやり取りが一人頭5個ほど芋を平らげて腹いっぱいになるまで続けた。


「兄ちゃん、ライウおなかいっぱい……」


「食えとは言ってないからな。夜にご飯食べられなくてユキネさんに怒られても知らんぞ」


 子供たちが震えあがっているが、これで作業は始められそうだ。


「よ~く、芋を噛んでからこのツボの中にペッてしてって」


「え~なんかばっちぃよ」


「いいから、そうすりゃローニがこの村にずっといてくれるかもしれないぞ?」


「ホントに?」


「まぁ、ずっといてくれなくてもまた来てくれる。それは間違いない」


「わ~い、がんばる~」


 ローニさん、大人気。

 というわけで、子供たちが頑張ったキラキラのツボの口に布を縛り付けて冷暗所に置いておく。

 うまくできるだろうか……つか、できて飲ませていいものだろうか。


◆◆◆


 1週間後。

 俺は、朝っぱらから胸やけのような気持ち悪い感覚に起こされていた。

 この世界に来た時以来の不愉快な目覚めである。


「臭い……」


 この匂いは、俺の超嗅覚にのみ反応しているらしく他の奴らが気にした様子はない。

 そして、その臭さの中にわずかながらにアルコール臭がする。


「もう限界だ。ローニに飲ませる。もしくは捨てる」


 俺は、口噛み酒の封を解く。

 そして、上澄みを薄らとすくう。

 どうやら、悪臭は上澄みだけの様だ。

 俺は、攪拌(かくはん)してしまわないようにゆっくりと上澄みだけすくって捨てると、アルコール臭が強くなった。

 その液体だけを濾しとり別の容器に移す。

 うまくいっているだろうか、いっていようといまいと2度と作らんけどな。


「ローニさん、おはよう」


「おはよう、どうしたんだ? 朝っぱらから」


「実は、これを……」


 俺は口噛み酒を差し出す。名前は言わない。


「もしかして、酒かい?」


 そういうと、ローニは俺の瓶を嬉しそうに覗き込んだ。

 俺は、木製のグラスにそれを注いでみる。


「どうやって作ったんだい? ってか、いつの間に? ここにそんな施設あった?」


「え? あ~いや、企業秘密です」


 ローニは目を輝かせてそれを飲む。

 目の輝きが一層増す。


「お、おいしいですかい?」


「いや、まずい! まずいけど、これは酒だ!! ホントに作ったの? どうやって?」


 ローニは2杯目のグラスを空ける。

 作り方を正確に伝えるか? いや、言えない。ローニには言えやしない。悲しくなるだけだから。


「あの、クロスボウなんですけど……」


「いいぞ、少年マキト! 作ってやろう!! だからもう一杯くれ」


 その日の晩には、試作品ができていた。


「この引き金を引けば、ズドンだ」


 そういって、ローニは弦を引いて矢をつがえると、的に向かって矢を発射した。

 次の瞬間、矢は的を射抜いてその後ろの樹に深々と突き刺さる。


「問題は、弦を引く力だな。族長ユキネ、ちょっと弦を引いてみてくれ」


「あ、はい……」


 手渡されたクロスボウの弦をユキネが思いっきり引く。

 何とか必死に引っ張ってやっと弦が引き金の引っ掛かりにかかった。


「こ、これ子供用なんですよね……絶対無理ですよ……」


 はぁはぁとユキネが肩で息をしている。


「そうだろうな。何か工夫が必要だ」


 工夫ねぇ。そういえば。


「こうやって、てこの原理で引っ掛けるってのはどうですかね?」


 俺は、以前自分が描いた絵の銃把の部分に、部品を付け足した。

 てこの原理で弦を引く仕組みである。


「なるほどね、ちょっとやってみようか。明日の朝にでも」


 そういうと、ローニはぐびっと口噛み酒を飲み干して眠りについてしまった。


 翌日は、朝からローニはいくつもクロスボウを作っては子供たちに配っていた。

 本人は試作品のつもりらしいが、どのクロスボウも使い勝手は全くをもって同じである。

 取り回しがきいて使い勝手がよい。

 何が違うのかと聞けば、意匠(デザイン)が気に食わないらしい。


「やめろ、お前ら。人に向けるな!!」


 子供たちは自分たちの手に入れた新しいおもちゃ(武器)がうれしくて仕方ないのか、俺に試射してくる。

 当たることはないし、当たってもたぶん大丈夫だという自信はあるが気分がよくない。

 ここは大人としてきっちり行ってやろうかと思っていると、ユキネさんがどこからともなく弓を構えてやってきた。

 そして、子供たちを一列に並べる。


「動いちゃだめよ」


 その後、何十本という矢が子供たちのそばを射抜いていく。

 突き刺さった矢を集めるフウも珍しく一言も文句を言わずに働いていた。

 その間、ユキネは恐ろしく透き通った笑顔であった。


「これはね、弓で遊んだ子供を叱るときに大人がやる奴なんだ。ユキねぇは、めったにやらないけど。ユキねぇ、めっちゃ上手でしょ。僕も一回やられたことあるんだけど、ホントに動いたら死ぬんだよ。そんな位置を射ってくるんだよ。笑顔で……」


 思い出したのか、フウが身体を震わせながら説明してくれたのが非常に印象的だった。


「ユキネ姉ちゃんごめんなさい」


 子供たちはひとしきり泣き終えた後でユキネに謝った。


「謝るのは私じゃないでしょ」


 いつもの暖かい笑顔だが、本日に限っては子供たちにトラウマになってるらしい。うん、笑いながら子供を射っていく姿は、俺も恐ろしかったもん。

 俺のそばまで全力ダッシュで近寄ってきて謝った子供たちを許してやる。


 次の日の朝、子供たちと狩りに行った俺は、どでかい鹿を狩ることができた。


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